ヒント
ディオスの反応を聞いたモルテは予想していたものでなかったことに意外と思うも、悟られない様に振り返って歩き出す。
気紛れな悪戯者を持った状態で聞かされれば、本来であれば嫌な顔をすらはずだがディオスは浮かべなかった。
それが覚悟しているのか期待に応えようとしているのかは分からない。
しかし、気紛れな悪戯者を早く使えるようにしてほしいことは本当だ。このままでは力を使うことは元より、鞘から死神の剣を抜くどころか振るうことも出来ない。
気紛れな悪戯者が一体どの様なものであり、幻聴がどういった理由で聞こえるのか。それについて早く気が付いて欲しいが教えた所で本当に理解してもらわなければならない為にやはり教えることは出来ない。
乗り越えたとはいえ、やはり僅かな歯痒さを抱きながら、モルテは視線を下に向けて自分の右手を見る。
少し力を入れたり曲げたりしてみるが、表情が険しくなる。
(やはりか……)
手に違和感がなかったことがモルテには異常であった。
異常というものはなければいいのだが、その時ばかりはなければいけなかった。その違和感があるのとないとではアムブリエルに分体が戻ってしまっていたのどうかが分かるのだ。
(ないということは、ズリエルは既にアムブリエルに戻されていたのか。そうすると残りは……)
いつどこでかは重要ではないとして、いまだアムブリエルに戻されていないであろう分体を思い浮かべ様とした時、前方から何者かが現れた。
「やっと見つけましたよ。モルティアナ様。いや、モルティアナ」
「アムブリエルか」
先程まで考えており、しかも反乱の首謀者な為に注意しなければならない天体が堂々とモルテとディオスの前に現れた。
「お前から現れるとはな。てっきり数で渦を突破、もしくは残り天族を探していたのだろう?そして、お前自身も分身だ」
「やっぱり分かっちゃいますか」
一目で目の前の現れたが本物でないことを見抜き、当てられたことを残念がるアムブリエルだが、両者共に互いを睨み付けるままだ。
「ご託はいい。今のお前は目的の為なら私との接触はまだのはずだが、何しに来た?」
こうして対峙することがおかしいと睨むモルテにアムブリエルは楽しそうな表情を浮かべる。
「簡単だよ」
そう言ってアムブリエルは素早く身構えると、そこから新たなアムブリエルが生まれた。
「足止めだ!」
生み出されたアムブリエルが迫って来たことでモルテは反撃にへと動き出す。
「ディオス、私の側から離れるな」
「はい!」
鎌を出して構えるモルテから一定の距離を空けた所から返事をする。
『危なくなるんなら連れて来なくていいんじゃないのか?』
やはり幻聴は聞こえるが、どうも嫌なことを聞かされているのに気紛れな悪戯者を手放す気にはなれない。
そうこうしている内に近づいて来ていたアムブリエルをモルテの鎌が呆気なく切り裂いた。
「やっぱりそうなるのか。それじゃ!」
モルテの対応を見てアムブリエルは方針を変えた。
現れたのはウェルキエルとバキエル。2人の分体がアムブリエルから現れた。
「店長、あれってまさか、アムブリエルの?でも、出てきたんですが!?」
「アムブリエルなら問題ない。そもそも、分体はアムブリエルから生み出されたのものだ。戻したアムブリエルが分体を出現させてもおかしくない」
冷静なモルテと戸惑うディオスの表示は真逆だ。
(あれに気づいてなければいいのだが、いや、気付かない方がおかしいか)
もう一つあるアムブリエルの力を使った応用があるのだが、それは今使われればディオスを連れて逃げ出さなければならない為に今なくて良かったと思っている。
「いけ!」
アムブリエルの指示にウェルキエルとバキエルが動き出した。
ウェルキエルはモルテの動きを止める為に一瞬で接触したと思えばすぐに離れたりとしている。
ついでに、ディオスもいる為にモルテにはいいプレッシャーにもなっている。
「店長!」
「狼狽えるな!それと剣は抜くな!」
「ですが……」
「抜けない時点で抜こうとするな!」
この瞬間、モルテが何を言っているのだと戸惑うディオス。
だが、モルテが言おうが言わなかろうがウェルキエルの動きが素早くて追い付けない為に何も出来ない。
そこに自身の一部を溶かして地面の地表と一体となったバキエルが2人に向けて攻撃を仕掛けてきた。
「展開!」
領域を展開して違う場所へディオスと共に退避する。
「無事か?」
「は、はい」
無理には攻めずディオスを守るようにして構えるモルテ。
これではアムブリエルの言った通り足止めになってしまうと焦ったディオスは気紛れな悪戯者から剣を抜こうと引っ張る。
だが、剣は鞘から出ようとはしなかった。
「えっ!?」
驚きのあまり声が出てしまった。
飾り剣と比喩したが、例えそうであっても鞘から剣は抜けるはずで、ここまでピッタリ入るものではない。
「今は抜くな」
様子に気付いたモルテが語りかける。
「今は気紛れな悪戯者の声を聞け」
それは明らかに言うのを躊躇っていた気紛れな悪戯者を扱うためのヒント。
モルテはうっかり口に出してしまったのだった。




