閑話 騒動後の後悔
悪魔の強襲の後片付けが終わった夜。
死神の区画の広い一室に死神が集まっていた。
「あ~気持ちぃ~ものだったなぁ~」
「いい汗流れた~」
「流れたぁなぁ」
「ならもう一度風呂入れ」
体から熱気を上げるガイウスとジェンソンの言葉にハロルドが突っ込む。
「まったく、せっかく風呂に入って体が軽くなったと言うのに暑苦しい男の発言を聞くことになるとは」
エステルもハロルドとはまた違う意味で二人の発言に嫌と示す。
「外に出て涼みましょうか?モルテとラウラさんもどうですか?」
「いいわね。暑苦しい男達を置いて女だけでなんて」
「何だその不安を感じさせる発言は?」
アイオラの提案に乗ったラウラだが、妙に欲望を感じさせる雰囲気にモルテの表情が複雑となる。
「それなら私も行こうか。どうせ私だけ残るくらいなら一緒に行った方がいい」
「それなら女性だけで涼みに行きましょう」
こうして女性死神4人は涼みに部屋から出て行った。
ぽつんと残された男衆の1グループは何とも言えない雰囲気になる。
「俺達暑苦しいか?」
「ここに筋肉質の男が勢揃いしていたら暑苦しいだろう?」
「ハッキリ言ったな……」
グループ内で筋肉質でないハロルドの発言に一種の恨みを抱くも暑苦しいことに気づかされたことが事実であるために物凄い勢いで落ち込んだ。
何故死神の区画に七人の死神だけでなく死神もいるかというと、死神の姿があまりにも汚れていたからだ。
ほこりまみれで服が汚れた程度ならまだ許容範囲内であるが、悪魔の返り血をもろに浴びて赤黒い姿のまま出歩かせることは初めから誰かに見られたら大惨事であることが分かる。
死神であるオウガストが経営する鳩の宿なら気づかれることはないと思うかもしれないが今回の騒動でヘルミアに集まった死神が多いことと汚れを落とす為の入浴時間と場所が狭い為に、仕方なく特例として秘密の中庭に現れた死神限定で1日限りの滞在が許可されたのだ。
なお、秘密の中庭に現れたオウガストは鳩の宿経営者として一足先に鳩の宿に戻り対処している。
* * *
部屋の一角ではレナード、オティエノ、ファビオの領域使いが会話をしていた。
「それで、レナードはどうして天族が張っている結界を通り抜けるんだ?」
話はレナードの領域について。
レナードの領域は不思議なことに天族が張る結界をものとせず領域で移動したり展開したり出来る。
ファビオの質問にレナードはあっさり答えた。
「天族が使う結界の特性と特長を理解したからだ」
「特性と特長?」
領域にそんなものがあるのかとオティエノとファビオは顔を合わせて首を傾げる。
「そうだ。例えば死神の領域は何故他の死神と領域を組み合わせることが出来る?」
「それは領域が同じものだからじゃないのか?」
「なら、何故同じだ?」
「そういうものだからじゃないのか?」
「違うな。領域は質が同じだからだ。俺は同じ質である現象を波長と読んでいる」
「波長?」
聞いたことのない言葉に頭に疑問符が浮かぶ。
「そうだ。領域は使い手によって様々な形、固さになる。俺はそれを可能にする現象を波形。そして、他の死神が全く違う波形で領域の使い方をしているのに組み合わせ出来る現象は何故か?それは領域そのものが同じ質を持つ波長だからだ」
レナードの領域解説にオティエノとファビオは一先ずそれを飲み込んで疑問を口にする。
「波長か……それならどうして質が波長を持っているんだ?」
「いいか?同じものをただ合わせればどうなる?」
「一つになるんじゃないのか?」
「ならないな」
「何故!?」
「それで完全に一つになったと言えるか?ただ合わせただけだと溝が出来る。その溝を生ませない為に波長はある」
「もしかして接着剤の様なものか?」
例えるなら粘土と粘土をただ合わせただけの隙間に粘土を埋め込むものと考える。けして二つの粘土をこねて無理矢理一つにしているわけではない。
「大体はその通りだが正確にはくっ付けるものではなく結合させるものだ」
これまた例えるなら何本もの毛糸を編み込む様なものである。
