曰く付きの死神の剣
扉を開け放たれると、そこは異様であった。
「え?」
ディオスが呆けた様な声を上げても仕方がない。
何しろ部屋は薄暗く、目の前の壁に一本の剣が立て掛けられているだけであったからだ。しかも、壁という壁や天井から出ている鎖に巻かれてだ。
「これは……」
予想外なことであった。
ディオスは死神の剣が貴重で重要なものであることをモルテから聞いていた為にてっきり宝物庫の様な場所を思い浮かばせていたのだが、実際には死神の剣と剣を縛る鎖以外何もなかった。
「この剣は色々と危険でな。昔、エーラから持ち出しここに封印していたのだ」
「封印……って、危険って言いましたか!?そんな危ないものを俺に渡すつもりだったんですか!?」
「今はこれしかないのだから仕方がなかろう」
「仕方ないって……だから何で!?」
曰く付きの死神の剣を持つことに釈然としないと訴える。
「はっ!そういえばもう一本剣がありましたよね?それは!」
モルテが個人で所有する死神の剣はどうなのかと早口で尋ねると……
「血塗られた罪人はアスクレピオスに預けている」
手元にないと言われてディオスは撃沈した。
「持っていれば天体に奪われてしまうからな」
しかも、至極まっとうな理由な為に文句が言えない。
「そもそも、血塗られた罪人をアスクレピオスに預けたのはディオス達がアルカディア図書館に避難した後、何らかの理由で身を守らなければならなくなった為に置いてきたのだ」
どうやら避難した後のことも踏まえての行動であった。
そこまで先を見越して手を打ってくれていたことには感謝するのだが……
(でも、だからってあの剣を使わないといけないんですか?)
いくらモルテの弟子になったとはいえ、死神と関わってからろくなことがないディオスにとって目の前にある剣は厄介な物にしか見えない。そもそも、厄介な代物であるのだから間違っていない。
(今だけはその手腕を恨みますよ……)
手元に安全と言える様な剣が与えられず、ディオスは恨めしそうにモルテを睨んだ。
そんなディオスの視線を背中に感じながらも無視して、モルテは立て掛けられている死神の剣に触れた。
すると、死神の剣を縛っていた鎖が一瞬にして光の粒子となって消えた。
この現象が結界の解除によるものなのだと、先程までの気持ちがディオスの中である程度消える。
モルテはそのまま死神の剣を掴み取るとディオスの元へと戻って来て差し出す。
「気紛れな悪戯者。始めに言うが、気を付けろ」
「な、何にですか……?」
持つ前から警告を促すモルテにディオスの顔色が青くなる。
「これは常に語りかけてくる。持ち手を試すと言っていい」
「試す?」
「そうだ。だが、殆どはこの剣のお眼鏡に合わず発狂したり拒絶し、中にはこれで自らの命を断った者もいる」
「えっ……」
とてつもなく黒々とした曰の品にディオスの顔色が更に青くなる。
「だが、受け入れられたならこれは大きな力となる」
「そんなに、ですか?」
そう言われてディオスの顔に血の気が戻り、同時に期待と好奇心を少し交えて見る。
「あれ?でも店長は持ってますよね?つまり……」
「使いこなせる」
「やっぱり」
モルテが気紛れな悪戯者を持っている時点でお眼鏡に合っているということだ。
「……一応聞きますが他には……」
「くどい」
念の為にともう一度死神の剣のことを聞くディオスであったが、モルテから速攻で拒絶された。
もはやこれだけで他に使える死神の剣がないことが分かり、溜め息を吐いた。
改めて気紛れな悪戯者を見ると、柄はくねっと軽く曲がっており、鞘と共に黒で統一されており、同じ色で統一されていることは珍しく、そんな黒一色の柄と鞘には2本の紫の線が所々で交差する様にして伸びている。
しかし、それだけではいざという時の境目が分からない為か、銀の鍔が間に挟まれている。
そこまで見てディオスは思った。
「これ、実践で使う剣じゃないですよね?」
シンプルな剣であるが、ディオスの目には気紛れな悪戯者が実際に戦う為の剣には見えなかった。
先程までの理由もあるが、最大の理由はモルテが本の少し鞘の中身、剣を見せた時だ。
剣が曲がっていた。それも、柄と同じで軽く曲がっていた。
これではとても天体と戦うどころか自分の身を守ることに不安が生じる。
「死神の剣は全てが実践で使える。形は様々だが踏む踏む気はない」
だから安心して振るえるとモルテはディオスを見て受け取る様にと目で訴える。
ディオスとしては断りたかったのだが、現状ではどうすることも出来ない、どうにかしなければならないという思いから気紛れな悪戯者を手にする。
『くだらない』
「えっ!?」
瞬間、何処からともなく声が聞こえて辺りを見回す。
そんな様子を見て何かを思ったモルテはディオスを促す。
「行くぞ。使えるかはこれから次第だ」
そう言って部屋から連れ出し、こちらも本格的に天体を粛清する為に動き出した。
その間、ディオスは……
『くだらない』
『どうして俺がこんなことやらないといけないんだ』
『べつに必要としているわけでもないのに』
木霊して聞こえる自分の声に悩まされていた。




