葬儀屋の就職試験
仕事場の台に遺体が入った袋が置かれたのを見たモルテはファズマに車の鍵を渡した。
「ファズマ、アドルと一緒に行け。それと、帰りに昼飯買ってこい」
「はい」
モルテの指示にファズマは店の外へと出た。
外の車庫には車が二台停められており、その内一台は仕事に使う車だ。その車で警察署の霊安室に置かれている遺体を教会に運ぶために使う。
「それじゃ後は頼む」
「ああ」
一通り仕事を終えた事でアドルフは部下を連れて警察署へ戻る事にした。
その後ろでは先輩部下と新米部下が疲れた表情をしているのは言うまでもない。特に新米部下はマオクラフが天井から抜け落ちた(正確には叩き落とされた)時、頭に鳥の被り物をしているのを見て更に驚かされて物凄く疲れていた。
ちなみに、マオクラフは天井から抜けるとすぐに仕事があるからと店を出て行って店内にはいない。
アドルフは部下と同じように疲れきっているディオスを一度見るとモルテに尋ねた。
「面接するのか?」
「実践させるつもりだ」
モルテの言葉に疲れきっているはずのディオスが驚いて顔を上げた。
「いくら何でもそれは……」
「面接で綺麗事言われても出来なければ意味がない。実際に行動出来るか見極めるのにいい方法はないだろう」
「警察でもそんな事しないぞ……」
モルテの言葉に突っ込みをあきらめたアドルフ。そして、ディオスを哀れみのこもった目で見た。
「ここで働くと言う事は厳しく大変だ。だが、認められたなら頑張れ」
はげます言葉を述べてアドルフは部下と共に店を出た。
その意味を考える前にディオスは一刻も早く店を出たくて仕方がなかった。
面接ではなく実践。しかも葬儀屋の仕事について何も分からないのにいきなり。ただでさえ雇うつもりもないのに実践と言っているのだ。滅茶苦茶すぎる。こんなにも理不尽すぎる採用試験はない。
「さて、実践を始めるか」
ディオスの気持ちを無視してモルテが仕事とディオスの実践を始めると宣言した。
「雇うつもりないのにですか?」
「誰が雇わないと言った?」
ディオスの恨むような口調にモルテは何を言っているんだという表情を向けた。
「私は基本的には雇わないが実践次第では雇う事を考えているぞ。貴様の覚悟次第だがな」
モルテの言葉にディオスは疑って見入る。
「……本当ですか?」
「私は嘘が苦手でな」
そう言ってモルテはわずかに笑みを浮かべると仕事場へと足を運んだ。
(もう、後がないんだ……)
ディオスはまだモルテの言葉を疑っていた。だが、自分が今置かれている状況を思い出し、もうどんなに変わっている職場でも構わないと自分に言い聞かせ覚悟を決めた。
仕事場にはミクがせっせと今から行う準備をしていた。
そんな中でモルテはディオスに実践の説明を始めた。
「さて、実践と言ったが難しい事ではない。そもそも私とて遺体の処置を知らん者にやれとは言わない」
とりあえずそれを聞いて安心したディオス。
いきなり遺体を触れと言われても全く素人に出来るわけがない。
(え、遺体の処置?)
思ったのもつかの間。遺体の処置と言う言葉が出たという事はそれに類似する事を言っているのではと思い当たった。
「貴様には処置を行う私の手伝いをしてもらう」
妙にハードルが高そうな事を言われてディオスは返答に困ってしまう。
「ミク、遺族が来るかもしれん。悪いが店番を頼む」
「は~い」
モルテの言葉にミクは返事をすると閉められているカーテンの向こう側へと消えた。
それを見届けてモルテは遺体が入った麻袋の台とは別の小さな台に置かれているハサミを手にすると縛っている紐を切った。次いで、麻袋を縦に長く切り、中に入っていた遺体があらわになった。
「うっ……!」
現れた遺体の様子にディオスは手を口に当てた。
顔は傷だらけで血が固まっている。それに、所々青くも見える。
「ほう、堪えられるか」
遺体の様子を見たディオスの反応にモルテは驚いた表情を浮かべた。
「普通はこれ程傷ついた遺体を初めて見る者は吐いたり気分を悪くしたりするもんだが?」
「正直言って気分は悪いです……」
モルテの言葉にまだ手を口に当てて話すディオス。だが、いつまでもこうしていてはならないと自分に言い聞かせ手を口から離した。
一方で、モルテは遺体の様子を見ていた。
「ふむ。どうやら忠告は聞いたようだな」
「は?」
聞き捨てならないような言葉を聞いてディオスが短く声を上げた。
「ちゃんと切られているな」
「忠告って、何のですか?」
小声で小さく何かを呟いたモルテにディオスは聞くのは悪いと思いながらも聞きたい気持ちが強く尋ねた。
「これ以上傷つけるなとな。昨夜、その場に行ったんだ」
衝撃的な言葉にディオスは一瞬言葉を失った。
「見に行ったって……何で?」
「ここに運ばれるのが分かっていたからだ。その間に傷口から腐敗が進んではたまらん」
「見殺しにしたんですか?」
「見頃しか。世間一般ではそうなるのであろうが、この男の死は決まっていた事だ。仮に、医者に運んだところで助かってはいない」
予想もしなかった言葉にディオスは憤りをモルテに向けた。
「な……」
「何で分かるのか?だろう。分かるのだよ。葬儀屋だから」
反論しようとしたディオスを遮りモルテは冷たい目線を向けた。
「葬儀屋で働くというのはな、ただ遺族のために遺体を処置したり葬儀の準備をするのではない。覚悟がいるのだよ。貴様にその覚悟があるか?」
覚悟と言う言葉が一体何を意味指しているのかディオスには分からなかった。そして、モルテを怖いと感じ始めた。
「きやぁぁ!!」
店内からガシャーンという音と同時にミクの悲鳴が響いた。
「ミク!」
悲鳴にモルテが血相を変えて店内へと駆け込んだ。開けたカーテンをそのままにして。
「ミク、無事か?」
「師匠……」
幸いミクはカウンターの裏に隠れていて怪我らしい怪我はしていなかった。
だが、また血相を変えているモルテは入口を見た。
目に飛び込んだのは窓の一つが投げられた石により割られていた。
モルテは急いで入口の扉を開けた。しかし、目の前の道には人の姿はなかった。
仕事場から出てきたディオスは割られた窓を見るとさっきまで感じていた恐怖とは別の恐怖を感じていた。
明日から投稿時間を14時に変更します。