従業員へ
それから二日後。
この日、葬儀屋フネーラではディオスがカリーナの葬式に出かける準備を行っていた。
「すみません店長。来て早々休んでしまうなんて」
「気にするなと言っているだろう。それに親しくしていたのであるなら出た方がいい」
これで何度目になるのかとモルテは溜め息をついた。
「ですが……」
何度言っても引かないディオスに会話を横から聞いていたファズマがとうとう口を出した。
「あまり店長を困らせるな。」
「え……!?」
「行っていいと言ってるんだ。素直に葬式に行ってこい」
「でも……」
ディオスが何を気にしているのか分からないがとにかくこれ以上はどちらにもよくないとファズマはディオスをさっさと出した方がいいと準備を手伝うために手を引いてモルテの側から離れた。
「まったく……」
ディオスの戸惑う声を僅かに聞きながらモルテは溜め息をついた。
一体何を気にしているのか分からない。葬式にいきたそうにしていたからガイウスから日程を聞いて教えたら喜んで、そして休みにすると言ったら表情を曇らせて突然行かないと言い出す。感情がコロコロと変わりすぎている。
「あれが人間本来の感情なのだろうか」
誰もいないリビングでポツリと呟くと店内へと向かった。
店内ではミクがほうきを持って掃除をしていた。
モルテが店内に入ってきたのに気づいてミクは尋ねた。
「師匠ー、何かあったの?」
「何故そう思う?」
「ディオお兄ーさんの声が少しだけ聞こえてたから」
ミクの言葉にモルテは二つの意味を持って溜め息をついた。
一つはミクに心配をさせてしまったこと。子供特有の無邪気な質問であるのだろうが保護者として心配をかけさせてしまった。
二つ目はディオスの声が店内まで響いていたこと。それほど大きくはなかったはずだし、ミクも僅かしか聞こえていないようだが予想していたよりも店の劣化が早くなっている。近いうちに物件を決めて店を開いた方がいいだろうと考える。
そうしていると、店のドアベルが鳴った。
「おはようございまーす!配達でーす!」
店内に入って来た馬の被り物を被ったマオクラフの声に二人は一斉に見た。
「何だ今日は?馬か?」
「そうそう!配達だから馬です」
そう言うとマオクラフは鞄から細長い箱を取り出した。
「はい、クロッサセス時計商からのお届け物です」
「ほう」
マオクラフが出した配達物は三日前にモルテが手紙を出して頼んだ品であった。
「随分と早いな」
「そこは職人の仕事じゃないかな」
マオクラフから配達物を受け取ったモルテはミクに預けようとしたが、考えを改めて店のカウンターに置くと包みを開け始めた。
「えっ、ちょ、モルテ!?」
予想していなかった行動にマオクラフが驚いて声をかけた。
だが、モルテはそれをスルー。ミクはモルテの側に行くと配達物の中に何が入っているのか気になり覗き込んだ。
そんなことをしていると、店の奥へと続く扉からファズマが葬式へ行く準備を終わらせディオスの手を引いて出てきた。
「準備終わらせました店長」
「随分と早いな」
自分が行くわけではないため終わらせたと言ったファズマの言葉を聞きながらモルテは包みを全て開けた。
「え?あれ?」
その一方で葬式へ行く格好となっているディオスは馬の被り物を被ったマオクラフを見て恐る恐る尋ねた。
「もしかして、郵便配達の人ですか」
「もしも何もそうだが」
「ええぇ!?だって、被り物が……」
「郵便の時が鳩、配達が馬と決めているのだよ」
(決めているって……)
マオクラフの言葉に一体どんなこだわりなのかと問いたくなる。
「ところで店長、何をしているんですか?」
「なに、今届いたものをディオスに渡そうと思ってな」
「え?」
モルテの発言にディオスは驚いて声を漏らした。
「それと、少し早いがファズマにも渡しておく」
「は?」
自分にも振られたことにファズマはディオスと目を合わせた。
そんな二人をよそにモルテは包みにくるまれていた箱を開けた。
箱の中身は二つの懐中時計。表面の模様が一つづつ違う。
「店長、これは?」
箱の中身のものに戸惑いファズマはモルテに尋ねた。
「一つはファズマに。そして、もう一つはディオスにだ」
