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黒から私は色を作る  作者: 西川 涼
チェンジ
14/97

14.恐怖

 私はあの日から、二つの言葉を忘れることができなかった。


 一つは、アンドリューの『きっと。ううん。必ず会おう』。どこかで聞いたことがある。なんだろう…本当に、五歳までの記憶を忘れてしまったみたい。都合のいいことだけでよかったのに。


 そして、二つ。マリオンの言葉。恋、とかどうとかって。

 よくわかんないから、それっぽい本を読んでみた。

 でも、さっぱり。…と思いたい。

 私の心に鍵をしっかりかけて、見ないふりをしている。…かもしれない。



 そんな悩み事を抱えながら、また日常が始まる。

 私は、おさぼりに来ないロザリーが心配だが、何もできない自分にイラつきながら、腕にうずくまる。口を尖らして、足元を見つめる。

 時間が無駄に過ぎていくのになんとなく気づき、私はおっくうに立ち上がった。ゆっくりと足を踏みしめながら、私は鏡台に歩み寄った。


 映る自分を見て、ため息を思いっきりしてしまった。私の黒髪には、もう、何もついていない。ポインセチアは、ここに来る前に、ロザリーの助言で道にすてたのだ。そうでなくても、今頃には枯れているのかもしれないが、それでも寂しいのは変わりない。


 そして、私は服の上からネックレスを触った。アンドリューがくれた、あのネックレス…思わず笑みがこぼれる。これは、私とアンドリューとの…


 コンコン。

「オディール様。晩餐の時間です」

 ああ。また、彼女だわ。

 私は鏡越しにマリオンを見つけた。あの真顔は、クリスマスから信用できない…


「またですか…」

「え?」

「また、一人で笑っている。そんなに、クリスマスが楽しかったのですか?」

「…ええ。とっても」

 私が振り返って笑うと、マリオンも優しく笑った。

「やはり、恋をされましたか?」

 その声に、思わずあっと声を出してしまいそうになる。

「…あの日、あなたは泥酔していたはずよ?」

「いいえ!そんなこと、このマリオンめがするはずありません!」

「…」

 していたわよ。


 私はパンパンと服を叩き、とぼけてみせた。

「恋だなんて、おかしなこと言わないで?さあ。晩餐、晩餐!」

 その言葉に、マリオンが頭をかしげた。

「おかしいですわ。オディール様は、ルシフェル伯爵がお嫌いなはず…ああ、失礼いたしました」

「いいえ。事実ですから」

「では、なぜ、晩餐に進んで行こうとするのですか?」

「そ、それは…そういう気分だったからよ!」

 私はマリオンを置き去りにして、部屋から出て行こうとした。

「オディール様」

 彼女の声に、私は足を止めた。

「マリオンは、オディール様の味方でございます」

 その優しい声に、私は答えられず、黙ってドアを閉めた。



 相変わらず、ルシフェル伯爵は白髪ね…と思いながら、私は椅子に座った。もちろん、これは嫌味じゃない。ただ、ずっと前から白髪だから、不老不死の伯爵の気味が悪いというだけだ。…というのは、嫌味か。

 また、彼の目の前に、赤いスープ。想像はしない。


「オディール。縁談の件だが…」

 ああ。そんなこともあったか。

 しかし、連想されたのは、アンドリュー。『君のことを幸せにできるやつなのか』、と語っていた。私を幸せに…

「きっと、無理ですね」

「何を言いたい。オディール?」

 思わず私は変なことをつぶやいてしまっていた。

 ルシフェル伯爵の顔が、一気に歪む。血が無いはずなのに、真っ赤な顔になっている気がする。


「な、何でもありません…」

 私が答えた瞬間、急に寒くなった気がした。お腹の奥底が、ぎゅっと握られたような、気持ち悪い気分。鳥肌ができ、なぜか目が潤む。

 この感覚…うさぎ!うさぎを見つけた…あの日の!

「オディール…?何を隠している?」

 私の心臓が、ビョン!と飛び跳ねる。

 いつ…背後に来たの…!

 私の肩の上から、ニョキっと彼の顔が現れる。恐ろしい姿に、私は顔を背けたいのに、背けられない。手が震え、筋肉が全て固まる。

「あ、あ…!」


 カシャン!

 私が声を出しかけた時、不意に何かが割れた音がした。そのおかげか、私の意識がパッと戻った。

「申し訳ありません!今すぐ片付けますので…」

 音がした方向を見ると、ロザリーがあたふたして、その横でマリオンが彼女を手伝っていた

 一瞬、ロザリーと目が合うと、彼女が小さく頷いた。

「ごめんなさい、ロザリー。あなたに風邪をうつしてしまったみたいだわ。マリオン。私達、今すぐ休まないと…」

「ええ!もちろん、休んでくださいませ。ルシフェル伯爵様。よろしいですか?」

 すると彼は、頷く変わりに、闇夜に消えていった。

 私とロザリーは、支え合いながらドアを開け、そこから三十秒数えた後に、同時に肩をなでおろした。

 あー!疲れた!

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