渓谷の歌姫
月明かりに照らされた青白い女性は通りの一部が河に突き出した手すりに座り古城を見つめていた。
「な、何であんなところに!?」
どういう原理かは分からないが視界がよくなっただけでなく遠くの方まで見えるようになっている目で青白い女性を見つけたディオスは葬儀業責任者三人の顔を交互に見た。
「それに、何か青く見えるんですが……」
「青いですよ」
「俺の目がおかしくなったわけじゃ……」
「いや~、どっこもおかしくはないぞ~」
こんな世の中に月明かりで青く見える人はいないと確認をするディオスだが、ガイウスとレオナルドがあっさりと否定。
「それじゃあれなんですか!」
もう訳が分からないとやけになって青白い女性に指を指す。
「生霊です」
「生霊?」
ディオスの言葉に答えたレオナルドであったがディオスがおうむ返ししたことに驚いてモルテに尋ねた。
「生霊について教えてないのですか?」
「どうやら幽霊と混合しているようでな。そういえば、詳しく教えていなかったな」
「何やっているのか……」
モルテのあまりにも放任過ぎるやり方にレオナルドはため息をついた。
「まあ~生霊と幽霊がぁ混合になるのはぁ仕方ないことだと思うんだよぉね」
「生霊を知らないからですか?」
「そぉそぉ。俺も生霊を知らなけれ~ば、ずぅっと生霊も幽霊と思っていただろ~ね」
「おかしな話ですね」
「こぉれがふつ~と思うんだがぁ?」
(生霊が幽霊じゃない?)
生霊が幽霊ではないという話を聞いたディオスはどういうことかと考え始めようとして止めた。
そもそも幽霊とは実体がないもの、亡霊と言われる存在。前回見た愚者の幽霊がそういった存在であるのだろうがそれ以外見た事がない。そこから生霊とは何かと考えても見た事はないし区別も分からない今では考えて答えが出る出ない以前に考えるのが間違っているというものである。
「それにしてもアレは……」
「少女くらいかね~」
「少女と言うよりは女性、美女……」
「乙女でいいだろう。生まれた場所から名乗るなら渓谷にただずむ乙女。渓谷の歌姫と言ったところだろう」
青白い女性改め渓谷の歌姫と見たモルテの名乗りにガイウスとレオナルドはそれが適切と納得した様子を見せた。
「って、何で幽霊に名前つけているんですか!」
そんな三人の様子に何事もないように幽霊に名前を付けてしまったのが信じられないディオスは突っ込んだ。
「付けているのではない。照らし合わせているのだ」
「照らし合わせ?」
何で名前を照らし合わせる必要があるのか。そもそも幽霊に名前があるのかと気になる。
「生霊の生まれた状況などから名前を照らし合わせるということは非常に重要なことなのです。照らし合わせることで生霊がどの様な能力を持ち人を死に追い込むのか分かる」
「能力……死に追い込むって……!」
ディオスの疑問はレオナルドが次に発せられた言葉で恐怖へと変わった。
「ま、待ってください!あれ幽霊ですよね?」
「あれは幽霊ではないと言っているだろう」
「あ~んな突っ立っているだけぇの存在と生霊はちっがうんだよねぇ~」
「ここでは生霊と幽霊は別々の存在と考えてください」
自身の常識を焦って言うディオスだが今度はモルテも加わり葬儀業責任者三人が真っ向から否定した。
「それじゃ生霊って何ですか!」
「生霊とは……」
自身の常識を否定されたディオスは生霊とは何かと追求。これに答えようとレオナルドが口を開いた時、モルテが割って入った。
「言う暇はないぞレオナルド。少々無駄話をしすぎたようだ」
モルテの言葉に渓谷の歌姫に目線を戻したレオナルドは渋い顔をした。
「ガイウス展開を」
「今日は俺かよ~」
レオナルドの言葉に一言小言を言うとガイウスは足で屋根を軽く踏んだ。
一体何をと思ったディオスだが次の瞬間、不思議な感覚、例えるなら自分に向かって弱い風が吹きつけてきたような感覚を感じた。ガイウスが張った領域を合図に今まで手すりに座っていた渓谷の歌姫が立ち上がった。
「それで、誰が行くのですか?」
「私が行こう」
誰が渓谷の歌姫の元へ行くのかというレオナルドの言葉にモルテがもちろんと言うように即答するとガイウスが張った領域を飛び出し屋根から飛び降りた。
「店長!」
「ディオス君落ち着いてください」
飛び出して行ったモルテにディオスは慌てて呼び止めようとしたが未だに手を握っているレオナルドに止められ引き戻された。
「大丈夫です。あれくらいモルテなら無傷で戻ります」
「え?」
どういう意味かと言う表情をディオスはレオナルドに向けた。今までの話なら生霊という存在は人を死に追い込む存在である。それなのにモルテが無傷で済むというのは矛盾がある。
そもそも、どうして生霊の元へ向かったのかが分からない。
「見ていれば分かります」
レオナルドの言葉にディオスは恐る恐る渓谷の歌姫へと視線を向けた。
そして綺麗な歌声が響き出した。




