忍
「こらどうなっとる?」
小春に大慌てで連れて来られた忠信が見たものは話しに聞いていた様なものではなかった。
「お前、何勝手に寝とるんだ!」
「寝るのは勝手だろ」
「勝手って何よ!あんたのことで揉めてるのに他人事みたいにしとるのよ!」
「寝るなと言われてへんからな。それに、お前等が勝手に争っとるだけだろ」
「自分のことなのにもっと緊張感持てよ!」
つららと宗頼が息合わせてふんどし一枚の不審者に言葉で攻めていた。
「息合ってるな」
つららと宗頼が理由が分からない口喧嘩をし始めてから久々に息が合っている様子に忠信は惚れ惚れとしていた。
「だがな、さすがにそのなりで寝るのはどうかと思うな」
「おやっはん!」
「忠信の旦那!」
ふんどし一枚であるはずなのに所構わず、状況も構わず寝る気でいるのはどうかと呆れていると、声に気づいて2人は振り返り……
「ん?」
「え?」
顔を見合わせた。
「何でおやっはんのこと知ってるの!?」
「出掛けた先で忠信の旦那の店に足運んでいるからに決まっとるだろ」
「ちょい、それいつよ!よく行くけど見たことないわよ!」
「混んでいる時を避けとるからな。って、何でそないなことお前に言いまへんといけへんんだ!」
「あんたが勝手に話したんでしょ!」
「聞いてきたのはお前だろ!」
豆庵堂へ行く、行かない。見た、見ないで一旦中断していた口喧嘩改め痴話喧嘩は第2ラウンドへ移行すると思われた。
「そこのおしどり夫婦、ええ加減にしろ!」
「誰がおしどり夫婦どすか!」
「こんなのとおしどり夫婦ではおまへん!」
このままでは連れて来られた目的が達せられない忠信は割って入った。
「野村の倅、こいつはわしに任せてくれへんか?」
「忠信の旦那?」
「それに、ここで油売っててええのか?」
忠信はふんどし一枚の不審者の身元を聞き出す為に宗頼を追い出そうとする。
「それ言うたら忠信の旦那もってなってますが、そろそろ戻らなければならへんのは事実。こいつの正体分かったらおせてください」
「分かってらな」
忠信の言葉と時間から宗頼は次へと動き出す為に気持ちを切り替えた。
そして、最後につららを鋭くさせた目付きで見てから氷室葬儀屋を出て行った。
* * *
「まるっきし、朝から呼び出しやがって」
「それよりも、何でおやっはんが?」
「小春に呼ばれたからやろ。来てみれば聞いとった話と違って驚いたがな。そもそも、何で野村の倅がいたんだ?」
「そら、あたしが悲鳴を上げたら飛び込んで来て……」
「なるほどな」
間が悪かったのだと思いながら忠信は座らされているふんどし一枚の不審者を見下ろした。
「ほして、何で番所に突き出さないんだ?」
「じいさまを訪ねて夜中に忍び込んで来たんどす」
「秋人はんをか?」
「はい。じいさまのことを知っとるみたいで忍び込んで来た理由を聞いてもおせてくれへんんどす」
「口を割れへんということはあまりよくないこと、か」
これは面倒なことに巻き込まれたと思いながら忠信はふんどし一枚の不審者と同じ視線にまでしゃがんだ。
「つらら、訪ねて来たって言うたよな?殺しとか怪我負わせに来たわけではなく?」
「はい」
「でもつら姉、この人の持ち物に刃物あったよ」
「ますます分からねえ」
危害を加えに来たわけではないのに持ち物が怪しすぎて何の目的で忍び込んだのか分からない。
するとそこに、今まで秋人の部屋でふんどし一枚の不審者の所有物を調べていたモルテが出て来た。
「それは今置いておこう。こいつの正体が分かった」
「モルテ?」
突然部屋から出て来たモルテに不思議な表情を浮かべるつらら達だが、ふんどし一枚の不審者は普通の人なら気付かれない程度に睨み付けている。
「こいつは帝直属の忍だ」
「忍?」
モルテは何を言っているんだと3人から不思議な視線が突き刺さる。
忍、もしくは忍者と呼ばれる存在は芳藍では古くからいるとされる情報収集や敵地に侵入する達人。
金で雇われたり主に忠誠を誓い支える影の存在である。
一般人でもその存在は耳にしたことがあるくらいで、忍を主役とした本もあるくらいで、存在はしているくらいの認知である。
だから、いきなり忍と言われても、いくら死神で裏のことや人との繋がりが広くても唖然となる。
「モルテはん、忍って忍者のことどすどすやろ?」
「そう言っているだろう。情報収集や敵地に侵入して工作をする」
「何でそないなこと知っとるのか分からんが、何でこいつが忍と言えるんだ?あと帝の直属も」
