死神
渓谷の歌姫は河と古城が見渡せる場所に座っていた。
―――ここでなら人間に思う存分に聞かせられる。
渓谷で生まれたばかりの渓谷の歌姫は自身の能力がどの様なものなのか理解した。そして、生まれた近くでたまたま人間がいたから試しその能力を使ってみることにした。それは歌うことであった。
その歌声は綺麗な声であったと渓谷の歌姫は思った。それを肯定するように聞いた人間の一人はまだ荒れている河に入り込んだ。それを見た渓谷の歌姫は気分を良くして人間にもっと聞かせたいと思うようになった。
人間に聞かせたいという思いが渓谷の歌姫を下流へと移動させ、人間がいる街アシュミストへと案内した。
古城から歌えばどれだけ神秘性があるのだろうか。けれども古城からでは周りに人間はいないし歌声も届かない。
ならば古城に劣らない神秘性がり人間がいる場所を探して見つけたのがこの古城と河が見られる場所であった。
見渡せる場所に座りどの様な歌を歌おうかと考える。既に真夜中ではあるが気にしていない。歌を歌えば例え寝ていても綺麗な歌声に導かれて起き上がって聞きにくる。それを渓谷の歌姫は知っていた。
渓谷の歌姫は何を歌うか決めると立ち上がり、改めて河に向き直った。
歌う為に息を吸う。これは動作。生霊であるから呼吸をする必要はないしそもそもしていない。けれども周りに聞かせるならこれくらいのらしい動作くらいしなくては形にならない。
口から言葉が紡がれ歌となって響き渡る。言葉はこの先に続く暗闇への道を作り、綺麗な声は暗闇へと案内をする。本気で紡がれた歌声。もしも起きていたなら数口聞いただけで渓谷の歌姫の元まで歩き、その先にある河へと落ちてあの世行きである。
そんな人間から見たら危険である歌が突然前振りもなく響かなくなった。
(響かない……違う。消された)
歌が突然響かなくなったのに驚いた渓谷の歌姫は何故響かなくなったのか理解するとそれを行った者を睨みつけた。
* * *
綺麗な歌声が突然聞こえなくなったのにディオスは気が付いて呆けた表情を浮かべた。
「あれ?」
あまりにも綺麗な歌声に聞き惚れてしまっていたのだ。
そんなディオスをよそに歌声に全く意識していなかったガイウスとレオナルドは様子を興味深そうに見ていた。
「消すのと展開を同時にやってしまうとは」
「ど~んな技術を使ったんだ~?」
渓谷の歌姫の前に立ちはだかっているモルテが使った方法にガイウスとレオナルドはそれぞれ思考をしながら様子を見ていた。
* * *
こちらを睨みつけている渓谷の歌姫の前に立つモルテは不敵な笑みを浮かべた。
「綺麗な歌声だが歌はそこまでにしてもらおう」
「邪魔をするな」
「邪魔か。したくなるな。その歌声は人間を死に誘うからな」
邪魔をすると言い放ったモルテに渓谷の歌姫が甲高い声を上げた。瞬間、衝撃波が周りを走り出した。近くにあった木々は枝を揺らし僅かに残っていた葉が落ち、建物にはめ込まれていたガラスにはヒビが入った。
「ほう。生まれたばかりというのに自身の能力がどの様なものかはっきりと把握しているのか」
甲高い声により衝撃波が放たれたにも関わらずモルテは何ともない様子で渓谷の歌姫がやったことを見て平然としていた。
実際に何ともないモルテを見た渓谷の歌姫は驚きさらに甲高い声を先程よりも少し長めに発した。
すると、背後の河から数本の水柱が螺旋をしながら現れた。
「ほう。渓谷で生まれたとはいえ歌声で水まで操るか。生まれたばかりとは思えん強さだな」
渓谷の歌姫が持つ能力で水まで操ったのを見たモルテはさらに面白いと思った。
(先程の歌声に六口、今のが八口程か)
モルテは渓谷の歌姫が放った甲高い声が歌声であると確信していた。そして、僅かな高さと長さから言葉の数を予想し能力がどういった作用を働かせ力の強弱をどのように付けているのかと冷静に分析していた。
「先程のようにはいかない」
「そうか」
渓谷の歌姫の言葉にモルテは素っ気なく言うと甲高い声がまた響いた。
その瞬間、水柱がモルテ目がけて突っ込んできた。モルテは軽々と水柱を避けた。的をなくした水柱はそのまま通りにぶつかり濡らした。
それを見たモルテは何事もなかったかのように渓谷の歌姫の正面に立った。
「気は済んだか?」
渓谷の歌姫に向けて尋ねるように言った言葉。その言葉の返事が返ってくるのを待たずにモルテは不敵な笑みを浮かべず真っ直ぐに渓谷の歌姫を見た。
「遊びは終わりだ」
次の瞬間、モルテは一気に渓谷の歌姫に迫った。渓谷の歌姫とのすれ違うモルテの手にはいつの間にか鋭い刃が付いた大鎌が握られ、刃が渓谷の歌姫の喉元に当てられていた。
「貴様の存在、刈らせてもらう!」
ほんの一瞬。その瞬間でモルテは大鎌を振るい渓谷の歌姫の首を切断した。
* * *
遠くから一連の様子を見ていたディオスは予想以上の出来事に言葉を失っていた。
首を切断された渓谷の歌姫は細かな光の粒となって舞い上がり、操っていた水柱は音を立てて崩れた。
全てが予想外。常識外の出来事。だが、何よりも驚いているのはモルテである。気づいたらモルテが大鎌を握っていた。その大鎌は持ち手の柄が長く刃も長い。生霊を切った大鎌はまるで死の宣告を告げるあの存在を想像させる。
「相変わらずいいぃ~切れ味だなぁ~」
「全くです」
ガイウスとレオナルドは渓谷の歌姫を一撃で綺麗に狩ったモルテに感心していた。
「一体……」
全く目の前の出来事に驚いていないばかりかモルテがやったことに対して感心しているガイウスとレオナルドにディオスは戸惑った様子を向けた。
その様子に気が付いたレオナルドがディオスの疑問を答えた。
「私達は死神。死者の魂を刈る存在です」
この瞬間、ディオスは死神という存在を初めて認知することとなった。
色々と前置きが長くなった3章完です。




