深夜の鐘の音
13章開始です。
桜花の人達の言葉は京言葉を参考にしています。
ゴーンと鐘の音が鳴った。
その音につららは肩をビクリと上げて、溜め息を吐いた。
外で鳴った鐘の音は今日鳴る最後の音。これから夜が更に深くなっていくこと。朝になると再び鳴るが、それでも最後ということにつららは落胆する。
「まだ来ないん?」
「まだ来ないよ」
今か今かと待ち構えるつららの様子が見ていられず小春が声をかける。
「なんぼなんでもすぐには無理なんでしょ?気長に待つしかないよ」
「小春が言わなくても分かってるわ。それに、あれそやし早う来てほしいのよ」
早く来て欲しいと訴えるつららに小春が抑える。
「分かってるからウチにおらんで。愚痴られてもなんもでけへん」
「愚痴を聞いてもらうことは出来るでしょ?」
「つら姉酷い!」
と、気を許した様にして話す2人はまるで姉妹の様に見えるが血は繋がっていない。
しかし、現状において気の緩みは長くは続かない。
「小春はもう寝て。明日も早いから」
「寝ないよ。つら姉一人起こしたまんまに出来ないから」
「寝ないと体が持たないよ」
「そらつら姉もでしょ?つら姉の方がウチよりも辛いんそやし」
つららが抱えている現状を知っている故に小春は更に心配になって言う。
「つら姉だけじゃなく他の皆もそうなんそやし」
「でも、今日も何や起こるはずなのよ。寝とったから間に合わなかったじゃあかん」
「そら分かってるけどここのトコ寝ないのはよくない。そやし寝て!」
寝て欲しいと訴える小春だが、今日はそうはいかないとつららが首を横に振る。
「気持ちは分かるけど今日は無理って小春も分かってるでしょ?」
「そないならウチが迎え入れるから大丈夫。」
「そうではおまへんの。それもあるけど何で寝とるんだって言われたくないの。それに、これから危険なことに巻きませようとしとるのに小春に任せて寝てしまうほどウチは恩知らずではおまへんの」
「つら姉……」
そう言われてしまえば小春はこれ以上押し通すことが出来ないと諦める。
それから小春も起きていると譲らなかったことで二人で夜を過ごすと決まってから時間が経った。
「まだ来ないね」
「来ないね」
気持ちは緊張で張っているのに待ち人が来ないことにつららと小春が待つ間が暇だからと仕事の帳簿を纏めながら呟く。
「そう言えば、聞いてなかったんそやけども聞いてええ?」
「何?」
小春が帳簿を走らせる筆を止めてつららに尋ねる。
「どうやってここに来るん?扉使えへんどすやろ?」
ある事情により異渡り扉を使うと危険である為にそれ以外、もしくは少し離れた場所にある異渡り扉を使わなければ内陸にいる待ち人は東の最果てに浮かぶ島国、芳藍の都である桜花へは来られない。
「それも教えたんそやけども問題ないって、こっちの方法で来るから心配しなくてもええって言うたのよ」
「どんな方法なのかな?」
「分かれへんね」
つららも同じ心配をして教えたけれども方法は教えてくれなかったと言う。
「でも、すぐに来ると思うのよ」
「そないならええけど……」
不思議と何とかなると信頼するつららに小春が少し不安そうにする。
そんな時だった。
ガンガンガンと扉を誰かが戸を叩く音が聞こえてきた。
その音に2人は驚いて肩を上げた。
「小春は隠れてて」
小春を部屋の奥に隠したつららは警戒をしながら戸へと向かう。
木の戸である為に外に誰がいるのか分からないつららは僅かな隙間を作ってから覗き込んだ。
扉の隙間から見えたのは黒い服。それも芳藍の人間が着るような着物ではない、大陸の内陸にある形だ。
「そこまで警戒しなければ夜に訪れた来客の相手が出来んのか。それも、呼び寄せた相手に」
嫌気を含む知った声につららは思いきり戸を開けた。
「モルテ!」
戸を開けると芳藍では見ない赤い髪をしたモルテがいた。
その事につららは嬉しくなるが、それを差し置いてモルテが先に言う。
「すまないがホメロンを隠したい。どこか場所はあるか?」
「そないなら裏を使って。他にも馬はいるけどそこの馬が入っても大丈夫な広さがあるから」
つららの言葉は桜花訛りのであるが、モルテはまったく気にしていない。
「分かった。案内を頼む」
「ええ」
そう言ってつららはホメロンと言う名の白馬を率いたモルテを店兼家で裏にある馬小屋へと案内する。
それからすぐにホメロンを馬小屋へ入れたモルテとつららは店の奥にいた。
「お茶どす」
「ああ」
モルテが来てから隠れる必要がなくなった小春がお茶が入った湯飲みをちゃぶ台に自分とつららの分も置くと座る。
「よく来てくれたわモルテ」
「ああ。準備に手間取ったがつららが生きていると言うことは、今日はまだ何もないらしいな」
「ええ」
エクレシア大聖堂にいる時につららから連絡を受けたモルテはあの場で出来る限りの準備を行ってから訪れた。それでも時間は大幅に過ぎてしまい、予定ならもう少し早く訪れることが出来たはずなのだが、理由が別にあるのだから仕方がない。
「それにしても、どうやって来たん?」
モルテに連絡をしたつららは移動手段に異渡り扉を使わないように、正確には桜花に来ないようにと伝えた。
桜花周辺なら何とかなったし、モルテの格好では目立つから深夜の人影がなく寝静まった頃が動きやすいから今の時間とも思ったが、それにしては白馬が気になってしまい尋ねる。
「ホメロンに乗ってだ。ホメロンは空間を越えることが出来るからな。その気になれば異界へも入口を無視して行ける」
「よういわん馬なのね……」
モルテが使った移動手段とホメロンの力につららが絶句する。
モルテは茶飲みに入っているお茶をすすった。
コーヒーとは違う苦味を感じで一息入れると真剣な表情を浮かべた。
「さて、話は軽くていい。時間が惜しいからな」
「惜しい?」
モルテの言葉につららは首を傾げた。
つららとしてはこの時間を利用してあらましを話すつもりだったのだがモルテにはそのつもりがないらしい。
「ああ。どうせ明日にここの死神と顔を合わすことになるんだ。その時に聞けばいい。故に、先に済ませて起きたいことがある」
モルテとしては今現在分かる桜花の事情と事細かな事情を聞く前にどうしても確かめたいことがあった。
「遺体を見せろ」
小春の「お茶どす(お茶です)」を京言葉に直したら「おぶどす」で何か誤解を招きそうだったので「お茶どす」にしました。




