昼食後の一時
豆庵堂のおでんがモルテにより完食されてからしばらく、野次馬達は徐々に散らばって行った。
モルテの大食いの間、野次馬達は知らない場所で入れ替わりが激しく行われていた。
なにせ、時刻は昼時。しかも昼食の時間だ。外に出たついでだから何か腹に入れるだけならまだ軽い理由だ。そこに仕事の休憩だからと訪れた先で異国の人間が大食いであったらどうなるか。
その大半が物珍しさに食い付き、手を止めてでも見入ってしまったことにより時間が経っていることを感じなくなってしまった。
それにより、仕事が始まっても戻ってこない者達を仕事の上司や後輩、更には家族が探しに回ることとなり、見つけたとしてもやはり異国の人間がという理由で見入ってしまうこととなり、見つけてすぐに連れ戻したのは極小数である。
その為に店の外と中では歓声以外にも色々と混じっていたのだが気づいていた者は殆どいない。
そして、モルテがおでんを完食したことで野次馬は解散。その道中にお説教の声が聞こえたのは聞き間違いではない。
商売であるおでんが無くなったことで豆庵堂は夜の仕込みをしなければならなくなった為に昼としては早い店じまいをした。
これにつられて店じまいをしたのがもう一件。隣の豆苑である。
モルテの大食いと平行して豆腐と関連ある商品が物凄い勢いで売れていったのである。
これは外から見ていた野次馬達が、がんもといった豆腐系の物を食べていくモルテの様子に豆腐が突然食べたくなったからだ。
今の暑さ残る秋なら冷奴もいければ煮込みも出来る、味噌汁の具として食べたい等々傍観していた時に各々が呟いていた。
それにより、完食直後に多くはない野次馬が豆苑へと雪崩れ込み自分と家族だけが消費しきれる量の豆腐等を買っていった。
その前から野次馬の話を偶然耳にした通りががりが釣られて買っていたこともあり数が少なくなっていた豆腐等が野次馬によりあっという間に完売。
豆苑は明日の商売をするための大豆を残す理由でこの日は店を閉じた。
ところで、モルテとつららが豆庵堂へ訪れたのは昼食を食べる為だけではない。
「親父が泣いたの初めて見たな」
そう言ったのは木村佐助。
佐助は忠信が泣き出したことに驚いて駆け寄った人物であり、つららと同じ死神である。
「わしもあれには驚いた。異人はよく食べるんだな」
佐助の言葉に同意するのは井筒保彦。こちらも死神であり、モルテとつららが訪れる前から豆庵堂でおでんを食べていたのだが、モルテの大食いに野次馬と化していた。
その大食いと認識されているモルテはというと、全く気にせずお茶を飲んでいた。
「モルテは朝食抜かすと際限なく食べるからな。そやし多目に仕込んでって言うたんそやけども……」
「そうか」
つららは知っていた為に伝えたのだけれどもちゃんと伝わっていなたことと予想以上の食欲を披露したモルテの様子を苦笑いして言う。
「そないならそうと言うてくれ……お陰で今から夜の仕込みだ」
そういいながらも忠信は夜の営業の為に一から仕込みを始めている。
具材に関しては子供にお使いとして出させたからしばらくしたら戻って来る。その間はあるものの準備だが、目にはまだ涙が溜まっている様に見える。
「仕込みは合間にやってるもんな」
「ああ。何で纏めて三回も仕込みをせなならへんんだ!」
「文句言うてへんで手を動かす」
朝とモルテの食欲、そして夜と冬かと言いたくなる忙しさに悲鳴を上げる忠信だが、奥から大量のがんもといった具材を籠に入れてきた幸に一喝されてさらに仕込みの速度を上げる。
その籠の中身を見たモルテがつららに尋ねた。
「つらら、あの中に入っていたのは先ほどのおでんの具材か?」
「がんも?そうそやけども、どうしたん?」
「何、旨かったからな」
「そうでしょ!お幸はんが作るがんもは美味しいのよ」
モルテにも幸が作るがんもが美味しいと理解してくれたことをつららは嬉しく思う。
「おい、そらわしのおでんが次ってことか!」
「そういってへんわよおやっはん!お幸はん、モルテががんも美味しかったって」
「あら、おおきにね」
忠信から何か誤解されながらもつららは幸に伝えた。
「そういえば残りは?」
「もうちびっとしたら来るんやないか?」
「そう。それじゃ集まったら知らせて。あんた、それまであたし達は仕込みそやし急ぐよ」
「はいはい」
忠信と幸も死神である為に他の死神が来るまで大急ぎで仕込みを進める。
その様子を見ながらモルテは茶飲みに新たなお茶を淹れてから飲んでいた。
「忙しいみたいだな」
「モルテが来たから今日は特にね」
こうなった元凶が何も思わず言うのであった。
明日も22時更新です。