「こいつが持っていた道具は忍が使う道具だからだ。数は少ないがそれは必要最低限のもので多くを持ち運ばない為。刃物が懐にあったのは護身用だろう。本当に命を取るなら別の道具を使うはずだ。帝直属と分かったのは額の裏に紋が彫られていた。それでわかったのだ」
ふんどし一枚の不審者改め忍が秋人の命を狙ったわけではない見方をするモルテ。
「やけど、秋人はんを訪ねて来た理由が分からん限りはほんまに命を狙っとったとも言えんぞ」
「ああ。さすがにこればかりは聞かなければ分からん」
忠信の言い分も当然とモルテは忍を見下ろした。
「秋人に何用で夜に忍び込んだ?」
「お前らには関係ないは。秋人はんを出せ」
「出せ言うけどあたしと小春はじいさまの孫娘何そやし聞く必要がある!」
「本人以外に話すつもりはない」
始めてまともに話を交わした忍であったが、モルテはともかく孫娘でもあるつららに目的を話そうとしない。
そのことに4人は顔を合わせ、つららは真実を口にした。
「じいさまはおらんわ。4年前に亡くなっとるわ」
「何!?」
つららの言葉に忍は今始めて知ったと衝撃を受ける。
初めからおかしかったのだ。秋人は4年前に亡くなっていいるのに忍は知らなかった。
忍なら訪ねる前に調べることくらいはするはず。つまり、この忍は知らされることも調べることもせずに忍び込み捕まったのだ。
夜に訪ねに来たのは恐らく昼間に秋人を見なかったから。夜ならいるはずと思ったからだろう。
そして、秋人が死んでいるという切札を早急に切ったのは話が長くなれば忍との話しに行き詰まることが見えて来たから。それでも切札を切ってしまえば行き詰まりが早く訪れることになる。
つまり、この話を早急に終らせることにしたのだ。
真実を知らされた忍は狼狽えていた。
「秋人はんが死んでいるだと!?でたらめを言うな!」
「でたらめおへんよ。ここは葬儀屋。じいさまの葬式もここで行った。嘘と思うならその時の記録があるから見る?」
つららの回避できない正論に忍は口を閉ざした。
「そやけども、秋人が忍と知り合いとはな」
「あたしも始めて知りました」
「あたしも。じいさまはなんも言わなかったから……」
「ただの忍だけならまだしも帝のか……」
忍が口ごもった隙につらら達はそれぞれ今の気持ちを言う。
いくら秋人が謎多き人であっても、さすがに帝の関係者と知り合いとなっては驚く。
「ほして、帝直属の忍が何で秋人に用があった?個人的か?それとも帝からか?」
忠信は大袈裟に尋ねた。
しかし、忍は狼狽えていた様子をすぐに沈めて口を閉ざした。
死神が仕掛けた罠に引っ掛かったとはいえ、やはり忍である。
「口閉ざしたか」
「仕方がない。直接こいつに指示出した者に聞きに行く」
モルテが取ろうとしている行動に全員が驚いた。
「聞きに行くって、出来るのか!?」
「手ならいくらでもある。仮に無理であったとしても帝に殴り込めばいい」
「おい!」
最後のは脅しすぎるというか極端に現実離れ過ぎると忠信が全力で突っ込む。
「まあ、そうならぬ様にするかはこいつ次第だがな」
モルテとしても出来ることなら使いたくない手らしく最終手段のようだ。そして、忍を睨み付けて無言で脅す。
「モルテ、聞きに行くのならあたしも行く」
「いや、私だけでいい。私の方がこの件を聞きに行くのに最適だ」「そらモルテはんが異国の人間そやしか?」
「気負わなくてもいいのならそうだがもう一つ。こちらは通じるか分からんが恐らく通じるだろう。つららと小春にも手は出させん。だが、話が通じるまで2人にはここにいてもらいたい」
安全の確保モルテから同行不要を言い渡され、その理由に仕方ないと受け入れる。
「忠信、巻き込ませてすまないな」
「そら構へんが、わしもこっちにいた方が良さそうだな」
「いや。これはこちらの問題で忠信は関係ない」
「やけど……」
「一端に触れただけで忠信の問題ではない。気にするだけに留めろ」
成り行きで連れて来られ知ることとなった忠信はまるで身内のように心配するがモルテに払い除けられる。
それでも未だに関わる気でいる。
「それほど気になるなら帰って来てから全て話す。だから、今日立てていた予定通りにしてくれ」
今日は女性死神と交代で男性死神が手野家に一泊する予定となっている。
休めと言い出した本人が休まずに別件に駆り出されるのにはモルテとしては見過ごすことが出来ず、加えて氷室家で起きたことだから忠信が首を突っ込む意味がない。
「……分かりました」
モルテの言葉に忠信は仕方なく折れた。
その後、朝食をしっかり取り、身支度を整えてからモルテはふんどし一枚のままの忍を担いで出かけて行った。
忍はふんどし一枚のまま外に出されました。
領域も何もなかったら社会的に抹殺されそう……




