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死神の葬儀屋  作者: 水尺 燐
13章 桜花死神連続変死事件
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検死開始

 遺体を囲むようにして部屋の隅に吊るされた布の中でモルテは着々と検死の準備を行っていた。

「なあ、この布って何だ?」

「外からの異物を防いだり目隠しする物だ。向こうではテント、こっちでは天幕と言えば分かるか?」

「は?天幕?」

 やはりモルテの言葉が聞き取りにくいと栄一郎は首を傾げるも辛うじて聞き取れる部分だけで問う。

「天幕って、何で天幕をこの部屋の中に広げるんだ?蚊帳じゃあるまい」

 普通は外に設置するものではと呟く。

「言っただろう、目隠しと。これからすることに対して直接目にすれば衝撃がある故の配慮だ」

 答ながらもモルテは鞄から道具を取り出すと、簡易式のテーブルを組み立ててしまった。

「それも何だ?」

「テーブル。こちらでは机だな。板の部分は大きく重く持ち運びに不便であるから布で代用している。本当は固い方がいいのだがな」

 二本の脚よりも長い棒には人一人が寝られる程度の広さと長さを持った布が張られている。

「何でこんなもの?」

「調べる為と言っただろう。床に置かれたままでは調べにくいからな」

 分からないながらも懸命に聞き取っては言う栄一郎の努力を無視してモルテは次の準備へと移ってしまう。


 モルテが言ったことは本当のことである。

 芳藍では遺体の管理は床、もしくは地面に直接置いている。アシュミストの様な机の上に置く大陸式ではない。加えて、床に敷物がされていたとしても衛生面において問題が出てしまう。

 故にモルテはこの後することも考慮して本来なら特に必要としない組立式テーブルをわざわざ準備して持って来たのだ。


 そんな我が道を行くようなモルテから完全に省かれていることに栄一郎は頭を抱えたくなる。

(つららを止めておけばよかった……)

 つららは店に小春だけ残すのが心配と言って夕食を食べ終えてすぐに帰って行ってしまった。

 通訳がいないと困ると栄一郎は懇願したのだが、つららの事情にも理解している為に帰してしまった。

 それが今になって困ることになろうとは栄一郎は思っていなかった。

 なんせ、一人で勝手に進めているモルテが何を考えているのか分からなければ、言葉が分からない所も少なくない。何をしようとしているのも分からないこともあり胸の内が落ち着かない。


 そんな栄一郎の不満を横においてモルテは最終準備に入った。

 服を汚さない為の大きめの服を被り、袖を絞め、手袋を履く。

「何だそのなり?」

「必要だからしている」

 もっと詳しく言えと心の中で突っ込む栄一郎だが、不思議とモルテの格好が長年しているかの様に染み付いていると感じてしまう。

「では、始める」

 開始宣言をしてモルテは地面に膝を着くと遺体の一つにかけられていた布を取った。

 遺体はまだ暑さが引いてない時期であることと部屋の中に湿気が溜まっていることで湿度が高く、傷口から腐敗が進んでいた。

 腐敗が進んでしまうと検死は時間がかかるだけでなく死因も分からなくなってしまう。

 モルテが間に合って良かったと言ったのは火葬だけでなくこの関係が大きい。

(外傷はあるが少ないな)

 見える限りの範囲の外相を一瞬で見たモルテは腰に巻かれている帯をほどいた。

 芳藍の服の特徴は帯を巻いて止めていることだ。それも、複雑なものほど多いが、簡単な物なら帯は一枚だけ。

 遺体に締めてある帯も一枚だけということもあり簡単に取り外したモルテは羽織を開き全体を見る。

(彼らも傷が死因でないとするなら……)

 モルテはつららの店で遺体を検死していたことで目処は付いていた。

 しかし、残りの2人も同じとは限らないことで直に1人見て同じと考えを改める。

「……と、するならば」

 そういいながらモルテは手袋をした手で遺体に触れて軽く押した。

「おい、何やって……」

「うるさい。集中している」

 死神による観察眼からかモルテが何をしているのか気がついた栄一郎が止めようとするが、モルテは一掃して続ける。

 胸全体を一通り押すと腹部へと手を滑らせ、同じように全体を押す。

 モルテの目はずっと遺体を押す手から視線を反らさず真剣である。

 そうして、再び胸へと手を滑らせるとまた押す。

 しばらくして、モルテから力が抜けたのを栄一郎はずっと見ていたことで悟ると、直後にまた体が動き出したのを見て唾を飲み込む。

(慣れとるな)

 やっていることは理解できなくとも動作が滑らかであることからモルテが大陸における何らかの道に精通していることが分かる。


 そんなモルテは栄一郎が注目していることに気づくことなく腕や足を上げたり、更には重い上半身を起こしてと傷の位置や深さと数を確認する。

 正直、これらを一人でやることはかなり大変なのだがモルテは手を休めず、それでも時間がかかってしまう。

「えらいではおまへんのか?」

「大変に決まっている」

 見ていて大変そうと思った栄一郎が思わず声をかけると、作業の手を止めずにモルテが返した。

「何や必要なものあるか?」

「それなら大量の水をもらえるか?」

「……水?」

「そうだ。桶でもいい。大量の水が必要だ」

「そないなものでええのか?」

「ああ」

 水を何に使うのか分からない栄一郎は言われるがまま居間に戻るといつきに伝えて大量の桶に水を入れて持って行く。

 その間にモルテは2人目を同じ様に見ていた。

 そうして、栄一郎が準備した桶が部屋に置かれてからしばらく、2人の死体の外観を確認し終えたモルテが手を止めた。

「茶いるか?」

「もらおう」

 栄一郎が気を利かせて準備してくれたお茶にモルテは受け取るとすぐに口へと流し込んだ。

「ほして、分かったのか?」

 栄一郎は期待を込めて尋ねた。

 ここまで時間をかけたのなら分かるはずと。

「結論を言うならば、つららの元にあった遺体と死因はほぼ同じだろう。ただ、それだけだ」

「ただ?ただって何だただって?」

 モルテの含みがある言葉に何があるのかと問い詰める。

「4人とも誤差があるのだ。それにより決定的なものを見つけなければならない」

 そう言ってモルテは栄一郎にお茶が入っていた湯飲みを返した。

「ここから少し手の込んだ作業に入る。朝までには終わらせるから出ていってくれ」

「何をする気だ?」

「誤差の確認だ」

「ウチがいたらいけへんか?」

「ここからは私にしか出来ん。気持ちは感謝する」

 そう言ってモルテは振り返ると栄一郎に出るようにと目で訴えた。

 それを受けて栄一郎は渋々と部屋から出て行った。


「さて、これで心置きなくやれる」

 見る者がいなくなったとばかりにモルテは先程とは比べ物にならないほどの動きで遺体をテーブルに上げ、鞄から道具を取り出して置いた。

(これはつらら以外には厳しいみたいだからな。それに、法や資格がなく出来る機会などそうそうない)

 口には言わずともモルテの目は不敵にも笑っていた。それも満面と言いたくなるほどの。

「さて、本格的に始めるとするか」

 気持ちの切り替えと言い聞かせ真剣な目付きで遺体を見下ろし、先程取り出した道具の一つを手に取った。

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