閑話 お見舞い(天族と天眷者)
まず感じたのは滑らかな板。恐らくテーブルの表面であると考えると慎重に腕を伸ばしながら指先に当たるであろうものを感じ取る為に敏感になって探す。
「ここに置くよ」
「あ、ありがとうございます」
ケエルの声に少し手を動かすと陶器の滑らかな表面に触れたディオスは礼を述べると取っ手をしっかり持つとカップに入っている紅茶を飲む。
その仕草にケエルはディオスの顔を覗き込む。
「まだ見えないか」
ディオスの光を捕らえていない目に複雑になるが、それでも今はこうして気づかれずに見続けることが出来るから良しとする。
「はい。でも、ぼんやりとですが人がいるっていうのは何となく分かります。だから……」
「あ、バレてる?」
ディオスの困った表情にケエルは少しだけ笑うと覗き込むのを止めてポットに入っている紅茶をディオスが持つカップに注ぐ。
「あ、ありがとうございます……」
カップが重くなったことに気がついたディオスはまたかと思いながらもお礼を言う。
ディオスが気がついてから今日で3日が経った。
最初の頃は目が見えない為に何処に何があるのか分からず手探りで慎重に動いても何かにぶつかったり違う方向に行ったりととにかく大変で、失明をしたらこうなるのかとディオスはその身で苦労を味わった。
失明になった経緯を振り返るといくら知らなかったとはいえ命を落としていてもおかしくはなく、その上で失明だけで済んだのは不幸中の幸いと言うもの。
ただし、この失明は死神の力によるものが大きく死神の目の覚醒初期に繋がる為に天眷者だけでなく天族が使う術でも治ることがない。その為に死神は症状にあった薬を使って緩和させて早期に終わるようにさせている。
モルテが用意してくれた薬のお陰でディオスの目は未だに見えなくても何とか人影がぼんやりと見える程度までに回復した。
ただ、その間は恐らくディオスの目が見えない間はどういうわけかケエルが世話をすることになってしまっている。
(そもそも、ケエルさんってエクレシア大聖堂の管理者じゃ……?)
気が付いて早々にケエルは目が見えないディオスの介護をこれからの予定を詰めるのに忙しいモルテの代わりに行ってくれている。
だが、ケエルは天族でエクレシア大聖堂の管理者である為にディオスという一人の人間の為だけに仕事を捨てていいのかと疑問に思っている。
そんな疑問をディオスではない人物が尋ねる。
「しかしケエル殿、この様な場所にいてもよろしいのですか?」
ディオスが気がついた翌日から時間を見つけてはお見舞いに来るようになった人物の声にディオスの体が硬直する。
「問題ないかな。修理は殆ど終わって暇になったから。それに、部屋に必ずってわけでもないからここにいてもいいんだ」
「そうですか」
「そう。このままお菓子を作っても良かったんだけどディオス君をほっておくことは出来ないからね」
どうやらケエルからしたら管理者としての大きな仕事がないことで暇という理由で介護をしているらしい。
「それにしても、君の方こそ毎日毎日どうして来るかな?」
「私が訪れてはならない理由がございますか?」
「ないけどアロイラインは教皇だよね?教皇の仕事は?」
「秘書に予定を積めてもらって早々に終わらせていますのでご心配なく」
そう、何故かアロイライン教皇がディオスが滞在している部屋に訪れてはお茶をしているのだ。
ただ、今日はこの2人だけではない。
「努力する方向性間違ってない?」
「ケエル殿、貴方は知っておられるはずです。教皇に即位した直後は大変であるということを。そこから逃げたいと思うならこの機会は逃さないはずだの」
「ヴァビルカが言うと説得力あるね」
教皇選挙が終った直後に何処かへと消えていたヴァビルカ前教皇もお茶をしているのだ。
実際に教皇に即位した直後は儀式やら職務が忙しく昼間に休める時間など無いに等しい。
そうした状況にも関わらずアロイライン教皇は時間の隙間を見つけてはそこにまとめた休憩時間を無理矢理ねじ込ませて僅かな時間で訪れている。
「しかし、ヴァビルカ前教皇が何故この様な場所に?」
「引退した身で暇となのですよ。それと、私がいてはいけない理由がありますか?」
「……ありません」
暇と答えたヴァビルカ前教皇であるが、実際はディオスが失明したと聞いた為に様子を見に来ただけである。
「しかし、私よりも聞かなければならないお方がおるはずだの?」
「何を申しますか?私よりもヴァビルカ前教皇がいることの方がどうかと思いますが?」
「それを言ったらアロイラインがいるのもどうかってなるけどな?」
「しかし、ルナマリア殿も共にと言ってきた時は驚きました。」
「セラフィナ様も目を付けている子ですからね。それに、私は彼と話したことがないので滞在中にはちょうどよろしいと思ったのです」
これまたどうしてか教皇選挙時にアロイライン教皇と最終日まで争い、天族セラフィナの古い友であるルナマリアまでもがお茶をしに来ていたのだ。
何故これほどまで偉大な人達とお茶をすることになったのかディオスには分からない。
だから、今日という日にディオスは勇気を持って尋ねることにした。
「あの、前から思っていたんですが……どうして皆さんはこの部屋に……」
来るのか、と急に言えなくなって口を閉ざす。
失明してから人の顔色を伺うことが出来なくなったことでどの様な反応をしているのか分からないことで些か臆病になっている。
しかし、そんなディオスの気持ちをよそに偉大な方達は優しく答える。
「それはディオスさんが心配だからと言いましょう。目が見えなくてはやれることが限られて暇であろうと思ったまでです」
「ルナマリア殿のおっしゃる通りです。少しでも話し相手がおられればそれだけで気持ちが和らぎ暇ではなくなるはずです」
どうやらディオスを気にして好意で足を運んでいるのだとディオスは理解する。
ただ、一般人にこれほど肩入れされては肩身が狭いというか、本当にいいのかと複雑であるが。
「それに、ディオスさんは私達からしたら孫の様なものですので年寄からしたら丁度いい話し相手なのだよ」
「……え?」
どうやら気にかけられているのは孫の感覚であることに茫然とする。
「そういうことですので沢山お話しをしまょうか」
「……はい」
目が見えていないはずなのにルナマリアの妙に力がこもった声にディオスは孫の様に拒否出来ず頷いてしまう。
そうしてディオスはしばらくの間、天族と天眷者とお茶会をするのであった。




