死神達の宴
11章開始です!
「皆、教皇選挙期間中の悪魔の討伐ならびに協力に感謝します。今回は不測の事態が続いたことと枢機卿団に死者が出た。だが、それを乗り切り無事に新たな教皇が就任しました。我々死神の役割が終わったこと新たな教皇を祝して今日は飲んでくれ。乾杯!」
「かんぱーーい」
オウガストの言葉に集まった死神達がグラスを片手に声を揃えた。
場所はスクトゥームのヘルミアの裏道にあるリーシャが営む酒場「天秤の杯」。
ヘルミアの街中が新たな教皇を祝してあちこちで宴を開いている中で天秤の杯も例外ではなく死神貸し切りの宴会場となっていた。
集まったのはヘルミアで悪魔討伐に参加した多くと死神と今回の七人の死神、そして今回の立役者の人間1人、60人以上が出席して教皇選挙前の期間も含めた1ヶ月以上を乗り切ったことを祝っていた。
全体での乾杯が終わった後に各々が近くにいた死神とグラスを鳴らし合う。
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
「お疲れさん」
「お疲れ~」
アルフレッド、ハロルド、ヤード、ミゲルの4人も近くにいた為にグラスを合わせて鳴らす。
「ようやく終わったな」
「はい、新たな教皇が決まりようやく」
「一段落だ」
ミゲルの労いにハロルドとヤードが1ヶ月以上続いたサンタリアでの役目から解放されたと表情を綻ばせる。
「そういえば、ミゲルはあの後どうしていたんだ?」
「俺はずっとこの街にいたな。今回は異例づくしだったから色々動いてたら終わってたってところだ。ま、そこも異例があって見てて楽しかったしな」
「……そうか」
流であるはずのミゲルがどうして宴に参加出来たのかと疑問に思っていたアルフレッドだが、異例づくしであった教皇選挙期間中をずっと記録に納め続ける為に滞在をしていたのだと納得する。
そんなアルフレッドをよそにミゲルは意識を少し離れた場所にいたオティエノに向けた。
「それはそうとオティエノ」
「何だ?」
「情報料寄越せ」
「それここで言うこと!?」
ミゲルの怨めしそうな目にオティエノは宴による気の緩みもあって驚愕した。
と言うのも、教皇選挙が始まる前にヴァビルカ前教皇についての情報を提供しのだが未だに対価を受け取っていなかったのだ。
「まだ払ってなかったのか?」
「ダーンさんにもお願いをしたのですよね?もしや……」
「ダーンももらってない」
未だ未払いの事実に七人の死神である3人が同じ七人の死神であるオティエノに冷たい視線を向ける。
その視線にオティエノは深く溜め息を吐いた。
「そんな目で見るなよ。どうせ明日には支払われるんだから」
「は?」
オティエノの言葉に何言っているんだと目を丸くする4人。
その言葉通り翌日にダーンとミゲルの元に慰謝料と言う名の情報料が死神であるラルクラスからコルクスを伝って贈られることになるが、コルクスの無礼な振る舞い情報料など目にくれることなく制裁を加えることになることをまだ知ることはない。
「あの……俺も参加して良かったんですか?」
唯一の人間であるディオスは多くの死神がいる中で自分がいるのは場違いなのではと思っていた。
「何また言っているんだ?今回はディオスがいなかったらより大変なことになっていたんだ。ここに参加して当然だろ」
「は、はぁ……」
そんなディオスにファビオが呆れ顔で言う。
死神達としてはディオスが参加しない理由などなく、むしろ参加して当然と思っている。
なにしろ、悪魔を翻弄したり新たな教皇となったアロイライン教皇を助けたり黒竜を倒す切っ掛けを作ったりと思った以上に活躍をしたのだ。
仮にアロイライン教皇が就任の儀に呼んでいなくてもレナードが宴に連れて来る予定であったからディオスの参加は決まっていた。
「そういうことだから楽しめ。あ、未成年だから酒は飲むなよ」
「飲みませんよ」
緊張を解そうと茶々を入れたファビオに速攻で返したディオスは気分直しにとスクトゥーム特産のリンゴジュースを飲んで僅かに顔をしかめた。
「すっぱ……」
僅かに酸味が強く普段飲むリンゴジュースとは違うものであった。
酸味のあるリンゴジュースを飲んだサナリアも思いがけないという様子で顔をしかめた。
「んっ、少し酸っぱい」
