糠に釘
湯野葬儀店での話が終わった忠信は星明かりと死神の目により暗闇でも見える目で元来た道を歩み、豆庵堂の入口を開けた。
「帰ったぞ」
「お帰りあんた」
店の中に入ると客は居らず、幸が後片付けをしていた。
「随分と早う客がバラけたみたいだな」
「昼のあれがあったから食べに来た人が多かったのよ」
どうやらモルテの大食いが夜の営業でも効力を発揮したようだ。この時期では珍しいくらいの人が押し寄せ、早い段階からおでんが完売。早々に店を閉めることとなったらしい。
「こら明日は多めに仕込んだ方がええか?」
季節的にも寒暖差が感じられやすくなっていることもあるが、それとはまったく別の要因に忠信は頭を抱えながら後片付けの手伝いをする。
「それ言うたらあたしもやないか。昼間にこっちのものも売り切れたのそやし多めに仕込まないといけへんではおまへんの」
モルテの大食いに巻き込まれる形となった幸が営む豆苑でもおでん完売直後から豆腐関連があっという間に売り切れてしまっている。
忠信が普段以上に準備をするとなれば幸はそれ以上に準備をしなければならないのだ。
豆腐は季節を問わなければ寒暖も関係ない。しかも応用の幅が広いこともあり年中何らかの形で食されるものなのだから規定数を仕込んでいれば売り切れるということはまずない。
「何だかんだで影響出すぎだろ」
モルテという異国の人間の効力に嬉しくとも何とも言えない悲鳴を忠信は上げた。
後片付けを終えて椅子に座り、忠信は幸に湯野葬儀店であった話をした。
「そう。詳しいことはまだ分かれへんのね」
「ああ。モルテはんの確認待ちだ」
モルテが何かを掴んでいることは桜花の死神全員の共通認識となる。
しかし、それが何なのかというのまでは話されていない。
「何やっていうのはやっぱり予想出来ないん?」
「佐助と栄一郎に聞いたんやけど、術がちゃうから予想出来ないらしい」
「こっちと異国じゃちゃうってことね」
昼間いた時も薄々と感じでいたが、改めて聞かされると部分的違いが表面化して各々が感じる物が違っていると思える。
「ほして、あんたはモルテはんのこと信用しとるみたいそやけども、他はどうなん?」
幸は忠信がモルテと会話を交わした時点から一定の信用をしているのを見抜いていたが、戻って来てからは完全に信用していることを見抜いていた。
そして、他の死神がどの様に思っているのか尋ねる。
「佐助と栄一郎は信用することにしたらしい。おふみは保留や。まだ分かれへんみたいそやしな」
「おふみはんならそう言うかもしれへんけど、もうちょい積極的になってもええと思えるのよ」
「人見知りそやしな」
ふみは少しでも慣れてくれればこれでもかと話してくれるのだが、初めての相手では半分以下にまで口数が減ってしまう。
そして、今回は相手が異国ということとありまだ話しかけてもいなければ会話もしていない。自己紹介もつららが纏めてしまったことが大きい。
その為にふみが未だにモルテという人物を掴みきれていないのだ。
「でも、そら何とかなると思うわ。ほして保彦と孝之介はどうやった?」
そう言った幸の目付きが変わった。
幸の予想通りならこの2人の反応は予想がついているのだ。
「まだ信用出来ないみたいだ」
「やっぱりね」
予想通りと幸は頭に手を当てた。
「孝之介は神経質なトコがあるから極端な話しはっきりさせへんと気がきずつないからな。保彦は祐玄はんのこと引きずっとるのね?」
「やろうな。死の原因を掴んでいるのにそれを教えへんことが気にくわないんやろう」
2人らしい理由だが、果たしてそれがモルテが掴んでいることを明かした直後にまで引くことにならないのかと不安に思う。
「二人には勝手に動くなと釘指して言うたが、言うこと聞いてくれるか……」
「動かないことを願うしかないわな。これ以上仲間の屍なんて見たくないわよ」
忠信と幸が不安を口にする。
そんな2人の不安を無視して保彦と孝之介が動き出しているとは知らずに。
* * *
保彦と孝之介は必死に仲間であった死神を殺し回っている元凶を探し出回っていた。
「いたか?」
「いや、見つかれへん」
数時間かけて桜花を回ったがそれらしい存在を見つけられない。
孝之介も同じだったことで保彦は少し考え、意を決した。
「仕方ない。力使って誘き寄せる。孝之介は隠れて隙を見たら撃て」
「やけど、それじゃ保彦が危険やろう。それに、そらどう見たって囮だ」
「ウチが誘ったんや。これを孝之介にやらせるわけにいかないだろ」
孝之介を意見が一致したからとはいえ言い出した側として危険である囮役にするつもりがないと保彦は突き飛ばす。
「だが危険だ」
「危険なのは分かってる。だがな、いずれはやれへんといけへんこっちゃ。そもそもこらするつもりのことやったんそやしな」
やるつもりであったと言われ孝之介は固く口を閉ざした。
元々桜花の死神達はこの事件の元凶を誰かが力を放ち一網打尽にすることを考えていた。
だが、元凶がどういった力を持っているのか分からなければあまりにも危険すぎるといつまでたっても話が纏まることがなく時間が過ぎていった。
そうした中で一つ間を置く形としてつららが知り合いである異国の死神を呼び寄せることであった。
別の角度ならと色々と言われことで忠信が賭けとして採用したことで一網打尽作戦は先伸ばしとなったのだ。
やるつもりであったと作戦を地に出された孝之介は沈黙後、口を開いた。
「分かった。もし死んだら骨は拾ってやる」
保彦は覚悟を決めているのだ。なら自分もそれに報わなければと覚悟を決めた孝之介はすぐさま身を隠す。
それを見届けてからしばらく、保彦は気持ちを落ち着かせると死神の力を僅だが辺りに放出する。
それから徐々に広げていき、不思議なことに霧が辺りを漂い出した。
「何だ?」
真夜中に霧が出るのはおかしいと保彦は力の放出を止めて警戒を張る。
その間にも霧は濃くなり、ついには目前が見えないほどとなる。
そして、それは現れた。
今年の投稿は本日までです。
次回投稿は1月5日からとなります。
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