感性の鈍さ
アドルフは既に構えていた銃の引き金を引き悪魔に向けて力を放った。
「くっ」
悪魔は後退しながら避けた。ただし、その真横にガイウスが一瞬で移動していたことに気づかづに。
「チェ~ストォォォ!」
「ぐはっ!」
思いっきり振り上げられたゴルフクラブは悪魔の腹に見事に入るとそのまま宙へと飛んだ。
「ディオス!」
「無事かい?」
そこに途中からマオクラフに拾われたファズマとフランコが駆けつける。
だが、ディオスはそれどころではなかった。
「何で、こんなことに……」
「おい!」
完全に顔面蒼白のディオスに初めて見たファズマが思いっきり肩をゆらした。
「うぐっ……」
直後、急にディオスは手を口に当てて何かを堪えようとしたが、耐えきれなくなり体を屈めて呻き声を上げた。
その間、マオクラフはというと悪魔が通りすぎた屋根の上から見上げたまま構えていた。
「逃げられた分は倍返しだ!」
悪魔の足を展開した領域で空中に固めると一気に迫り、月鎌を振り上げた。
しかし、悪魔は下へと目を向けるとそこにあるレンガや土などを無理矢理剥がして上空へと飛ばしてきた。それらを壁にしてマオクラフの攻撃を防ぐために。
「通じるか!」
だが、もう三度目になる行為をマオクラフは領域を展開して飛んでくるレンガ等を防いだ。
これによりマオクラフは何にも邪魔されることなく悪魔へと月鎌を振り下ろした。
「……は!?」
……はずであった。
「嘘だろおい……」
「あっれはぁ……ねぇ~よなぁ?」
真下から見ていたアドルフとガイウスも信じられないといった様子で見た。
悪魔が自分の腕を犠牲にして月鎌を受け止めたのだ。
受け止めた腕はアドルフによって右手が吹き飛ばした為に手はない。しかし、そこから更に腕を犠牲にするものかと目を見張る。
驚く死神達を気にせず悪魔は腕に深く埋まった月鎌を強引に引き抜くと空中で後退した。
「逃がすか!」
慌てて気づいたアドルフが追撃と引き金を引いて力を放つが、マオクラフによって防がれていたレンガ等を上手く使って威力を半減させると体を反転させて避けた。
「くっ……」
「下級にこっこまでぇ手子摺るとぉはなぁ~」
防がれただけでなく悪魔が何処にいるのか分からなくなったことでアドルフとガイウスは手出しが出来なくなった。
領域を使って悪魔がいる場所まで移動することは出来るがそうするとディオス、ファズマ、フランコに危険が迫る。
なにより、悪魔の立ち回りが下級でないのだ。尚更離れるわけにはいかない。
一人で悪魔と対峙することとなったマオクラフは月鎌を構え直すが、その隙に悪魔は遠くへと離れていた。
「待て!」
追いかけようとしたマオクラフであったがそれよりも早く悪魔は下へと急降下。
慌てて急降下した場所まで赴いたが、周辺も含めて悪魔の姿は何処にもなかった。
「くそ!」
悪魔を二度も見失うという失態にマオクラフは悔しさのあまり吐き捨てた。
◆
アドルフは改めてディオスの周りにあるものを確認した。
「俺達が慌てる必要はなかったな」
「そぉ~だなぁ~」
ディオスの周りにはレナードが展開していた領域があった。恐らく居場所と何があっても守れるようにとしたもと予想する。
それでアドルフ達が慌てて駆け付けたことが無駄であるというわけでもない。
悪魔に逃げられたとはいえ、目的がこれでハッキリと証明され、ディオスを保護することも出来た。
そのディオスはというと、呼吸が安定しようやく落ち着いてきた。
「大丈夫?」
「……はい」
フランコに尋ねられたディオスであるが、未だに心臓の鼓動は早く、手を硬く握った。
(どうして今になって?)
悪魔から聞かされた言葉がそれまでディオスが悩み苦しんでいた感性を刺激した。
それは今まで望んでいたもののはずなのに恐怖が支配してしまう。
「とにかく何があったんだ?」
フランコは悪魔に何か言われたことで動揺してしまったのではと考えて再び尋ねた。
ディオスは深く深呼吸をすると、顔を上げた。
「とと様が父さんを殺したって……それと、母さんも殺すって……」
ディオスの力のない言葉にアドルフ達は顔を合わせ、マオクラフが領域でレナードに繋げるが首を横に振った。
「それならレオナルドに」
アドルフが言うとマオクラフはレオナルドに繋げ状況の説明を始めた。
「一先ず店に戻るぞ」
マオクラフが見失ったとなれば悪魔が何処に潜んでいるのか分からないこととディオスを守り通せるかふあんであるとアドルフはエノテカーナに戻ることを決めた。
「そぉ~だなぁ」
「はい」
「ディオス、立てるか?」
未だに座り込んだままのディオスに尋ねたファズマ。しかし、ディオスは首を横に振った。
「……ごめん、もう少しだけこうさせてほしいんだ」
その言葉にファズマは驚いた。
普段なら弱音をはかなかければ他の見事もそれほど言わないディオスが言ったのだ、
「本当にどうしたって言うんだ?」
エノテカーナでは殴って喧嘩にまで発展したが、こんな目に見えて弱々しくなってしまえば気にしないわけにはいかない。
「……急に、恐くなったんだ……」
「恐い?悪魔にか?今更過ぎないか?」
「本当に、今更だよ……」
呆れるファズマだがディオスが自分を罵倒していることは何となく分かる。
そして、
「だって、人が死んだっていうのに、父さんが死んだ時に何も思わなかったはずなのに、急にそれが恐いって思ってきたんだから……」
死の感性が鈍いことをディオスは初めて口にした。