「酸っぱかった?ここじゃ普通なんだけど」
「少しね。……待って、ヘルミアにいる間に何度もリンゴジュース飲んでるけどその時は酸っぱくなかったわよ?」
料理を奥から運んで来るリーシャにサナリアが疑問をぶつけた。
「多分それは観光客に出されてるリンゴジュースよ。そのリンゴジュースってオウガストの宿とか表のレストランで飲まなかった?」
「そういえばそうね」
「観光客にはブレンドされたり砂糖を入れて味が整ったのが出されるのだけどスクトゥームの国民は酸味のリンゴジュースが普通なのよ」
「えっ、砂糖が入ってるの!?」
飲みやすい背景に砂糖が入っているという事実にサナリアは驚愕する。
「そんな驚くことじゃないだろ?酸味を好む人ってのはごく一部だ。甘い方が好かれるんだよ」
「そうだけど……やっぱり砂糖が入っているって信じられないわよ……」
「一種類だけで甘みがあるジュースは多くないな。味が整えられているのが普通だし味が毎年変わったら飲む方は困るだろ?」
会話に介入してきたエジェにもサナリアは信じられないと示すがジョルジュも介入してきてジュースの背景について言う。
「ん~そうかも知れないけど……どうして二人がそんなことは知ってるの?」
「そりゃ農家だし」
「交易業でその辺りを知ってるからな」
どうやら専門であったことを理解するサナリアであった。
どうやらサナリアの疑問が解消されたと見てリーシャはカウンターに戻った。
「それにしても飲み物の方をレナードさんが受け持ってくれてありがたいわ」
「同じ酒場経営をしているからな。最も俺は酒専門だが」
そう言ってレナードは注文が入っていたカクテルを作り上げてしまった。
今回の宴はレナードとリーシャが料理と飲み物を提供しているが、同じ酒場の経営者同士である二人の経営方針は違っている。
レナードはカクテルといった酒を中心にしており、リーシャは料理を中心に提供している。
そんな二人だからこそ宴では共にとどちらから言うこともなく自然な流でそうなったのだ。
おかげでリーシャでは手が回せない飲み物をレナードが担当していることで少しだけ遅いと思うことはあれど作業が止まることはない。
ちなみに、酒に関しては種類が少ない天秤の杯にレナードがリーシャの許可をもらって購入してきた酒瓶が数種類カウンターの背後に置かれているのだが、その様子がレナードが営むエノテカーナの店内風景を思わせてしまうのはアシュミストにいる者のみである。
新たなカクテルを作りながらレナードは疑問を抱いていた。
「それにしても解せないな」
「何が?」
「ラティが酒を頼まないことだ」
レナードの目はジュースを片手にモルテ達と話して話しているラティに向けられていた。
「ラティさんがどうかしたの?」
「あいつは無類の酒好きだが全く飲んでいない」
前回の継承の儀とその後の宴においてラティの酒好きを知っているレナードは飲まないことを不思議に思っていた。
「お酒が口に合わなくなったとか?」
「それなら酒が飲めなくなった方が自然だろう?」
「それもそうか。でも、飲めないってなるとラティさんには辛いですね」
「そうだな」
ラティが酒を飲まない理由に一つ憶測を立てた二人。
その間にも二人の手は止まることなく料理とカクテルを作っていた。
レナードとリーシャでそんな会話が交わされているとも知らずにラティはモルテといった女性陣数名と話していた。
「ラティさんは確かモデルですよね?」
「確かモートゥスで有名だったな」
「モートゥスだけじゃなく世界的に有名なはずよ」
「世界的には大袈裟すぎますよ。機会があったから出させてもらっただけでそれほど有名じゃないから」
自身の職業の言及に照れるラティ。
「そうかしら?去年あったイストリアのイベントに参加してなかった?」
「イストリア……ああ、参加してましたね。でもそれで世界的にとまでいきませんよ」
ラウラの言葉にあくまで世界的に有名を否定するラティ。自身はあくまでモートゥスで有名なだけという認識だからである。
「ですが、モデルってプライドが高いって聞いてますがラティさんは何て言うか、気さくな方ですね」
「私は比較的にそうね。モデルって少しでも髪型と服装のイメージが違うと要求するからそれでプライドが高いって思われているけど実は優しかったりもするのよ」
