ケエル不在のエクレシア大聖堂
何であの3人が?理由となる話です。しばらくシエラから離れます。
時間は遡り大晦日の真夜中、場所はサンタリアのエクレシア大聖堂。
この日は1年で最後の1日なのでサンタリアはエクレシア大聖堂前の広場で祈りを捧げる信者や観光客等で集り、大聖堂内部では聖職者達がミサの真っ只中である。
そんな広場の喧騒を東館から眺めていたラルクラスは異変がないことを確認してカーテンを閉めた。
「どうだった?」
「問題ない」
ユーグの普段通りの言葉遣いにラルクラスは短く答えると、テーブルに置かれている水晶球を見ながらソファーに座る。
水晶球の中では様々な色が輝いては消えていく様子に水晶球を渡して出て行ったケエルの説明を思い出す。
ケエル曰く、水晶球はサンタリアに張っている結界を維持する為の物らしい。
どうして水晶球を渡したかと言うと、どうも天国で異変が起こり戻らなければならなくなったからだ。なお、その問題とはディオスが誤って妖精の輪に入ってしまい、救出と居場所の特定の為に呼ばれたからだが2人に事情は知らされていない。
しかし、サンタリアの結界は天族によるものであり、ある程度力を込めていれば数時間の不在は問題ないが、長時間では消失してしまい問題が出てくる。現にケエルは3日程帰って来ていない。その対応としてケエルは水晶球を置いていった。
水晶球にはケエルが長期不在でも一定の強度を持った結界が張られ続ける力が込められているらしい。
「いっそのこと、教皇選挙と継承の時もこれを使ったらいいのに」
「そう言うな」
ユーグの意見に同意だが出来ない理由があるのだからとラルクラスは消極的に言う。
そもそも、サンタリアを囲んでいる結界は天族が張る結界の中でも特殊な物なのだが、仕組みは公に知られていないのだが推測は立てられている。
結界が弱まるタイミングが死神の継承の儀か教皇の死去によるもの。これから見るに天族が常に結界を張ってはいるが、死神と教皇が結界の維持に何らかの関係があることが予想出来る。
そして、ケエルが置いていった水晶球は維持ではなく結界を張る為だけに力が放出されている。残念ながらラルクラスとユーグが希望する、どちらかが欠けても変わりない結界が張り続けられるわけではないのだ。
「そもそも、そんな物があったら七人の死神が必要なくなる」
「だけどこれは……」
「緊急事態で仕方なくらしい。それに、水晶球は天族が作り上げたものではない」
「え?」
ケエルが置いたものだから天族による物と思っていたユーグはどう言うことかと驚く。
「水晶球は、初代死神の3人の弟子の内の2人が作り上げた物だ」
「そんな昔から……」
ラルクラスの弟子であり、次期死神として最もその立場にいるユーグは年数の長さに目が見開いた。
「ケエルの話によると、理論は早い段階から出来ていたようだが力を込める素材と試行錯誤の調整によって出来上がったのが晩年。しかも、数が少なく使いきりらしい。つまり、水晶球も込められている力が切れれば、ただの水晶球ということだ。気軽に使えるものではないんだ」
聞かされた内容を要約して話したラルクラスは改めて水晶球を見る。
3000年前の先人が今の事態を予期して準備していたのかは分からない。しかし、そのお陰で自分の身だけでなくサンタリア、そこに集まる人々に異常がないのは確かである。
「それじゃ、今回使っているのは……」
「前にも話したが、それだけの事態と言うことだ」
歴代の管理者が保管していた物をケエルが持ち出してまで天国に赴かなければならないことに、一体天国で何が起きているのかと思ってしまう。ただ残念ながら、天国に呼ばれた原因がディオスの行方不明と言う、根本は天体が原因ではあるのだが、理由としてはそれの為に戻す必要があるのかと知ってしまえば疑問を抱いてしまう内容である。
水晶球が貴重すぎる事は分かった。だが、納得していないことがある。むしろ、ここ最近のユーグはこの件で多少不機嫌である。
「だけど、何で天体と呼ばれる天族の組織の事がラルク兄に伝えられなかったんだよ?」
「現界が完全に人間に任せる事になったからだよ教皇選挙の時は例外だが、ケエルは普段から問題に首を突っ込んでいるか?」
「それは……」
「そういうことだ。人間の問題は人間が解決する。境界線を見極めて踏み入れない様にしているんだ。天体も同じだ。むしろ、そうしたから天体はもう一つの役割に集中することが出来ているとも言える」
1日1回は問答として同じ内容を繰り返している為かラルクラスの説明は徐々に短く纏められてきていた。