「そして、波長は同じものしか反応しない。何でも結び付く訳じゃねえ」
「水と油の様なものか……」
「それならどうしてレナードは領域で結界に干渉出来る?あれは全く違うものだろ?」
波長が領域にとってどのようなものかは大体分かった。だが、それを聞いてしまうとサンタリアを覆う結界内でも本来の力を使える理由が分からない。
「波長は何でも結び付くわけじゃないと言っただろ?なら結び付くようにすればいいだろ?」
「まさか……こっちから結界に合わせた波長を探すのか!?」
「そうだ。波長を変えれば質も変わる。それで俺は天族の結界内でも領域を使えるし今回の悪魔囲いも無視出来たんだ」
並大抵のことではないはずなのにそれを簡単に言ってのけたレナードにオティエノとファビオは頭を抱えた。
「やっぱり〈領域の魔術師〉は半端じゃない……」
「一体どれだけ実力差を思い知らされるんだ俺達は……」
レナードの発想と応用の幅の広さに他全てにおいて足元に至らないと感じたオティエノとファビオ。
その後、あまりにも見ていられないからとレナードが二人に可能な限りの領域教室を開いたが、その圧倒的なまでの違いに何度も心を折られることとなる。
* * *
別室ではヴァビルカ前教皇がだらしない格好で寛いでいた。
「ふ~終わりましたな」
「お前は説明だけして何もしてねえだろうが!」
「おじいちゃん抑えて」
ヴァビルカ前教皇に敵意剥き出しのダーンを宥めるベルモット。
その様子をラルクラス、ユーグ、ハイエントが外野として見守っている。
と言うよりも険悪雰囲気丸出しの3人に首を突っ込んだら飛火することを悟っている為に傍観しているのだ。
「もうおじいちゃん、どうしてそこまでヴァビルカ教皇が嫌いなの?」
「そうですよダーン。それに、孫がいたのなら知らせてください。あ、ベルモットさん、私のことは前教皇とお呼びください」
「ふん!どうせお前の弟から聞いてんじゃねえのか?」
「おや、バレましたか?」
「お前の嘘を見抜けんのは俺くらいだ」
「嘘とは失礼ですね。ただ言っていないだけだの」
「故意に言わねえことを嘘って言うんだよ!」
直進的に攻め寄るダーンとのらりくらりと避けるヴァビルカ前教皇の討論に何故ここまで会話が続くのかと疑問に思う一同。
主にダーンが攻めているだけなのだがその理由が分からない。
「おじいちゃん。ヴァビルカ教皇と何かあったの?」
ヴァビルカ前教皇とは言わずに教皇と言うベルモット。元より殆どの死神がヴァビルカ前教皇に前を付けずに教皇と言っている為に誰も訂正をしない。
そして、ベルモットの問いにダーンは恨めしそうな表情を一同に向けた。
「こいつはな……昔俺が大事にしていたヘイマニアを食いやがったんだ!」
「ヘイマニアを!?」
ヘイマニアと言われて驚愕するベルモットとそれは何だと疑問を浮かべるラルクラス、ユーグ、ハイエント。
「ダーン、貴方はまだそれを引きずっているのですか?」
「引きずるだと?お前、俺があれを手にいれるのにどれだけ苦労したと思っている?」
「知らずに食べたことは詫びたではありませんか」
「詫びただと?お前全然分かってねえな。あれはな、俺が職人見習いとして初めて親から合格を言われた装飾品と交換した金で買ったんだぞ!それをお前は全部食っただろ!まだ俺が食ってねえって言うのによ!」
「ああ……まだ食べてもないのに全部食べられたらそれは怒るな」
「食べ物の恨みは恐ろしいと芳藍の死神が言ってたな」
「そこはヘイマニアが何か聞くべきじゃ……」
ダーンの熱がこもった発言に妙な納得を示すラルクラスとハイエントに適切な突っ込みを入れたユーグ。
なお、ヘイマニアと言うのはダーン、ヴァビルカ前教皇、ベルモットの故郷にある焼菓子のこと。
外はサクッと中はふわっとした食間でありながら甘すぎずいくらでも食べられる菓子は老若男女問わず人気であり、それを缶で買うのが子供達の夢となっている。
ダーンがヴァビルカ前教皇に恨みを抱くのは菓子だけではなかった。
「それにお前、あの時に何をしたか忘れてんじゃねえか!」
