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死神の葬儀屋  作者: 水尺 燐
14章 桜花の恋
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温泉

 緑生い茂る木々の葉を秋を運んで来た風が揺らす。

 そんな木々を掻い潜ると、開けた場所からうっすらと霧が漂う。

 しかし、その霧は開けた場所に留まっており温かみがある。まるで湯気である。

「気持ちぃ~」

「ほんまね~」

「こう言うのを秘湯って言うのかね」

「それにしてもずるいな。モルテとおふみはんだけ先に堪能して!」

「うるさい」

 モルテ、つらら、小春、幸、ふみの死神4人と弟子1人が温泉に入っていた。


 現在5人がいる場所は一葉山。此岸人である手野家の家兼工房から程近い場所にある温泉に女性だけで浸かりに来たのだ。

「湯屋のお湯とはちゃうな。肌の触り心地もちゃうよ」

「ほんまどすね」

 温泉に浸かっていることで肌がツルツルと幸と小春が自分の腕を撫でる。

「う~ん、疲れが取れる」

「って、おふみはん一葉山(ここ)にいる間は毎日入っとったんではおまへんん?」

「毎日は入れへんよ。着替えそないなに持ってきてなかったから」

「つまり、着替えさえあれば毎日入れるってことね。ん?それって、入れた時はむちゃ楽しんでいたんではおまへんの!」

 羨ましいとつららがふみに訴える。

「そやけども分かるわな。ここのお湯知っちゃえば湯屋のお湯じゃ物足りなくなるものね」

「そうどすどすやろお幸はん!」

「でも、おふみはんだけ先に楽しんでたのはどうどすか?」

「つら姉、そこは仕方ない」

「仕方なくない!モルテ、何でおせてくれなかった……」

 ふみが先に堪能していたことがずるいとモルテに抗議しようとしたつららが途中で口を止め、釣られるようにして全員の目が丸くなった。

「うるさいぞ」

 モルテは温泉に入ったまま1人で熱燗を飲んでいた。

「何でお酒!?」

「飲みたかったから準備をしたに決まっているだろう」

「そやしって一人で飲む!?」

「モルテはん、一人で飲むのはないと思うよ。あたし達にも頂戴」

「構わんが」

 幸からおねだりされたことでモルテは領域を使い何処からかおちょこをこれから飲むであろう人数分を取り出した。


 温泉に入りながらお酒が飲めるということに憧れを感じ始めた小春がつららに頼み込んだ。

「あたしも飲みたい」

「小春はあかん」

「何で!あたし十六そやけども!」

「飲めるけどまだ早いよ」

「そやな。熱燗はちょい厳しいかもね」

 ふみまでもお酒を飲ませることを渋るも、小春は諦めきれなかった。

「……つら姉、一口だけ」

「一口だけそやしね」

 小春が諦めないことを知ってつららは一口だけならと承諾した。

 その間にモルテはおちょこに熱燗を入れてしまい渡していた。

「おおきにね」

「お酒飲む時は言うてどすやろ」

 例を言う幸だが、つららは1人で両方楽しんでいたモルテに文句を言った。

 全員に熱燗が回ると幸が音頭を取った。

「それじゃ、頂こうか」

 その言葉に全部が一斉に熱燗を飲み始めた。

「……うっ」

 そして、すぐに小春が苦い表情を浮かべておちょこから口を放した。

「そやし言うたのに」

 小春から熱燗がまだ入っているおちょこを受け取ってつららは呆れ顔を浮かべた。

「美味しい」

「そうやな。温泉入りもってお酒が飲めるって楽しい物だね」

「顔が火照っとるけど、それもええどすね」

「お代わりもあるが」

「そう?それじゃもう一杯貰おうか」

 一方で大人の女達は真っ昼間から温泉とお酒を堪能することとなった。



 ところで、何故モルテ達が温泉を堪能しているかと言うと、桜花で起きていた事件と跡始末が一段落したからだ。

 桜花の死神達は日常生活へと戻って行ったのだが、ずっと事件に気を張り巡らせていたせいか、終わった反動で突然疲れた表情を浮かばせ始めたのだ。

