予期せぬ事態
『モルテ!?道具を使っての連絡は出来ないはずだろ!』
「非常事態だからだ。それよりも何故レナードがエノテカーナにいる!?」
出だしはモルテとレナードの驚きから始まった。
『俺が自分の店にいたらおかしいか?』
「サンタリアでダーンと遠方通信を含めた死神道具の調整をしているはずではないのか?」
レナードがサンタリアのエクレシア大聖堂ではなくアシュミストのエノテカーナにいたことに驚くモルテ。
何しろ、先に連絡を入れたのはレナードが持つ死神道具、今はつららの力を借りてモルテが声を送っている道具と同じ物、遠方の通信に繋げたのだが出てはくれなかったのだ。
遠方の通信は渡りの伝達文箱の様に手紙を送り時間をかけてやり取りするものではなく、同じ遠方の通信や電話に声だけを送ることで瞬時に離れている相手と対話が行えるもの。
しかし、手紙と違い瞬時に送って終りではない。話し続けるということはその間ずっと繋いでいなければならず、それを可能とする為の力の消費が激しいことですぐに力尽きてしまう。
何しろ、遠方の通信はレナードとダーンの合作で最近出来たばかりだから何度も改良を重ねており、モルテが持ち出したのは最近改良された物。まだ発展途上なのだ。
だからこそ、エクレシア大聖堂に籠っていると思っていたモルテはレナードに連絡を入れたが出る様子がなく葬儀屋フネーラに連絡を入れた。
だが、葬儀屋フネーラに連絡を入れてもファズマかディオスが出ることもなく、仕方なくエノテカーナにいるマオクラフに伝言を頼もうとしたらレナードがいたというわけだ。
互いに驚いているモルテと声だけのレナードが話をしている間、会話を少しだけ聞いた佐助が小声でつららに尋ねた。
「つらら、相手誰だ?」
「レナードはんって言うて領域の達人よ……」
そう言って、つららは遠方の通信を持つ手をそのままに机の上でうつ伏せになった。
「大丈夫か?」
「無理、交替して……」
遠方の通信に力を通してと疲労のまま佐助に渡した。
受け取った佐助はすぐに遠方の通信の異常に気づく。
「おい、何だこら!?」
力が吸い取られていく感覚に驚愕した。
遠方の通信に力を通す相手が変わるのを見てモルテはレナードと話を続ける。
「しかし、レナードがアシュミストにいるのは好都合だ。頼みがある」
『奇遇だな。俺の方もモルテに頼みがある』
「頼み?」
どうやら、お互いに連絡が取り合えると予期していなかったばかりか頼み事があったようだ。
『ああ。危険な目に合わせることは分かっていることだが、ディオスが必要だ』
「待て、ディオスが必要とはどういうことだ!」
レナードの頼みにモルテが険しい表情を浮かべた。
教皇選挙時に死神ではどうしようも出来ない事態にディオスの力を借り、その途中で重症を負っている。
また自分がいない場所でディオスが死神の都合に巻き込まれようとしていることに怒りが沸き上がる。
『アシュミストでも緊急を要する事態になっているから俺も戻って来たんだ』
「アシュミストで何があった?」
『順を追って説明する』
モルテの反応が予想通りだったのかレナードは慌てず説明する。
『まず、ミクとディオスの妹が悪魔に襲われた』
瞬間、モルテだけでなく話しに耳を傾けていた桜花の死神に驚愕の表情が浮かんだ。
「レナード、私も今すぐにそっちに戻っていいか?」
「あかんあかんあかん!モルテ戻ったらあかん!」
本気で戻ろうかと考え始めたモルテをつららが慌てて呼び止めた。
『そっちの予定があるのに放り出すな』
モルテの言葉に遠方の通信からレナードの呆れた声が響く。
『ミクは呪を受けて昏睡しているが何とかなる。だが、ディオスの妹が連れ去られた』
「連れ去られた?何故?」
悪魔なら力を持たないディオスの妹、ユリシアを連れ去ることなく殺すはずと怪訝に思う。
『悪魔がディオスの実父だ。しかもディオスを狙っているみたいで俺達が動けないように人質として連れ去ったんだ。』
「実父……しかし、それなら突き止めて刈ればいいはずだ」
『そうしたい所だが俺達を避けているらしく刈ることも出来なければ今も足取りを掴めないでいる。マオクラフとアドルフがやり合ったんだが逃げられた』
どうやら悪魔は死神とは直接やりあいたくないばかりか自分の生存を優先しているようだと考える。
「ディオスはこのことをどう受け止めている?」
『狙われていることは分かっているがこのままでは悪魔の思う壺だ。モルテも勘づいているはずだが、ディオスは自分の命を軽視し過ぎている。このままじゃ俺達の制止を振り切り自己犠牲に突き進む。それに、そのことを否定されたからなのか、やりきれなくなって店を飛び出した』
身内が連れ去られたことに相当追い詰められているようだと理解するが、だからこそモルテの表情が更に険しくなる。
「それなら何故ディオスが必要と言う。ディオスは私達と関わり合いを持ちたくないはずだ。自己犠牲をするようだと分かっているのなら何故言う!」
ディオスが必要とする理由が理解できないと怒鳴る。
『1つはディオスでなければ悪魔は現れない。店を飛び出してから領域で追っていたんだが、少し前に悪魔が現れて接触している』
「何故それを言わない!」
『マオクラフ達が対処しているからだ。ディオスはまだ生きている』
そこではないと思うモルテだが、ディオスが必要とする理由がこれで分かってしまった。
「囮にするのか……」
死神がいないところで悪魔がディオスに接触してきたということは確実にディオスを狙っていることが分かる。
そして、刈り取る為にはどうしてもディオスを使って引き寄せなければならない。だが、ディオスには天族からの加護があっても力がない。
悪魔の話を聞いた限り、このまままではディオスの身は危険なままである。
『ディオスが引き受けるならだ。だが、そのままで頼むつもりはない』
「どういうことだ?」
囮にすると言っておきながら頼まないという矛盾した答えにモルテの眉が寄る。
『あのな、俺だって力がないディオスに囮になってくれとは言わないぞ。それに、ディオスは1度呪を受けているが加護によって免れているがそれだけだ。このままでは死んでくれと言っているものだ。そんなもの俺でなくても嫌悪する』
「だが、必要だと……」
『だからこそもう1つの理由だ。ディオスがモルテの弟子になれば頼める』
そう言ったレナードの言葉の意味にモルテは悟った。レナードが何を頼みたいのか。
『ディオスに霊剣を作ってはくれないか?』
死神の弟子なら頼めるという考えだ。




