部屋にいられない
翌朝。
「おはよう!」
「おはよう」
「おはようミク」
この日は学園の制服を着たミクが朝食の時間に階段を降りて来た。
「今日は起きられたか」
「起きられるもん!」
新聞を読んでいたモルテが昨日のことを持ち出した。そのことにミクは頬を膨らますが、その姿は愛らしく怒っているようには見えない。
そんなミクにファズマが思ったことを口にする。
「ミク、怒ってるのは分かるがあんまり怒ってるように見えねえぞ」
「ファズは乙女心が分かってない!」
「乙女心は関係ねえだろ」
「むぅ……ファズの意地悪!」
「何でそうなる!?」
「今のはファズマが悪い」
ミクがひねくれたことに意味が分からないと言うファズマをディオスがミクを庇護して言う。
「ディオスは分かるのか?」
「乙女心は分からないけどこの手の話しに口を出したらいけないことは確かだよ」
庇護ではなく、どちらかというと止めに入ったと言うディオス。
こういった少女が独自に持つ『乙女心』は分かろうが分からなかろうが触れたら危ないことをディオスはユリシアと過ごした経験から知っている。
それでも無意識に言ってしまったこともある。そうすると、どちらか先に根を上げるか泥沼になり誰かが止めない限りは続くことからミクの味方に付いたのだ。
だが……
「ディオも分かってない!」
「何で!?」
「分かんねえつっただろ自分で」
まさかミクから非難されると思っていなかったディオスは驚愕し、その理由となった一言にファズマが呆れながら言った。
「朝食にするぞ」
この話題に触れていないモルテが区切りを見て言った。
その言葉に3人は話がまだ終わっていないと不満そうな表情を一瞬だけ浮かべるもすぐに振り払うと席について祈りを捧げた。
この日の朝食はパン、ミネストローネ、ナスとベーコンのグラタン、鶏肉とキャベツの炒め物である。
祈りを終えるとモルテが口を開いた。
「さて、食べ……」
よう、と続けて言おうとしたモルテの口が止まった。
「師匠?」
「まさか、また……」
この様子と時間帯からいつものパターンではと悟る3人。
「いや、これは……」
しかし、モルテが違うと言うと、すぐにドタドタと誰かが階段を慌てて降りて来る音が響いて来た。
「モルテはん!」
階段を降りて来たのは小春であった。
誰かが何かを言う前に小春はそのままモルテの側で土下座した。
「ほんのちびっとだけでええどす!置かせて下さい!」
「は?」
全く意味が分からないことを言い出した。
* * *
一先ず小春を落ち着かせ、朝食後にミクを送り出したことでようやく話を聞く体制に入れた。
「ほらよ」
「おおきにどした」
ファズマは小春にコーヒーミルクを置くとモルテとディオスにもコーヒーが入ったカップをテーブルに置いた。
朝食後の一腹と言うことで話を聞くにはちょうどいい時間であったのだ。
「すんまへん、いきなって押し掛けてしまって……」
「構わん。それで、置かせて欲しいとはどう言うことだ?」
小春が慌ててしまうことはしょっちゅうあるがその殆どはつららが絡んでいる。
しかし、つららの問題はモルテが予想した時間から既に解決しているし、つららからもその事に連絡を受けているから確実なことである。
再び問題が起きない限りはあの2人からしたらありえないことであり、来るのはつららのはず。小春ではない。
だが、来たのは小春であり慌てて、しかも飛び込んで来たのが始めての為に何があったのかとモルテは気になっていた。
「まさか、また痴話喧嘩を始めたのではないだろうな?」
「それやったら来ませんよ!」
テーブルを挟んで向かい合う小春は話し始めた途端に重たい表情を浮かべた。
「あの、何があったんですか?」
その表情に口出しするつもりでなかったディオスが心配になって尋ねる。
「……いられへんんどす……」
「はい?」
「あそこにいられへんんどす!あそこに!」
悲痛な面持ちで小春が叫びながら言った。
「あんな……あんな場所に……」
そして震え出して顔面蒼白とも言える小春に何が何だか分からないディオスとファズマは戸惑う。
だが、モルテだけは悟った。
「なるほど、そういうことか」
「モルテはん、分かってくれますか!」
モルテが理解してくれたことが嬉しい小春は表情を広げた。
「4年もすれ違っていたのだから仕方ないとはいえ、あの2人は限度を知っていると思っていたが……」
「婚約決まってから時々来るんどすが、もう限界どす……」
「堪えていたのだな」
桜花を発ってからの小春の苦労にモルテは労う。
「隣からあんな声聞き続けとったら寝れいではおまへんどすか!」
「ちょっと待って!?」
小春の爆弾発言に今まで久地を挟まないでいたディオスが顔を真っ赤にして止めに入った。
「そ、それって……えぇ!?」
「ディオス、言ったら自滅だぞ」
半分混乱ぎみになったディオスをファズマが既のところで止める。
ファズマも話の会話から悟っていたからか何処か居心地が悪そうである。
「それよりも部屋が別れたのだな」
「お爺ちゃんの部屋をつら姉が使うことにしたんどす」
落ち着きがなくなった男を置いて女は平常なままである。
「それよりも、なんぼ嬉しいからって考えて欲しいと思おりませんか!」
「芳藍では遅れていると言っていたがこちらではまだ若い方に入る。認識としては普通としか言えん」
「うぅ……」
国と国を分かつ認識のズレに小春はモルテが理解してくれていてもそこまで問題にしていないことに気付いて崩れ落ちる。
(私が言えることではないのだがな)
しかし、モルテはこの会話自体に色々と当てはまる節があり強く言える立場でないことを認識していたが口に出すつもりはなかった。
この会話は居心地が悪いと感じていたディオスとファズマは向かい合って頷くと静かに席を立とうとした。
「ところで、ファズマとディオスが居心地悪そうにしているんだけど」
だが、そこに第三者がモルテと小春の会話に割って入って来た。
「うわぁぁぁ!?」
「マオクラフ!?」
そこには何故か鳥の被り物を被っていたマオクラフがリビングに普通にいた。
「何でいるんだ!?」
「声掛けても出てこないから来たんだよ」
マオクラフの言葉にディオスは慌てて懐中時計を見ると、マオクラフがいつも手紙を届けにくる時間であった。
「マオクラフ……」
「あ、モルテ。手があぁぁぁぁぁ!!」
モルテが気が付いたことで手紙を渡そうとしたマオクラフ。だが、近付いて来たモルテはそのままマオクラフの首を絞めた。
「勝手に奥に入るとはどう言うことだ!」
「ご、ごえがげでも気づかなかったから……勝手知っだる……うぅ……」
マオクラフの言い訳にモルテは更に首を絞めた。
その様子に呆然と立ち尽くすディオスにファズマが肩を叩いた。
「店内に行くか」
「……うん」
先程まで交わされていた会話により珍しく立ち会う気になれないファズマはディオスと共に店内へと非難した。
それから数分後、ドーンという音がリビングから聞こえて来た。
色々とオブラートに包んだけどアウトな気が……