 このままでは誰かが倒れてしまうのではと心配になった忠信が最低でも1日は休息を取るようにと指示を出したのだ。

 それに乗ったのがモルテであり、用事ついでに手野家の近くにある温泉に行くことを伝えたら、全員が温泉の言葉に釣られることとなった。

 しかし、死神全員がいきなり自営業や仕事を休むだけでなく、事件が起きた時に対応が出来なくなることから男女別れることとなり、先に女性が温泉を楽しむこととなったのだ。

 ちなみに、この休息は死神を対象にしているが弟子達も参加が認められている。

 しかし、弟子達も温泉に釣られながらも先ずは師である死神の休息を優先したことで辞退したのだが、小春はモルテの用事の都合で連れて来られた。



 熱燗用の徳利が何本も空になっていくが、飲む勢いは止まることなく、むしろ会話と共に勢いを増していた。

「トコでその胸!何でそないなにおっきいのよ!」

 酒の勢いでつららがモルテの胸に食って掛かる。

 その勢いにモルテはめんどくさそうな様子だ。

「何故と言われてもこうなったのだから仕方ないだろう」

「確かにおっきいな。それよりも、どうやって隠しとったん?」

「潰していたに決まっているだろう」

「辛くないん?」

「慣れれば問題ない。それに、芳藍の服で胸が大きければ綺麗に見えないだろう。やっていることは珍しくもないだろう?」

 そう言ってモルテは熱燗を飲むが、温泉からある程度出ている胸が大きさを強調している。

 その様子につららが撃沈する。

「うぅ……胸おっきいのがどれだけ羨ましいか分かってへん……!」

「そう言うけど、さいぜんモルテはんが言うた通り着物は胸が小さい方が綺麗に見えるからつららだって綺麗に見えてるものだよ」

 胸の膨らみが死神の中で小さいつららの悔しさ溢れる様に幸がフォローを入れるが、それにスイッチが入った様につららが暴走する。

「第一ずるいのよ!お幸はんはまだしもおふみはんまで夫がいるのが!」

「そう言われてもね」

 実際にふみにも旦那はいるが、何で胸から旦那の話しに変わったと戸惑う。

「何で皆男がいるのよ!モルテは嘘言うけど胸が大きくて羨ましいし!」

「夫はいると言っただろ!既に亡くなっているが」

「嘘だ!」

 未だに生涯を共にしてくれる男がいないことをモルテに八つ当たりするつららをふみは冷静に見ていた。

(夫がいたのはほんまみたいそやけども)

 真偽の魔眼でモルテには夫がいたことが本当であると見破ったふみだが、それをつららに教えれば火に油を注ぐ様なものであるから言わないことにした。


 そう決めてからもつららの暴走は激しさを増した。

「何であたしには生涯一緒になってくれる人がおらんのよ!」

「そやし宗頼がいるんやないか」

「宗頼なんか知れへん!他の人がええんどす!」

「そう言うが殆ど失敗しているではないか。いい加減に宗頼と寄りを戻したらどうた?」

「いやよ!あんな嘘呼ばわりした男となんか!」

(つららもそうではないか)

 どうして宗頼のことをここまで嫌悪しているのか分からない幸とふみは疑問に思い、モルテは本当のことを伝えても未だに信じてもらえないつららも同じではないかと心の中で毒付く。

「お似合いと思うけどね」

「そうどすどすやろ」

「何処が!」

 幸とふみに宗頼ならいいのにと言われたつららは呼吸を整える為に熱燗を一気に飲み干すが、心休まることはなかった。

「そもそも宗頼は……」

 それから宗頼に対する愚痴をつららは並べ始めた。

 その間はずっと温泉に入ったまま熱燗を飲んでいたことで終わる頃にはつららを初め、抜けに抜け利なくなった幸とふみがのぼせることとなり、唯一先に上がっていた小春と顔色一つ変えていないモルテだけが温泉から上がっても何ともない様子でいた。

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