「それは分かってる。だけど天体は別。どうしてラルク兄じゃなくてモルテさんが知っているの?」
自分の頭をわしわしと掻きながらユーグは不機嫌となっている原因を口から吐く。
天体の存在をラルクラスと知ったのは1ヶ月前。突然前触れなくモルテが隠し通路を通って来訪したのだ。
あまりにも突然の事で動揺したが、来訪した理由を聞かされてさらに動揺してモルテを睨みつけていたらラルクラスに怒られてしまったのを今でも覚えている。
「モルテが話した通りだ」
「だからだよ!何でラルク兄じゃなくてモルテさんがって事だよ!」
モルテは七人の死神の1人であり、言ってしまえば死神に認められた存在である。それが、蓋を開けたらラルクラスと同等かそれ以上の存在であった。天体の事はその時に色々と聞かされたから役割等は知っている。だが、知ってはいても納得していないユーグにラルクラスは理解する立場から言う。
「モルテの立場が俺と同じで特殊だからだ。それに、その立場に就く理由に心当たりがある」
「それは?」
同じやり取りに飽きてきたのか、ラルクラスが呟いた言葉にユーグが食い付いた時、部屋に第三者の気配を感じて2人は見る。
「ただいま!」
片手を上げて天国から帰って来たとケエルがいた。まるで笑っている様な晴れ晴れとした表情である。
「ケエル……」
教皇選挙終了後に時々顔を会わせるようになったケエルにユーグは話を中断された事に対して顔を歪めた。
「あれ?何か悪かった?」
「話の最中にだったからな。気にするな」
ユーグの表情に狼狽えるケエルにラルクラスは事情を話して歩み寄る。
「ところでケエル」
「何かな?」
ケエルが首を傾げた瞬間、ラルクラスはケエルを思い切り蹴り飛ばした。
「ラルク兄!?」
突然、管理者であるケエルを蹴り飛ばしたラルクラスにユーグは不機嫌が吹っ飛んでしまい、戸惑った表情を浮かべた。
「いたたた……ラルクラス、いくら僕が天族で丈夫だからって、いきなり蹴るのは酷くないかな?」
騒動を片付けて来たのに、この仕打ちは何だと抗議するケエル。しかし、ラルクラスはケエルを睨み付ける。
「お前はケエルではない」
「え?」
「ラルク兄?」
ラルクラスの言葉の意味が分からないとユーグとケエルが疑問符を浮かばせる。
「ちょっと、ラルクラス!それはさすがに酷いよ!どうして僕が偽者扱いされないといけないの!」
「……あー、やっぱりか」
この発言でラルクラスは目の前で喚くケエルが偽者であると確信した。
(偽者でないと言うほど偽者臭いな)
それに、どことなく本物であると宣言する偽ケエルに冷めた目で見る。
「どういうこと?」
「ケエルとは長い付き合いでな。直感で違うことは知っていた」
直感で動いたことにユーグは少しだけ引いた。
「だが、確信したのはこいつの言葉だ。ケエルなら偽者扱いよりも蹴り飛ばした方を根に持つ。それは本物であるから気にしないことだ。だが、こいつは蹴り飛ばされたことよりも偽者を気にした。それに俺は、ケエルではないと言ったが、ケエルの偽者とは言っていない。まるで、自分はケエルの偽者と言っている様じゃないか」
「……いや、ラルク兄も言葉で言ってないけど捉え方は十分に偽者と言ってるから」
ラルクラスの説明に聞き方の違いで誤解される言い方であると訴えるユーグ。しかし、それを抜きにしてもラルクラスとケエルにはユーグには知らない信頼関係があったことが発覚し、最初の段階で既に看破されていたのだ。
そして、同じく聞かされていた偽ケエルは肩を震わせて悔しそうにラルクラスを見る。
「まさか、こんなことですぐにバレるなんて!?」
そう言って偽ケエルから本来の姿、ガムビエルへと姿を変えたことで、ラルクラスとユーグは構える。
「天体か」
一目見て、目の前の天族がセラフィナと言った天族でも上位に当たる実力の持ち主であることを見抜いたラルクラスは、背後で新たな気配を感じ取る。
「だから言ったじゃないか。下手な芝居を打つよりも、力ずくの方がいいって」
「不意打ちを狙った作戦だったんだけどな」
「むしろ、逆に不意打ち食らってるよね?」
新たな天体、アムブリエルの発言にガムビエルは頬を膨らませて無言で抗議を始めた。
その隙にラルクラスは2人の天体を確認して、体をユーグに近づけた。
「挟まれたか」
いきなりピンチの状態にラルクラスは警戒を高めるのだった。
地味に面倒事の種を蒔いていたディオス。
なお、この時点ではケエルが死んでいる事を2人は知りません。
次回更新予定は9月29日です。




