怠惰の能力
「悪魔になったって、どうして!?」
レナードの言葉にディオスは食いついた。
薄れつつある記憶から懸命に思い出しても実父が悪魔になる様な理由は思い浮かばないからだ。
「二つ考えられる。一つは旅客船が沈没する際に死ぬことに抗い悪魔になった。もうひとつは悪魔によって悪魔にされたかだ」
「そういえばディオス、悪魔がどの領分か言ってませんでしたか?」
「領分……」
領分が確か悪魔を分類しているものと思い出したディオスはレオナルドの質問に答えようとようと記憶を探る。
「……確か、怠惰?」
教皇選挙時に悪魔のことを聞かされていたディオスはすぐに実父の領分を分かった上で思い出したが、内心では領分と性格は合っていないと思っている。
ディオスの記憶において実父は真面目な人であった。だから、だらける意味する「怠惰」とは全く合わない。
しかし、言葉が漏れた途端、死神だけでなく弟子達の表情が強張った。
「……何てことだ」
「よりにもよって怠惰か……」
アドルフとリーヴィオから絶望にも似た呟きが漏れた。
深刻という一言で片付けられそうな雰囲気に唯一理解していないディオスは戸惑った。
「あの、一体……」
「ディオスは怠惰の能力を知らなかったな」
「能力ですか?」
「怠惰の能力は寄生と呼ばれる物体や人に取りついて思い通りに操る力だ。だが、寄生の本当の脅威は操ることではない。悪魔を増やすことに長けすぎていることだ。寄生なんて甘過ぎる。あれは侵食だ」
怠惰の悪魔の能力について教えるアドルフだが言い終わると吐き捨てた。
もちろん、聞かされたディオスも怠惰の能力がとんでもないものと瞬時に悟って顔を青ざめる。
一見すれば弱い、けれどもその弱さを補うように動けば強い。そうでなくても数を増やせるという能力が強みである。
そんなバランスが取れていることに気づくと、あることを思い出した。
「それで、操られた人は最後にはどうなるんですか?」
ディオスの質問に場の空気が重くなる。
そのことにディオスはやっぱりと思ってしまう。
「……死んでしまうんですね」
ランバンで会った少女が猫の悪魔に操られた末に亡くなって捨てられてしまった。
今までの話を聞くと猫の悪魔は怠惰に分類され、少女に取りついていたり何処からともなく現れたのは周りにあった物に侵食して身を隠していたからと考えた。
「はい。多くの怠惰は人に取り付いたり操った後で魂を喰らい、遺体を捨てます。生きている人を操るのは周りに気づかれないようにする為です。息をしない人が歩き回るだけで異様ですから」
歩く死者とは違い生きているのだから食事や睡眠に疲労と人としての行いが全て完璧だからだ。
当然思い通りに動けないこともあるだろう。けれども不信感はなく、代わりに取り付いた相手が意識することなく誘導尋問をしているのだから死神や天眷者に見つからない限りは気づかれない。
「だけど稀にだけど、怠惰が操った人を気にって悪魔にすることはあるな」
マオクラフが付け出しと言ったが全く救いになっていない。
そればかりか隠していたのにと説明をしたレオナルドと隣に立つレナードから睨まれてしまい、マオクラフはすぐに申し訳ない表情を浮かべた。
「……まさか」
ここまでの話でディオスは最悪の展開に行き着いてしまった。
「ユリシアは悪魔にされている可能性もある」
「リーヴィオさん!」
「事実だ。それに、例え生きていたとしても悪魔となっていたとショックを受けるよりはここで教えた方がいい」
ここで言わなくても良いことではとアリアーナが批判するが、リーヴィオなりの気づかいであったことで口を閉ざした。
「それだけじゃない。寄生によって操られていることも考えられる。助け出した直後に殺された死神の話も聞く」
「そうなってしまいますと私のような天眷者でなければ解呪は出来ません。しかし、怠惰の悪魔が直に取り付いているとなれば追い出すことは骨が折れます」
例え悪魔にされていなくても救い出す側である死神の命は危険であり、正気に戻せることが出来る天眷者でも一筋縄ではいかない。
「結構状況は最悪だな」
アドルフとクロスビーに釣られる様にしてマオクラフが頷いたが、今度は咎められる目線は誰も送らず表情を強張らせた。
ユリシアを連れ去られただけでこれほどまで可能性が出てきただけでなく死神が動けなくなってしまっている。
なにより、死神が動けない最大の理由は悪魔が何を考えてユリシアを連れ去ったかだ。それが分からなければ動くことが出来ない。
「……あの、どうにかしてユリシアを……」
「分かっているが今のままでは動くことが出来ない。怠惰を見失っただけなら何とかなるが、ディオスの妹までいるとなるとどの様にして動くか思い浮かばないんだ」
「そんな……」
死神達が手子摺る状況にディオスは顔を伏せた。
やはりあの時に両目を差し出していたらユリシアは連れ去られることはなかった。
自分がもっと早く動いていたらと思うと悔しい。
「……ディオス君」
そんなことを思っているとロレッタが険しい表情を浮かべて声をかけてきた。
「もしかして、あの時のことを思い出していたの?」
そう言ったロレッタだがディオスは何も言わない。けれどもそれだけで答えであるとロレッタは椅子から立ち上がると、頬を思いっきり叩いた。
「ロレッタ!?」
「いい加減にしなさい!ディオス君が目を渡したところで喜ぶ人なんて誰もいないのよ!」
ロレッタの突然の行動に場が騒然となる。
「ロレッタ、どうしたんだ!?」
弟子であり生徒でもあるロレッタの行動にリーヴィオは戸惑って尋ねた。
そして、怒っているロレッタの代わりにフランコが答えた。
「助ける前にディオスは悪魔に話を持ちかけていたんです。自分の目を渡す代わりに妹のユリシアちゃんには手を出さないでほしいと」
悪魔に対して何てことを言ったん、殆どがディオスへと視線を向けた。