予想外の品に予想外の言葉にディオスとファズマは目を丸くした。
時計と言えばかなり高価なものである。それを二つ。どういった意図で購入したのか。
「ファズマ。お前はそろそろ18になる。成人祝いだ」
成人祝いと聞いて驚くファズマ。
確かに18歳となれば世間から大人として認められる年齢である。
「18って、本当ですか?」
「いや、本当もなにももう少しで……ってそんなことよりも店長!待ってください!」
ディオスの驚いたような質問にファズマは答えそうになったが意識をモルテに戻した。
「俺は時計を持っているんですよ!店長が昔くれた!」
「確かにあれは私が昔使っていた時計だが、そろそろファズマにも自分の時計を持たせた方がいいと思ったのだよ」
そう言うとモルテはファズマに時計を差し出した。
「少し早いが 18歳、そして成人のプレゼントだ」
モルテの言葉に今まで少し腑に落ちない表情を浮かべていたファズマだったが少し照れた表情を浮かべて差し出された懐中時計を受け取った。
ファズマが懐中時計を受け取ったのを見てモルテはディオスを見た。
「そして、これはディオスの時計だ」
「でも店長、俺は……」
「持っていないだろう。時計を」
「……はい」
最初は断ろうとしたディオスだが時計を持っていないことを言われ気持ちが小さくなる。
昔は確かに持っていた。父親が生存していた時はそれこそ当たり前に高級時計を常日頃と持ち歩いていた。だが、父親が死に借金を返済しなければならなくなり、その一部として時計を売ってしまった。
「これからは仕事で時計を使うことが多い。私から従業員への贈り物だ」
「ですが店長、俺は……」
モルテの意図を理解したディオスだがそれでも受け取ろうとは思えなかった。
あくまで自分はモルテに助けられ、ここで働かせてもらっている。それに、カリーナの葬式だからとあっさり休みを与えてられてしまい随分と世話になっている。これ以上は受け取るわけにはいかなかった。
一行に受け取ろうとしないディオスにモルテは溜め息をついた。
「まったく、一体何に気を使っているんだ?」
「え?」
モルテの言葉にディオスは意味が分からず目を丸くした。
「働かせてもらっているからか?休みを出したからか?だから受け取れないと?」
「そうではありません!」
モルテの言葉にディオス慌てて首を振る。
確かにモルテの言った通りだがそれは言えないし目の前で認める素振りを見せたくなかった。
「ならば何も気にする必要はないだろう」
「……はい」
モルテの力ずくの説得に折れたディオスは手を差し出した。
モルテはその手に懐中時計を置き、なかなか手を放さない。
「それともう一つ」
モルテにもう一つ用件があることに驚いたディオスは顔を上げた。
「何かあった時、私達を頼るんだ」
モルテの言葉にどうゆう意味かという表情をディオスは向けた。
「ディオスは私達に気を使いすぎる。それこそ自身の行いに巻き込まないように遠ざかり、その身一つで危険に飛び込むかのように危なすぎる」
モルテの言葉はディオスに深く突き刺さった。いつからそうなったのか自覚はなかったがどこかで悟っていた。
「何かがあってからでは遅すぎる。だから私達を頼るんだ」
「でも、それじゃ迷惑です」
「誰が迷惑と思う?」
その言葉にディオスは驚いた表情を浮かべた。
「ここにいる者は誰しもディオスが行いたいことを迷惑と思うものはいない。むしろ、遠慮をする方が迷惑だ」
遠慮が迷惑と言う言葉にディオスの中で何かが砕けた。
「だから遠慮せず、気がねなく頼るんだ。それが、葬儀屋フネーラで働く従業員であり、そうあってほしいと願う私の気持ちだ」
そう言ってモルテは懐中時計から手を離し、ディオスは懐中時計を強く握りしめた。
「……はい」
間を置き一言、力強く頷いた。
今まで人の目を見て頼ろうとしなかったディオスの感情はここに来て僅かに砕けた。そして、頼れる相手を見つけたのだった。
それは、ディオス自身が本当に葬儀屋フネーラの従業員であると思えた瞬間であった。
明日は閑話を三話、それぞれ8時、14時、20時に投稿して2章は終わりです。




