悪魔堕ち
ヴァビルカ教皇の引っ掛けに見事騙されることとなった悪魔認定された枢機卿は動揺していた。
そして、彼等とは違う意味でもう一人。
(騙された……!?)
秘密の中庭内で唯一力を持っていないディオスである。
「まさか、本当に騙されるとはな」
「意外と言うか驚きだな」
「ヴァビルカ教皇の誘導も上手いってことがあるかもしれないが……」
「ですが、上手くいったことは事実です」
「ええ。これで言い訳は出来ないはずです」
「さすがは食えない教皇だ」
「本人が聞いたら誉め言葉だな」
この結果に七人の死神全員が意外であると一致する。
それを近くで聞いていたディオスは何故か申し訳なく思い意気消沈する。
何故ディオスがこの様な反応をしたかと言うと、ヴァビルカ教皇が悪魔を騙すために言った嘘がディオスの案だからである。
朝に今回のやることを聞かされた際に悪魔の追及があることが分かっており、それに対する対応策があるかと尋ねたのが切っ掛けである。
ヴァビルカ教皇は言葉で攻めて無理矢理悪魔に自白させようと考えていたのだが、それでは時間がかかると七人の死神が難色を示したのである。
そこに何となく思い付きで言ったディオスの案がヴァビルカ教皇の心を掴んで採用されたのである。
上手くいくのかと疑問であったが、ヴァビルカ教皇が上手いこと組み合わせたことで見事悪魔は引っ掛かることとなったのだ。
予想と反して上手くいったことを本来は喜ぶべきなのだが、ディオスとしてはただ思い付きで言っただけであり、それが成功したことと自分だけが何もしていないことが複雑なのである。
とは言え、ヴァビルカ教皇としてはこれで悪魔が騙されたことで早く終わったことに内心では喜んでいる。
悪魔の反発はもっと激しいものを想定していた為にあらゆる準備や保険として管理者であるケエルと接触したりとしていたのだが、それらが全て無駄となった。いや、もしかしたらまだ必要であるかもしれず、ケエルも見ている限りは全てが無駄というわけではない。
ヴァビルカ教皇の言葉によって自らが悪魔と関係者であると教えることとなった悪魔である枢機卿一同は隠す必要がなくなったことで敵意を露にする。
「まさか、あの様な嘘に騙されるとは」
「悪魔であるのなら大聖堂の秘密も知っていること。そこを突いただけだの」
知りすぎているからこそ己が知らないことには反射的に大袈裟に反応してしまうものと笑っていたヴァビルカ教皇も表情を真剣なものへと変える。
「ヴァビルカ8世の名の元にお聞きいたしましょう」
「まだ教皇でいるのですか?世間からは亡くなったとされて教皇の証がない貴方のが?」
「はい。まだ教皇ですよ私は。その証拠に指輪もあります」
そう言ってこのことを予想していたかの様にして右手小指にはめられている鶏の刻印が刻まれた「鳥の指輪」を枢機卿と悪魔である枢機卿に見せる。
「鳥の指輪」は教皇個人を証拠する指輪。例え先導者の証である「羊飼いの指輪」がなくても「鳥の指輪」があればその者は教皇本人であるという証拠になる。
「ヴァビルカ教皇、何故指輪を?あの時確かに壊したのを見届けています!?」
枢機卿で退位の儀の見届け人として一連の儀を見ていたヘイゼルが何故ハンマーで砕かれたずの指輪がヴァビルカ教皇の小指にあるのかと問う。
「あれは偽物です。先代死神である彼に頼み用意してもらったものです」
「先代の死神……」
「生きておられたのですか?」
「私がいつ死んだ?勝手に亡くすな!」
ヴァビルカ教皇の後ろに控える黒ローブの人物がどういった人物であるのか全員が理解する。
そもそも先代死神は継承の儀を終えてから行方をくらましていた。殆どは継承が済んだということは亡くなったと思っていたのだが、まさか生きていたこととこの件に関わっていると思っていなかった。
「これで私が今でも教皇であることが分かったはずです。さて、話を戻しましょう。実力ある天眷者であり大司祭としての深い信仰と実績をお持ちの貴殿方が何故悪魔に身を落とすことになったのか答えていただこうかの」
ヴァビルカ教皇の言葉に気持ちは同じと枢機卿が厳しい目付きで悪魔である枢機卿を睨み付け、ラルクラスとハイエント、七人の死神はいつ動き出してもいいようにと身構える。
沈黙が流れると、クククッと悪魔である枢機卿が声を出して全員が笑い始めた。
「何がおかしく笑っておられるのですか?」
「おかしい?違います。悪魔になったのはご自分の意識ではございません」
「やはり悪魔にされたのですか」
「そうですね……悪魔になりたいと願い悪魔によって悪魔にされました」
「何?」
悪魔である枢機卿の酔った様な言葉にヴァビルカ教皇の表情が初めて怪訝へと変わる。
「悪魔になる、悪魔にされたなら分かるが、天眷者が望んで悪魔になったとは聞いたことがない」
「ええ。堕ちたと言う言葉がありますがそれが近いのでしょう」
一方で七人の死神も天眷者が悪魔堕ちするのが意外であるとそんな話しをする。
「何故望んで悪魔になどなった!」
「何故だと?とぼけるのをお辞めになるのはそちらの方だ!」
「どういうことでしょうか?」
「とぼけなさるな!真実を知っている貴方なら分かるはずだ!」
その言葉にヴァビルカ教皇が口を閉じた。
ヴァビルカ教皇がこの場所で初めて見せた言葉を塞ぐということに枢機卿は何かがあると察する。
「何故真実を知ってもなお死神に加担するのですか?」
「お間違いになっているのはそちらです」
「何だと?」
「どの様にして真実を申しておるのか分かりませんの。真実というものはいつも霧がかかった様に先が見えず手を伸ばしても届かないものなのです。例えその断片を掴んだ程度で真実とは言えないものなのです」
「……貴方は、貴様はそれでもなお真実はないと申すのか?」
「はい。貴殿方の不完全な真実は知る気がございませんし、我々ロード教聖職者は神から与えられた罪に対して向き合い手を取り合うことが重要事項なことです。そして、天眷者として悪魔に成り果てた貴殿方を私達は死神と共に止めなければなりません。後覚悟をお願いします」
ヴァビルカ教皇が達観したことによる敵対宣言発言で心が緩みかけていた枢機卿が天眷者としての責務に気づかされたことで一斉に身構える。
数上では悪魔である枢機卿が少ないのだがどこか余裕があっておかしい。
「貴殿方が愚かで残念だ」
「私も貴殿方が道を外したことを深く嘆きます」
既に別つを絶った両者。そこに再び笑い声が響いてきた。
「クククク……ハハハハハッ!こうでなくては面白くない!」
突然の笑い声に全員が何かと驚く。
「この笑い声がどこから!?」
「オティエノ!ファビオ!」
「ダメだ、気配が拡散していて本物がどれかわからない!」
「こっちも……えっ!?」
領域の展開で異変に気がついたファビオは慌てて叫んだ。
「ディオス逃げろ!」
「え!?」
ファビオに声をかけられたディオスはその瞬間、背後からの違和感を感じた。
「一人目~、いっただっきま~す」