「そうなのですか?」
「ええ。でもプライドが高い人はそのままで多いけれど」
アイオラの遠慮がない疑問に素直に答えたラティ。やはりラティの性格は周りが思う通りにかもし出している。
楽しく雑談を交わすアイオラとラウラ。だが、モルテとエステルだけはラティの異変に眉を寄せていた。
「しかしラティ、いつから酒を絶った?」
モルテの言葉にラティが僅かに硬直した。
「モルテも気づいてたか」
「気がつくだろう」
「お二人とも、どういうこと?」
モルテとエステルの会話に意味がわからないとラウラが尋ねる。
「ラティは大が付くほどの酒好きだ」
「それも前回の打ち上げで店の酒を殆ど一人で飲みきってしまう程にだ」
「く、黒歴史を言わないでーー!……あれは……お酒が美味しかったからだから!」
衝撃の告白に顔を赤くするラティと目を丸くするアイオラとラウラ。
実際に8年前の打ち上げでオウガストが予約してくれていた店の酒をラティ一人で殆どなくしてしまったのだ。
幸い閉店時間丁度で打ち上げが終了したからよかったもののもう少し遅ければ店の店主は青ざめながら知り合いの酒場に頭を下げて仕入れていただろう。
だからこそ酒好きのラティが今回の宴に限り酒を飲まずスクトゥーム産の酸っぱいリンゴジュースを美味しく飲んでいることがモルテとエステルには不思議であった。
「ラティ、まさかと思うが……」
だからこそモルテとエステルは一つの同じ結論を出していた。
「妊娠したのか?」
予想外の言葉に当の本人と状況を読めていないアイオラとラウラが硬直する。
「おかしいと思ったの。期間中に途中で体調崩して国に戻ったこと。あれは暑さでやられたか日頃の酒の飲み過ぎで体をやったんじゃないかと思っていたけど、酸っぱいものを美味しそうに思っているから」
「まさかそれだけでバレちゃってるなんて……」
「本当なの?」
エステルの追及にラティは先程とは違い頬を赤く染めてゆっくり首を立てに振って頷いた。
その様子に徐々に理解してきたアイオラとラウラが声をかけて拍手をする。
「おめでとうございます」
「おめでとう」
突然上がった拍手に近くにいた死神が何かと見る。
「どうかしたか?」
「ああ……ラティが妊娠したのよ」
「本当か!?」
「おお!」
興奮ぎみのラウラの言葉に聞かされた死神から歓声が上がり、祝福を述べる。
「おめでとう!」
「おめでとうございます!」
「おめでとう。なあ、男と女どっちだ?」
「まだ分からないわよ」
急かす死神もいたが遂には殆どの死神に知られることとなり更に祝福を述べた。
「なるほど、妊娠していたから酒を飲まなかったのか」
「これで疑問解決ですね」
ラティの酒絶ちに疑問を抱いていたレナードも真意を知ったことで憑き物が落ちた表情となる。
「おぉ~いレナード、祝だぁ~今の気分にあったぁカァクテルをたっのむぞ~」
「随分と無茶ぶりな……」
「おおう、俺もだ」
「俺にも頼む!」
「私にも!」
「俺にもだ、ラティも飲もうぜ!」
「馬鹿野郎!妊娠してるのに酒飲ませる奴がどこにいる!」
ラティの妊娠発表に枷を外す死神達の中に不適切なことを言った死神もいたためにレナードからの怒声が飛ぶも直後に笑いでかき消される。
「しかしなんだ、ラティの妊娠に加え新たな教皇の誕生。それに七人の死神も今日で教皇選挙から解放されて役目も終わり。無事に国に帰れていいことづくしだ。お疲れ様だーー!」
ジョルジュの掛け声に再び場が沸き上がる。
だが、その七人の死神の7人だけが突然気まずそうな表情を浮かべた。
それに気づいた死神が徐々に歓声をやめて注目をし、気がつけば静まり帰っていた。
「えっと、どうかしたのか?」
気まずくなる場で勇気を出して尋ねたリーシャ。そして、これまた気まずそうにモルテが言った。
「まだ、帰ることが出来ないのだ」
予想外の告白に沈黙が生れ、数秒後に殆どの死神が声を揃えて叫んだ。
宴って開催目的以外の会話で盛り上がることってありますよね。
今回も……
やあやあお疲れさん、お疲れ様。このリンゴジュース……ぺちゃくちゃぺちゃくちゃ……まだ帰れない。えー!
ってなってます。もはや途中から催しの目的関係ありません。