「何かありましたか?」
「とぼけるな!お前あの後こう言っただろうが!『菓子一つで騒ぐな』ってよ!」
「ヴァビルカ教皇!?」
「いえ、それは幼馴染としての悪い血が……」
「幼馴染なのか!?」
ヴァビルカ前教皇の口からとてつもない驚愕発言に死神側が驚くも、ヴァビルカ前教皇の黒歴史はそれだけでは終わらなかった。
「それからお前はことあるごとに作りかけの装飾品にイタヅラしていただろうが!」
「それはひどい!」
ついには職人であるベルモットまでヴァビルカ前教皇の敵に回る。
「ヴァビルカ教皇、あんた何やってんだ?」
「いえ、子供の頃の悪いイタヅラです。ほら仰有るではありませんか?子供は無邪気であると。その行動に悪いことはないと」
「いや、十分に悪いことだし怒るぞ!そもそもそんな話し聞いたことがないからな!」
「ヴァビルカ教皇、貴方はおじいちゃんに何てことしてるんですか!」
「無邪気も悪戯も何もなくやりすぎです」
「ダーンがヴァビルカ教皇を嫌いになった理由が分かったな」
ダーン以外の発言に味方がいないばかりか墓穴を掘ってしまったヴァビルカ前教皇はその後、散々言葉で叩きのめされることとなった。
* * *
エクレシア大聖堂管理者の部屋でディオスはケエルとお茶会をしていた。
「頑張ったね。はいこれ」
「あ、ありがとうございます」
突然呼び出されて突然のお茶会に驚いたディオスであるが差し出された冷たいお茶に驚く。
「冷たい……」
「ああこれね、水出しと言って紅茶の葉を水で一晩浸したものなんだ。さあ飲んでみて」
「は、はい」
促されるまま初めての水出しされた紅茶を一口飲むと、そのまま飲み干してしまう。
「美味しい……!」
「そうでしょ?」
「それに苦味がなくて味もしっかりしてる」
「お湯だと苦味が出るけど水出しはじっくり味と香りを出すから紅茶特有の苦味が出ないんだ」
「そうなんですか」
ケエルからお代わりの水出し紅茶をもらい今度はゆっくりと飲む。
風呂上がりということもあって火照った体に冷たい紅茶は心地よい。
「それで俺を呼んだ理由は?」
「ああそれね。まずはお疲れ様。無事に生きられたね」
「お陰さまで。あと加護ですか?あれもありがとうございます」
加護の感謝にケエルは嬉しくなって微笑む。
「どうやら役にたったようだね」
「はい。あれがなかったら死んでいたと聞いてます」
「そうだね。悪魔の呪はとても厄介だ。呪を受け付けない力は一見地味だけどあるととても便利なものだ」
ケエルはどこからともなく器を取り出すと中に入っていたティラミスを掬って皿に盛り付けるとディオスに渡した。
「十分に冷やしているから美味しいよ」
「ありがとうございます」
渡されたティラミスを躊躇なく口に入れたディオスはしっかり冷えているのに舌の上に乗せても美味しいと感じて表情を綻ばせる。
「それでね、話の本題はその加護のことなんだ」
「え?」
加護が一体どうしたのかとティラミスはきょとんとする。
「実はね、今回の騒動でディオス君が悪魔に狙われるんじゃないかと思うんだ」
「ど、どうしてですか!?」
「悪魔を思いっきり掻き回したからだね」
「俺が何をしてですか!?」
「あ、本当に自覚がないんだ」
ディオスの無自覚にこれは説明すれば混乱するからとあえてしないことにしたケエルは話を進める。
「それでね、上の決定でディオス君に与えた加護をそのままにしようってことになったんだ」
「な、何でですか!?要らないですよ!」
「あれ?さっき地味だけど便利なものって言ったけどな……」
「それはそれ、これはこれです!俺は普通の人でいいんですから加護はお返しします!」
「いや、加護は返すものじゃないし。そもそも上からの決定だから諦めてくれるかな?」
「何でそうなるんですかーー!!」
その後、散々こねたディオスであるがケエルからの無理と言う一点ばりに酷く落ち込むこととなった。
しかし、これが後に役に立つことをまだ知らないのも事実である。
主に男衆の後悔が……
設定は明日投稿です。
……出来るかな(汗)




