敵の正体
保彦の危機を救ったモルテであるが、すぐに周りを見渡して現状を頭に納めると蹴り飛ばしたもう1人の保彦へと向く。
「まったく、間に合ったからいいものの、この様な時に動く奴がどこにいる!」
モルテとしても理由がどうあれ勝手に動いたことに頭がきていたことでそのまま怒鳴った。
「しかも、やらなければならないことを見誤りもう1人は死に、お前は殺されかけた。無謀も馬鹿もいいところだ」
そう言って右手に持っていた木で出来た棒を回して握り締める。
対して保彦はモルテの大陸訛りの話し方に所々聞き取れていなかったが言いたいことと要点が伝わっていることで口を固く閉ざした。
助けられたからではない。自分の失敗を悔やみ、信用できないと思っていたモルテからの説教に歯噛みする。
「ひゃぁぁぁぁぁ!」
そこに霧の中を突っ込むようにしてホメロンとしっかりしがみついて高い悲鳴を上げるふみが何処からともなく上空から現れて着地した。
「う、馬が飛ぶなんて……」
着地して早々、ホメロンに股がっているふみが驚きぐったりする。
「ふみ、こいつの手当てを」
そんなふみを気にせずモルテは背を向けたまま指示を出す。
「え?……保彦、その怪我!」
ぐったりしていたことで反応が遅れたふみであるが、保彦の状態が目に入ると一瞬にして気持ちが切り替わりホメロンから降りて駆け寄る。
「ちとしくじった」
「阿呆!孝之介は?」
「孝之介は……」
「まさか……」
保彦が口ごもったことでふみは孝之介がどうなったのか直感してしまう。
「あれに殺されたんだろう?」
「……ああ。屍は、そこにある」
モルテから確認を兼ねた問い掛けに保彦は力なく頷いた。
そうして、保彦が指差した場所を見たふみも孝之介の遺体を目にして悔しそうに表情を歪ませる。
「阿呆……阿呆よあんた達は!」
ふみの口から怒りが溢れる。絶対に死んではいけない時に何故死ぬようなことを当然とやったのか、しかも保彦は死ぬ一歩手前であったし、孝之介は既に死んでいる。
これで我慢しろというのは酷である。
その言葉に保彦は頭に上がっていた血が落ちるような感覚を抱き、先程までもう1人の自分に見せていた覇気がなくなっていく。
その間、モルテはずっと相手から目を離していなかった。
「っ……よくもやってくれたな……」
「え?」
ぐらっと霧の中で動くなって影の方から保彦の声が聞こえたことで怒っていたふみが保彦を見ては影を見る。
「何で影の方から保彦はんの声が?」
保彦は何も言っていない筈なのに何故と戸惑う。
「ふみ、急いで手当てを。保彦は武器をしまえ。あと、絶対に力を使おうとするな」
「は?」
「モルテはん、それは……」
「ホメロン、2人を頼む」
相手が動き出すと見たモルテは指示を出し、保彦とふみが疑問を抱いて尋ねるのを無視して駆け出した。
距離が近づくにつれて、相手の姿はまだ保彦の姿であった。
「よくも!」
モルテに蹴り飛ばされたことに頭にきているのか鎖鎌を振りかざした。
だが、モルテは見きると体を屈めてスライディングする様にして背後に回り込む。
「なっ!?」
一瞬にして背後に回られたことに驚くもう1人の保彦だが、反撃をする前にモルテの足が足払いをしていたことでバランスを崩し倒れ込み、後頭部を鷲掴みされてそのまま体重をかけられたことで素早く地面へと押し倒した。
「がはっ!」
「ほう、そういうことか」
もう1人の保彦を押し倒したモルテは数秒ほど観察をして相手がどういった存在であるのか理解する。
「お前は……」
観察を終えた直後、もう1人の保彦は拘束されていない左手で鎌を振り、同時に跳ね起きてモルテを振り払った。
だが、気付かれていた為かモルテに傷を負わせることは出来なかった。
「……」
モルテは握ったままである木の棒を少しも動かし握りやすい場所を探す。
(やはり使いにくいな)
得手している鎌ではなく忠信から借りてきた木の棒がそろそろと思い、踏み込む。
「偽者に用はない。消えろ」
モルテの冷たい声がもう1人の保彦へと向けられたが、目の前にいる保彦は忌々しそうにモルテを睨んでいる。
「消えるのはそっちだろ!」
そうして駆け寄って攻撃を仕掛けてくるもう1人の保彦の攻撃をまたしても交わしたモルテは木の棒を使い体のあちこちへ向けて叩きつけていく。
「がっ……このぉぉぉ!」
叩かれた痛みに呻きながらも反撃をするが、その度にモルテに避けられては棒で打たれるとやられっぱなしである。
「何でだ……?何で……」
攻撃が一切当たらないばかりかこれなら避けられないと思った攻撃を仕掛けても何事もなく避けて反撃をしてくるモルテに痺れを切らしてきていた。
「それならこれはどうだ!」
そして、もう1人の保彦が攻撃を仕掛けると同時に何かをしでかすと見たモルテは木の棒を掌の中で持ち変えると今までと違う行いに出た。
「ふっ!」
木の棒を思いっきり投げ飛ばした。
木の棒は槍投げをより垂直に、速さも鋭さも増し、何もない場所に突き刺さる様にして宙に浮く。
「うわぁっっ!」
直後に聞こえたこの場にいないはずの声にもう1人の保彦の意識が逸れ、そこ目掛けてモルテが思いっきり殴り飛ばした。
「ぐあぁぁ!」
そうして、殴り飛ばされたもう1人の保彦は霧の中に混じるようにして姿を消し、代りに霧の中から少し背が高い青年が姿を現した。
「なっ、何処から!?」
突然現れた存在に今まで傍観していた保彦とふみが驚く。
青年の肩にはモルテが投げ飛ばした木の棒が突き刺さっている。
「あれが桜花の死神を殺した元凶。突然変異した悪魔だ」
そして、モルテは青年がどんな存在か言った。




