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黒から私は色を作る  作者: 西川 涼
プロローグ
1/97

01.プロローグ バンパイアの娘、オディール

 サラ。

 そう呼ばれていたのは、いつの事だっただろう?




 たった五つだ。たった五歳の頃。

 私は両親に捨てられた。


 両親は農家だった。でも、私たちは植えた植物はことごとく枯れてしまう、土の悪い所に住んでいた。

 本当に貧乏だった。


 でも、私は幸せだった。



 ご飯は、ママの手のひらほどしかないパンを三等分。そして、年老いた牛が出すミルクに、運が良ければサラダ。クリスマスには、パパが撃ってくれた七面鳥。

 満腹になったことはなかった。

 でも、私は幸せだった。


 パパは、私を宝石と言った。

 ママは、私をお姫様と呼んだ。

 でも、私は捨てられた。




 ある日のこと。

 いや、あの忌々しい日。


 パパとママは知らないおじさんに、私を渡した。

 そして、私はおじさんにゴワゴワした雑巾のような服を着せられた。


 檻のような馬車に詰め込まれ、ガタガタした道を走り抜けていく。

 中には知らない人がたくさんいた。

 悲しそうに子供を抱く母親、痩せっぽちのおじいさんに…同じ年ぐらいの子供。


 どこへ行くの?みんなは、どうしてそんなに悲しそうにしてるの?

 そう聞こうと思ったのに、聞けるはずがなかった。




 私は、おじさんに言われた場所に行かされた。

 そこは、四方八方からの知らない人の目、目、目。そして、こそこそと静かに笑いあう声。いい気分なわけない。


 その時、私はやっと気づいた。私は捨てられたって。



 あとで知ったことだが、ここでは『人身売買』がされていたそうだ。


 大衆の目にさらされ、とても惨めな状況なのに、なぜか目から一滴の水も出てこなかった。

 ただ、呆然と立ち尽くすだけの、人形になった気分だった。



 数字が読まれていく。

 五歳の私がわかったことは、自分をあの青白い伯爵が買ったことだけ。それも、一生あっても使えないような額で。


 このお金は…一体誰が、もらうんだろう?


 幼き私は、そんなことをちらりと考えた瞬間、おままごとの時みたいに大人のふりをした。

 パパでもママでもさっきのおじさんでも関係ない。

 どうせもう、私はあなたたちとは、出会わないだろうだから。



 そのおじさんは、ルシフェル伯爵と名乗った。

 私のあとにもたくさん人が売られるはずなのに、この黒ずくめの伯爵は、私を馬車に乗せて連れて帰った。


 深い深い森が続いている。

 ずっと同じ木ばかり続いていて、真っ暗な森なのに、運転手は怖気付かずパンパン馬を叩き、道を進んでいく。


 すると、不意に真っ黒な城が見えた。さっきまで…見えなかったのに。


 ドアを開けると、数えきれないほどの使用人が揃って頭を下げた。中には、私と同じ年に見える子もいる。

 ああ、私もあの中の一人になるのね。きっと、ルシフェル伯爵の娘のメイドあたりかしら?と思いながら、長い長い階段を上っていった。


 でも、私が通された部屋は、ゴシック調の豪華な部屋。

 使用人って…こんな部屋に住むの?と部屋に圧倒されていると、急に使用人が私のボロ服を脱がし、たくさんのフリフリがついた、可愛い黒のドレスを丁寧に着せる。

 一回転すると、裾ががふんわりと膨らみ、死にかけていた心が少し浮ついてしまった。


「さあ、お嬢さん。君のお名前は?」

 ルシフェル伯爵が膝間付き、まるで王子様がするように私の手を取った。


「サラ。サラっていうの」

 すると、急に目が冷たくなり、私の手を放り投げるように離した。


「アイザックの母の名ではないか…」

「アイザック?」

「『創世記』に登場する太祖の1人だ」

 そーせー…じ?と、お腹が空いていたからか、食べ物に文字が変換されてしまった。

 すると、ルシフェル伯爵が一冊の本を取り出し、私に渡した。


「その名を捨てろ。新しい名を付けてやる」

 その本は有名なバレエでもある、『白鳥の湖』だった。


「これからのお前の名前は『オディール』だ」

 誰なんだろう…その名前?と、本のページをパラパラとめくると、ルシフェル伯爵が話を聞かせるためか、本を取り上げた。


「オディール。いい子にしなかったり、この城から出たら…」

 伯爵の犬歯が、キラリと光った。


「血を吸うぞ」

 その瞬間、私はルシフェル伯爵に会ってたらのことが、走馬灯のようにフラッシュバックされた。


 この人…バンパイアだ。


 そして…私は、バンパイアの娘になってしまったみたいだ。


 こんなに、命の危険があるのに、なぜだろう…怖くも何もない。

 私は感情が吸い取られてしまった。その事しか理解できないぐらい、おかしくなってしまったんだろう。


 まるで、吸血鬼に血を抜かれたかのように。

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