塩を送る
スラム街から葬儀屋フネーラに戻ると店の前には警察の車が止まっていた。
「どうして警察の車が?」
「さあな」
警察の車が止まっているのを見てディオスとファズマと顔を見合わせた。
しかし、心当たりがない為に理由が思い浮かばずとりあえず店に入ることにした。
「だーかーらー今日はお休みなの!」
店内に入るとミクが警察に大声を上げていた。
「そこを何とかお願い出来ないかな?」
「ダーメー!今日はお休みにするって師匠が決めたの!だからダメー!」
「そこを何とか……」
「もうよせよ」
ミクが警官一人と臆することなく何かを言い合っていた。その警官の隣にはもう一人の警官が呆れた様子で同僚の行動にため息をついていた。
「ただいまミク」
「おかえりファズ!ディオお兄―さん!」
どうやら三人はディオスとファズマが入って来たことに気づいてはいなかったようで、どうにかして現状を聞こうとして発したファズマの声にようやく気付いたのであった。
「もしかして、フネーラの従業員ですか?」
「はい。あいにく本日は臨時休業となっていますが、どういった要件で店に?」
ファズマも初めて見る警官の顔。自己紹介はせずに訪れた目的について尋ねた。
「実は、遺体を預かってほしくて参ったのです」
「遺体をですか?」
警察の事情を知らず申し訳なさそうな様子の言葉にディオスが呟いた。
葬儀屋フネーラに勤めてから店でも遺体を預かっているのは知っている。それについてある時尋ねると、遺体の処理時間もあるが亡くなった遺族が葬儀の手続きと準備の為に預かっていると聞かされている。ついでに、警察からは事件や事故で亡くなった遺体を身元が判明した際に処置をしてもらう為に預かることもある。一度だけ例外はあったが。
「本日明朝に倉庫街から遺体が発見されたんです」
「倉庫街ですか」
倉庫街と聞いてファズマの表情が歪んだ。
倉庫街は下流から上ってくる船と交易を行う場所であるのだが、何故か夜になると人が集まり寝起きや何かの事件の場となっている。
「事件性はありません。死因は餓死です」
「あそこはスラム街に流れるのを拒否した者が集まる場所とよく聞きますが……」
「我々も見回りを増やして警備をしているのですが一向に減らず申し訳なく思っています」
「いえ、責めているわけではありません」
どうも人情というものが厚い警官の言葉をあしらいながら本題について尋ねた。
「それで、どうして当店なんですか?旧住宅街の人である様子ではない。倉庫街の近くならトライアー葬儀店がありますが」
葬儀屋フネーラが基本的に預かっている範囲は旧住宅街と中央住宅街である。それ以外は相談となるが、警官は首を横に振った。
「トライアー葬儀店からは断られました。保管所に遺体が埋まってしまい預かることが出来ないと言われました」
預かることが出来ないと聞かされディオスは驚いたがファズマはもう一つ尋ねた。
「チャフスキー葬儀商はどうでしたか?聞いていないようでしたら連絡をして聞きますが」
「そちらは既に聞きました。チャフスキー葬儀商も保管が出来ないとのことでした」
「チャフスキー葬儀商も!?」
警官の言葉に二店の葬儀屋が遺体を預かることが出来ないと聞いたディオスはこんな偶然があるのかと思っていた。
一方でファズマはこの裏にある思惑をすぐに理解した。
「そうでしたか。先程も言いましたが当店は本日臨時休業で遺体を預かることは出来ません」
「それはそこのお嬢さんから聞きました。無理に預けてもらおうとして申し訳ございません」
そう言うと警官は頭を下げ、遅れてミクに頼み込んでいた警官も頭を下げた。
それとは別にミクがお嬢さんと言われてうれしさのあまり舞い上がっていた。
「代わりと言ってはなんですが、本日向こうにオープンしたリナシータはどうでしょうか?」
「リナシータ?」
ファズマの口からリナシータが出てディオスは驚き、警官二人は疑問でファズマを見た。
「リナシータとは?」
「リナシータは向かいにある葬儀屋のことです。話せば恐らく預かってくれるでしょう」
何故ファズマは喧嘩を売って来た葬儀屋リナシータに塩を送るような行為にでたのかディオスには分からなかった。
一方で警官二名は相談をして、
「リナシータは初めて聞きました。失礼ですが電話を借りてもよろしいですか?」
「どうぞ」
ファズマの許可に警察はすぐさまどこかに電話をかけた。恐らくは警察署であろう。
短い電話の後、警官はファズマに言った。
「リナシータと話をして預けられるようでしたら預かってもらうことになりました。ありがとうございます」
「いえ。今後ともご贔屓のほどよろしくお願いします」
礼を述べ出て行った警官にファズマは営業スマイルで見送った。




