雪
彼女に初めて出会ったのは、真っ白に染まった世界だった。
彼女を見たとき思ったことがある。『雪の妖精』と確かに思ったんだ。
肌も髪も眉毛や睫毛までもが、雪の様に真っ白で美しかった。
彼女は優しげに笑っていて、その笑顔から目が離せなかった。
「君、寒いだろ?風邪をひくぞ。」
声まで優しげで、可憐な響きがした。
なおのこと『雪の妖精』に思えてならなかった。
今にも雪に混じって、何処かへ行ってしまいそうな存在の希薄さが、どうしようもなく悲しく思えた。
思わず彼女に手を伸ばす。けど、途中でピタリと止めた。
触れればその場で雪と同様、一瞬のうちに溶けてしまいそうだったから。
「どうした?」
口から発せられた言葉は心配するものの類いだが、口調は全くの逆で面白がっている様な印象を受ける。悪戯好きな妖精に相応しいと言えるかもしれない。
「君、口が聞けないとかかい?」
言われて何か言おうとしたが、ヒューヒューとした音しか出なくて言葉が紡げない。
「名前は?何処から来たんだい?」
オレの名前は…………オレの名前は…………。
分からない。
なら、何処から来たんだ?
まず、此処は何処なんだ?
分からない。
オレは一体。
何も無い。名前も。記憶も。存在すらも。
「仕方ない。私の邸に来ないか?あぁ勿論君が来たくないのであれば、強要はしないよ。どっちにしろその格好じゃあ、風邪ひくんじゃなくて死ぬと思うが。どうする?」
「…………ァ………い……ゴホッゴホッ、行く。」
声が上手く出なくて、少し咳き込んだ。喉が乾いて貼り付いていた。だが、行くと言えたことに少なからず安堵した覚えがある。
彼女が死ぬという言葉を、何の躊躇いもなく使ったことに驚きを隠せない。妖精はそんな事は言わないだろうから。
『雪の妖精』なんかじゃなく『雪の番人』なのかもしれないと、そう思った。
雪で真っ白な世界を守る美しき番人。成る程、似合っているかもしれない気がしてきた。
凛として立つ姿は、気品に溢れ気高い。
「立てるか?」
手が差し伸べられる。オレはその手を借りて立ち上がろうとする。だがやはり躊躇した。
疑いたくなる程の白い手が、溶けてしまいそうで怖かった。
彼女は予想を裏切った事をする。
オレは彼女に手を掴まれ、力任せに強引に立たされた。何処にこんな力が在ったのやら。
「さあ行くぞ。」
彼女は平気でオレに背を向ける。何処までも無防備に見える背中。
「オレを怪しいと思わないのか?」
「大いに思っているよ。だが君はお話に為らない。丸腰で武器は持っていないし、喉が詰まっていた位だ。体力も相当失われているのだろう。全くもって問題無いさ。」
内容が内容なのに、不穏な響きが一切無かった。
清々しい朝日を浴びた雪の上を歩く。
悠然と前を歩く彼女は、とても堂々としていた。
ああやっぱり、番人で正解だったかもとよくよく思った。