正座
あれほど強かったはずの夏の熱さが急に引いて秋特有の涼しさが訪れたいアシュミスト。
秋が訪れたことで実りを目前と迫った果樹の大きな実りは色を付けようとしていた。
そして、それを狙う鳥や獣に対処する為に農家は総出で対策と罠を設置して周り、来るべき収穫祭へと胸を徐々に高鳴らせていた。
そんな秋色濃くなりつつあるアシュミストに存在する葬儀屋フネーラ。
そこでは昼少し前に住居区に当たるリビングでディオスが床に変わった座り方をさせられていた。
「……ミク、これは一体?」
「正座」
ディオスの問いにミクの鋭い目と口調が返って来た。
「いや、そうじゃなくて、どうして俺がこんな座り方を……」
「正座は反省を促す時にする座り方ってツララお姉ーちゃんが言ってた」
ミクに正座という膝を曲げて床に直に座るという変わった座り方を教えたのは蓬藍の死神つららであった。
つららは正座をする意味と座り方を4ヶ月ほど前に葬儀屋フネーラに訪れた際にミクに教えていたのだ。
だが、その時つららが見せた正座は床に直接ではなくベッドの上で見せていた。
これは蓬藍では靴を脱いで床に上がる為に清潔であるのだが、アシュミストでは靴を吐いたまま床を歩く為にとてもではないが綺麗とは言えない。
だからつららはごく一部の清潔であるベッドの上で教えたのだが、そうとは知らないミクはディオスを床に座らせて反省を促している。
ただし、反省を促す主旨をディオスは知らないし心当たりもない。
「反省って……俺が何したって言うんだ!?」
ミクに対して何もしていないはずなのにどうしてこんな変わった座り方をさせられているのかと驚くディオスにご立腹のミクが率直に言う。
「師匠を独り占めしたから!ディオだけずるいよ!急にいなくなったと思ったら今日帰って来て!すぐに帰って来ると思ってたのに!ディオのバカァァ!!」
「えぇぇぇ!?」
言うだけ言って泣き出したミクにディオスはたじろぐ。
行き先を伝えていなかったのは確かに悪いと思っているが、レナードから事情を聞かされることなく突然エクレシア大聖堂に連れて行かれたのだから伝えることは出来ていない。
その翌日にはガイウスが行き先を告げることなく勝手に異渡り扉でランバンまで飛んだのだ。
この時はてっきりアシュミストに帰るものだと思っていたのだが、宴の時に半分以上聞き流していたモルテが帰れないと言った理由を思い出してしまえば仕方のないことかと諦めてしまう。何よりも、また巻き込まれてしまった感があったから早々に諦めが付けたとも癒える。
そして、ディオスはモルテが言う予定が終わればすぐにアシュミストに帰れると思っていた。そうでなくてもローレルと会話をした時点でディオスがランバンに滞在する理由がなくなったのだから翌日には帰っていたはずだ。
だが、モルテが使う死神の武器に触れたことで気を失ってしまい、そのままモルテによってエクレシア大聖堂まで運ばれると死神であるラルクラスの好意によって覚醒してしまった死神の目の反動である失明の回復と安定がするまで滞在することとなった。
その間にモルテは二度ほど数日間を何処かに行っていたのだから独り占めしていたというわけではないしそもそも行動を共にしていない。
しかし、ミクからしたら理由は知らずともそれだけ葬儀屋フネーラにいない日数がモルテを独占したと思っている。
そう考えてしまうとディオスに八つ当りをしてしまう。何より、葬儀屋フネーラでは最年少でまだ親を恋しいと思う年頃。モルテと一緒にいたいと思うのなら泣き出したミクの反応に合点が付いてしまう。
ただし、ディオスとしても言い分はある。
「泣かないでよミク!そりゃ何処に行くか伝えなかった、って言うか伝えることが出来なかったんだから。それに、俺だってすぐに帰れると思ってたんだ!」
「ディオのバカァ!知らない!」
「少しは聞いてくれよ!第一、俺は店長をミクが思っている様なことはしていない!むしろ迷惑かけた方なんだから!」
ランバンで本末転倒とも言うべき自滅をしたディオスはまたもやモルテの世話になってしまっていた。
その事を伝えたディオスであるが、ミクの興奮はさらに増す。
「だからずるいんだよ!ディオばっかり師匠と一緒にいて!」
「いや、だから……はい、すみませんでした」
ミクに言い訳をしようとしたディオスであったが、これではいつまでたっても収まらない。それに、変わった座り方をしているから足が痺れている。
そうするとここは素直に謝ってしまおうと、誰に教わったわけでもないのに正座のまま頭を深く下げてディオスは謝罪を口にした。
しかし、それを見たミクは一瞬だけ茫然としたが、また声を上げる。
「すぐに謝ってずるいよ!バカァァァ!ディオのバカァ!」
どうやらすぐに謝ってしまったディオスに違う意味で腹立ったミクが泣きながらそっぽを向いた。
この反応にディオスはどうしようかと悩んでいると、横から冷たい声がかけられた。
「あぁ~、泣かせたなぁ」
「ファズマ!?」
リビングを繋ぐ廊下から冷やかしを入れたファズマにディオスが視線を向ける。
「何ミク泣かせているんだよディオス?」
「ミクが勝手に泣いたんだよ!」
「だろうな。ディオスが帰って来ない間、相当怒ってたからな」
ディオスがレナードに何処かへと連れられてから数日後、ミクは帰って来ないディオスに徐々に腹を立てていたのをファズマはずっと一緒にいて見ていたから知っていた。
「知ってたって……だからずっとそこにいて見ていたのか!」
だからファズマはミクの八つ当りに口出しせず静に見守っていたし、ディオスを庇おうとしていなかった。
それを知ったディオスはファズマに助けてくれてもと目で訴えるが取り合ってはもらえない。
「そんな目で見るなよな。大体、すぐに帰って来ないディオスが悪いんだからな」
「俺だってすぐに帰れると思ってたんだよ……」
ファズマの責める口調にディオスは落ち込んだ。
そもそも、早く帰れると3人が思っていた理由はレナードの「少し借りる」発言からだ。
短くに1日、長く3日と思っていた。それが蓋を開けたら半月以上もディオスは葬儀屋フネーラを留守にしてしまったのだ。
モルテを独り占めしたことを許せないミクと半月も連絡がないことを怒るファズマ。
2人のディオスに対する怒りはそれ相応の理由と共にあったのだ。
「何があったかは夜にでも聞くからさっさと仕事に入れ。ミクも拗ねてる暇ねえぞ」
「……はい」
「むぅ……」
ファズマの言葉に申し訳ないと思うディオスとまだ腹を立てて泣き目のミクが頷く。
葬儀屋フネーラに戻って来たディオスの初日はこんな始まり方であった。




