愚者
暗い。
夜の暗闇とは異なる暗さで何も見えない。何故突然に暗くなったのかディオスには分からない。老人と話をしていたら急に暗くなった。
暗闇だからか右と左の区別は元より何故かどこが上か下か分からない。まるで五感が麻痺してしまったかのような感覚である。それに、どことなく寒気が―――
「ダメ!」
その時、誰かがディオスの腕を握った。
次にディオスが気がつくと目の前は夜の建設現場の風景だった。
「一体……」
突然の場面転換に驚くディオスは腕にしがみついているミクに気づかず呆けていた。
あの暗闇はなんだったのか。突然場面が変わったのは何故なのか。
そんなことを考えていると左手が震えていることに気がついた。そして、すぐに震えている原因に行き着いた。悪寒である。あの暗闇で感じた寒気に悪寒を感じていたのだ。ではあの寒気の正体は何なのか。
ディオスは恐る恐る前へと目線を戻し、その存在に声を上げた。
「ええぇぇぇぇぇ!!」
目の前にはさっきまで老人がいた場所には長身に真っ白な顔に色とりどりなペイントを塗った愚者と言える存在が体をくねらせながら立っていた。
「な、な、な、何あれ!?」
驚くディオスに愚者が驚いた様子で呟いた。
「おや、おかしいの?術にかかっていない?」
暗闇の声が今まで話していた老人の声と気づき、さらに訳がわからなくなっているディオスをよそに愚者は自身をずっと睨み付けたままディオスの腕を握っているミクへと目線を向けた。
「そうか。なるほどの」
ミクを見て何かを納得した愚者がおもしろいというような目をした。
「お前さん、死神の弟子だろ?」
「死神の弟子?」
愚者の言葉にディオスは我に返った。愚者は一体何を言っているのか分からずミクを見る。
「しかも、強力な加護がかかっている。これじゃ術は効かんし触れることも出来んわけか」
そう言うと今度はディオスを見た。
「お前さんは成り立てかの?」
「何を言っているんだ?」
愚者の言っている言葉の意味が分からずディオスは唖然としていた。
「違うのか?これはまたおもしろいの」
ディオスの言葉に愚者はさらに体をくねらせながら感想を漏らす。
「実におもしろい!ただの人の身でありながら現れ、最初に食った娘が殺されたと言いおる。実におもしろい!」
「待て……」
愚者の言葉にディオスは全身から血の気が引いていくのを感じた。
「今、何て言った?」
愚者の言葉に心のどこかで引っ掛かり必死になってディオスは尋ねた。
「ん?食ったと言ったのだ。実に旨かったぞ」
そう言うとさらに体をくねらせながらケラケラと笑い始めた。
「そういや、父親がいないと言っていたかの。それでいないのなら忘れた方がいいとか死んだとか言ったらギャーギャー騒いで、ああ、うるさかったの。うるさくてうるさくて付き纏ったら震えて震えて。ああ、面白かったなの!」
嘲笑いながら言いふらす愚者にディオスは知らず知らず拳を作っていく。
「それならもっと震えさせようと耳元でささやいたのだよ。大切な者の悲鳴を聞きたいか?とな」
「お前!」
様子を崩さず話す愚者の言葉にディオスの中で何らかの糸が切れ怒気を込めてて叫んだ。
これでいくつか疑問に思っていた箇所のピースが当てはまり合点がいった。
カリーナは愚者に付けられていた。しかも、脅迫されていて誰にも助けを乞うことができなかった。そして、愚者に殺されたとのだと。
「震えて震えてそれはもう気持ちよかったの。だがの、あの娘は避けるように逃げ出しての。せっかくおもしろいのに逃がしてなるものかって追いかけて追いかけて、捕まえたら泣くは叫ぶはうるさいがおもしろかった!だから、最後におもしろいことをしようと高い所に連れて行って少~し背中を押して……バ~~ン」
笑いながら話し、最後にはまるで花でも散ったような手の動きをした愚者にディオスは目の前が真っ白になった。
だが、一つだけ理解はしていた。カリーナを殺したのはやはりこの愚者であると。
「だがの、後から気づいたのだがあの娘を食ったのは間違いだった。それで思ったのだよ。あの娘と同じ者はいないのかとの?」
愚者の言葉にディオスは嫌な予感を感じた。
「思ったよりもおらんのには驚いたがそれでも二人……いや、お前さんを入れて三人見つかった」
そう言って悪寒を感じるディオスを見ながら笑っていた愚者は突然残念そうな顔で首を横に振った。
「だがの、一人は食う前に食いそびれ、もう一人は食えなかった。そして、もう一人は目の前にいるのに強力な加護の内側にいて手が出しにくい」
愚者の見つめるような、見つめるだけで悪寒しか感じない目線を感じながらディオスは怒りを爆発した。
「勝手なことを言うな!何が楽しいだこの人殺し!」
爆発した感情はまさしくディオスが抱いていた思いの現れであった。
目の前の愚者は何も感じてはいない。罪悪何てものは特にない。ただ一点だけ、自身の娯楽の為にしか行動をしていなかったのだ。
「カリーナは父親が帰って来るのを家族とずっと待ってたんだ!それなのにつけ回して傀儡にして脅して……人間がすることじゃない!」
ディオスの怒りの言葉に愚者が徐々に笑みを浮かべていく。
それに気づいてミクがディオスにさらにベッタリとしがみつきながら愚者を睨み付ける。
「お前は人間じゃない!」
ディオスが怒気を込めて放たれた言葉。その言葉に愚者は高笑いをした。
「アハハハハハハハ!!いつになったら言うかと思ったが、やっと言ってくれたか!アハハハハハハハ!!」
意味が分からないことを突然言い出す愚者にディオスは毒気を抜かされた。
「そうとも、人間ではないのう」
まるで獲物を見つけた様な眼差しをしながら愚者は体を捻らせ首を360度回しながら言い渡した。
「こ~んなことが出来るのだ。人間では出来んだろ?のう?」
自身の体をディオスに見せつけながら苦なく話す愚者にディオスは青ざめていた。




