ファズマの過去
「あいつらぁ~」
スラム街の通りを歩きながらファズマはうなっていた。
「俺は料理人じゃねえぞ!」
情報収集の報酬が料理と勝手に決められたことにファズマは納得していなかった。
そもそも葬儀屋なのに報酬に料理を頼むのはどうかと思うのだが、料理以外に何があるかと聞けば何もないし葬儀屋関連の品を与えても使い道がないから仕方ないようにも思える。
そんなファズマの様子にディオスは声をかけるタイミングを見計らい尋ねた。
「そういえばファズマ、さっきの続きなんだけど」
続きと聞いてファズマは何だと顔を向けた。
「ファズマが前に言ってた仲間ってもしかして……」
「ああ、あいつらだ」
ディオスの言葉にファズマ肯定した。
「昔っからスラムで一緒に生きてきたんだ。クソみてえな環境に境遇や身寄りがない奴が心を許せる者と身を寄せて生きてきたんだ」
そう言うとファズマはどこか遠くを見るように話し始めた。
「俺の親は二人ともスラムの住人だったが10の時に死んだ。それからは同じような境遇のヒース達と身を寄せて生きながらえてきたんだ」
ファズマの予想もしていなかった境遇にディオスは驚いた。
「あいつらも親がいなくてな。正直、あの時の俺らは仲間以外に心は開かねかった」
それは周りに助けを呼べない、頼れない環境で互いに疑心暗鬼に陥っていた世界であった。
そんな場所に子供だけで身を寄せ合って生きながらえることがどれだけ辛いことであるのかディオスには聞いた話から想像をするしかできない。
「それじゃ、どうして葬儀屋に?」
そうなると疑心暗鬼であったファズマが何故葬儀屋フネーラに勤めるようになったのか気になったディオスは尋ねた。
「そりゃ簡単だ」
ディオスの言葉にファズマは満面な笑みを浮かべた。
「店に盗みに入って捕まったからだ」
「は?」
思ってもいなかった言葉にディオスは目を丸くした。
「今、何て……」
「二度いわせんな。盗みに入って店長に捕まったんだ」
聞き間違いかと思ってもう一度尋ねてきたディオスにファズマは嫌々ながら同じことをもう一度言った。
「そもそも店長はこの街の住人じゃねえんだ」
「住人じゃない?」
「元々はあちこち旅していたんだと。そう言う死神を流れって言うんだが、先代店長が高齢で首都にいる息子夫婦の元に引っ越すことになって七年前に店を与えられたんだ」
モルテがアシュミストの住人でないことにディオスは驚いたが今の話と盗みが一体どの様につながるのか分からない。
「その先代店長が首都に引っ越すと知った俺らはもしかしたら換金できるようなものが忘れられているんじゃないかと思って盗みに入ることを決めたんだ。生きる為に盗みもちょくちょくしていたからな」
今とんでもないファズマの過去を聞いた、いや、聞かされている途中だったとディオスは言葉が詰まった。
「だがな、店が店長のものになっていることまでは知らなくてな。入ってしばらくしたら後ろから強い一撃食らわされて気絶させられた。しかも店には金目のものはねえ、俺が気絶して音を立てたからヒース達は何があったのか確認もしねえで逃げて俺は置かれ、気が付いたら仕事台の上に寝かされていた。最悪だったぜ色々と」
これこそ自業自得だと笑うファズマ。その様子にディオスは一歩後ろに引いて話全体を見ようとしていた。
「気が付いたらな、店長が目の前にいたんだ。もう店には人はいないはずなのに人がいたんだからな。葬儀屋だから幽霊の一つ二つはいてその一つかと思って言ったらこえー目付きで睨まれた。その時思ったんだ。こりゃダメだなって。警察に送られるなって。だから飯が出されて食えって言われた時は驚いた」
あの驚きは今でも覚えている。
悪いことと分かっているが生きるためには仕方なく、捕まったら罰せられると思っていた。それなのにモルテがファズマに最初にしたことは警察に連れて行くことではなく食事を与えたことだった。
「もちろん警戒したんだ。何が目的で警察に突き出さねえで飯を出すんだって。そうしたらこう言ったんだぜ。『人手が足りないから手伝え。それが嫌なら突き出す』って。おかしいだろ。盗みに入ったのに手伝えって。普通は警察に突き出すだろ」
「だけど、手伝った」
「ああ。警察に突き出されるのが嫌だったから渋々な」
あの時は逃げたヒース達がどうなったのか気になっていたが様子を見に訪れることは低いと思い、それなら隙を見て逃げ出せばいいと思っていた。
だが、モルテが出した食事がおいしかったことと三食おいしい食事が出ることが徐々にうれしくなってそのまま手伝いの為に居続けることになろうとはあの時は思ってもいなかった。
「だけどな、そう長く続かなかったんだ。ヒース達が様子を見に来たんだ」
充実を感じ始めた時に訪れた一種の恐怖。ヒース達が様子を見に来て連れ戻そうとしたのだ。
葬儀屋にいることと仲間と共にいることどちらを選ぶかファズマは迷った。そして、しばらく迷って仲間と共にいくことを選んだ。
それは葬儀屋の手伝いに充実感を感じていたがモルテに心を開いていおらずヒース達に軍配が上がったのだ。
「合流してすぐにまた盗みを始めたんだ。何もなくなったからな。始めて、見つかって捕まった」
仲間と合流して安堵したのも束の間、盗みに入った家に入った直後に見つかり住人に捕まえられた。
「すぐに警察がきて今度こそダメだなって全員で思ったんだ。そうしたら店長が来たんだ。勝手に出て捕まっているのに何しに来たんだって」
またどうしようもないことをして罰を受けようとしているのに何故モルテが来たのかその時のファズマは分からなかった。
「店長な、俺らを解放しろって言ったんだ。おかしいだろ。盗みに入って今度こそ警察に捕まったのに解放しろって。住人と警察は大反対だ」
ファズマ達からしてみればスラム住人で盗人であるだけで助けられる理由なんて何もなかった。
それなのにモルテは完全に不利のはずなのに一歩も引かなかった。
「店長は俺らがいたのは子供の悪戯だって言ったんだ。その上でこう言いきったんだ。『従業員とその友に盗みを働く奴はいない』ってな」
そう言うとファズマは小さく肩を下げた。
「勝てないって思った。悪いことしてまたやっているのに何で言い切れるんだって。今やんねくてもまたやるかもしれねえのにしないと言い切った店長には何をどうやってもかないっこねえって心の底から思えた」
モルテの言葉はファズマと初めて顔を合わせたヒース達の心の氷を砕いたのだった。
今までどんなに頼ろうとしても頼れず、親すらも自分達をかばおうとしてくれなかったのに目の前のモルテは守る為に立ってくれた。
頼りたい大人が目の前に出来たことをファズマ達は同じように感じたのだ。
「それから店長が睨みを利かせて無罪で解放。忍び込んだだけで何も盗んでないからな。それに、説教なんか何もしねかった。それから全員、しばらく店長の手伝いをしたんだが、そん時に全員で決めたんだ。店長の為なら何でもする。ってな」
それは新たな親を見つけ頼りたいという思い。そして、助けてくれた感謝から導いたファズマ達全員の決意であった。
ファズマの話にディオスは何故ヒース達がモルテを慕っているのかが分かった。




