引っ掛け
新しいスマホになってから操作に苦労が……
ヴァビルカ教皇は微笑んだままハイエントを引き連れて祭壇から降りると驚きと、困惑の表情を浮かべている枢機卿へ歩み出した。
「教皇……?」
「ヴァ、ヴァビルカ、教皇……?」
「はい。既に亡くなって天国へと赴かれたはずのヴァビルカ教皇です」
戸惑う枢機卿をヴァビルカ教皇は微笑んで茶化す。その様子は戸惑う枢機卿を面白おかしく見ているようである。
「い、生きておられたのですか!?」
「お待ちくだされ。ヴァビルカ教皇は悪魔の呪で亡くなられたはずです」
「呪とは本当なのですか!?」
「死神が言っておられましたがこれは……」
「しかし、生きておられるではないか!」
「それではあのお方が偽物とでも申すのですか?そうは思えません」
「一体どういうことだ?」
ヴァビルカ教皇の生存と少数の枢機卿しか知らないはずであった死因が判明したことでざわめきは大きくなるが、一部は状況を理解して事の成り行きを見ようと飲み込んで静かに見据える。
「始めに申しますが、私はヴァビルカ教皇本人ですよ。そして大聖堂に侵入している悪魔を吊しだす為にほんの少し手を打たせていただき亡くなったことにさせてもらいました」
あっさり生存していることを告げたヴァビルカ教皇。更には自らを使って悪魔を探し出したと言うのだから全員がその重大さと深刻さを理解してしまう。
しかし、ヴァビルカ教皇が本来なら下に就いているはずの大司祭や司祭に悟られることなく自ら動き出したことを枢機卿は理解出来ないでいる。なんせ、本人曰くほんの少しと言ったが実際は大掛かりとなった今回の行いをする意味があったのかと計りかねているのだ。
「ヴァビルカ教皇、何故この様なことをなさったのですか?」
「そうです。自ら死を偽装する理由があったのですか?」
「死神、あなた様も噛んでおられたのですね」
一部枢機卿がラルクラスとヴァビルカ教皇を睨み付ける。その殆どは悪魔認定された枢機卿である。
「何故かと?天眷者でも相当の実力者が集う枢機卿に悪魔が入り込んだだけでなく本来の力を持ったままの悪魔に襲われた身からすれば何処に潜んでいるか分からぬ組織を頼ることなど出来るはずないの」
衝撃の事実だけでなく教皇が襲われたと聞かされた枢機卿は血の気が引く感覚に陥る。加えてヴァビルカ教皇の目は嘘を言っているように見えない。
教皇の役割ロード教の最高位や平和の象徴という活動を行うだけではない。サンタリアが置かれた頃からずっと張られている結界を安定させてサンタリアと死神を守る義務も兼ねている。
悪魔の狙いは死神であるはずなのに教皇を狙った理由は結界を不安定、あわよくば解除を行い悪魔が大群で押し寄せる足掛かりにしようとしたことと考えられる。
「あり得ませぬ!我々枢機卿に悪魔が潜んでいるだけでなく力を持ったままの悪魔がいるなど」
「ヴァビルカ教皇、貴方のお力は地に落ちてしまわれたのです。故に悪魔が力を持ち侵入なさったのです」
「口を慎めなさい!」
しかし、悪魔認定された枢機卿が有り得ないと言うばかりかヴァビルカ教皇蔑ろにする。
幾人かの枢機卿が注意を促すも反発して対立が起こるもヴァビルカ教皇は気にせず会話に割って入り込む。
「貴殿方は先程の死神の話を聞いておられなかったのですか?悪魔は大聖堂に侵入する術を得たことを意味していると」
悪魔が作り出した道具がその可能性を示唆していると言うヴァビルカ教皇。
だが、ヴァビルカ教皇は結界が完全なものであったとしても道具を使って侵入することは不可能と考えている。
敢えて悪魔認定されていない枢機卿を味方につける為に危機感を抱かせる嘘をついたのだ。
それでは何故力を持ったままの悪魔が侵入出来たのか。これには一つだけ心当たりがあるが今はまだ言わない。
もう少し悪魔を煽りボロを出させて言い訳不可能の状況に持ち込みたいからだ。
「本当にあの時は危なかったものだの。死神が異変に気づいて来てくれなければ既に結界はなく悪魔の大群が押し寄せていました」
安堵した溜息を吐きながら今生きていることに感謝する素振りをする。
ヴァビルカ教皇が力を持ったままの悪魔に襲われたのは本当のことである。
完全に不意討ちであったが教皇の地位にいる天眷者としての実力と死神であるラルクラスが刈り取ってくれたことで命を繋いだが、これが切っ掛けで悪魔が力を持ったまま侵入しているということが発覚したのである。
「それでは、悪魔の侵入は本当なのですか?」
「そう申しているではありまんか。死神と共に調べたら枢機卿の中にいるとは予想しておられなかったので驚きましたな。いやはや、ご老体の身では大変であったの」
(大変だったのはこっちだ!)
襲われてからの対策が大変であったと苦労を示す発言をするヴァビルカ教皇を死神側が反発するように心の中で突っ込んだ。
案はヴァビルカ教皇が考えたものであるが、実際に動いたのは死神達だ。ヴァビルカ教皇は労働というものを何一つ行っていない。
ヴァビルカ教皇が枢機卿を頼らず死神と共に調べたこと、それがどれ程重みがあるのか徐々に実感していく枢機卿。
「調べたと申しますが根拠はあるのですか?我々が悪魔であるという根拠がどこに?」
しかし、そう思わない悪魔認定された枢機卿は未だに反発をする。
すでにヴァビルカ教皇の言動に心を動かされて疑うようにして見る同じ枢機卿を前にしてもである。
「いくつかお答えしましょう。一つは教皇選挙が始まる前に皆さんがどういった方と接触したのか地道に調べたのです。怪しい方を選び死神達に確認してもらいました」
教皇選挙が始まる前に七人の死神が侵入していた悪魔を刈り取るべくして動いた方法がこれである。
予めラルクラスの方で判明していた者も付け加えられるが、教皇選挙が始まる前の枢機卿以外の悪魔は全て刈っていたのである。
「もう一つが選挙を四六時中監視を行いました。幸い監視に至りましては死神にそれを可能とする御方が多くおられましたので不可能でもなければこの場所の異変をすぐに知る手立てとしてついでにお願いをいたしました」
監視がついでとはどうかと思うが、それをしていたとなると他の枢機卿からしても教皇選挙は見られてはいけないはずなのにその事実にいい気はしない。
「そしてもう一つ」
「まだあるのですか?」
「はい。どうやらまだ納得されておられぬようでの。それに、これが本命とも言えます」
本命と言うことは確かな確証があってのことであると覚る悪魔認定された枢機卿は表情を強張らせる。
「悪魔の方はご存じのはずです。この地は天族によって守られておられることを」
天族と言う言葉に初めて知る枢機卿は驚きの様子を浮かべるが、誰もその事について言及はしない。
「そのお方のお言葉によると面白いものをなさっているのです」
「……面白いものとは?」
「どうやら、悪魔と関係者には首の後ろに星形の痣が浮かび上がり判別をしやすくしているとのことです」
ヴァビルカ教皇がそう言った瞬間、ラルクラスが名前を挙げた者達全員が動揺しながら首の後ろに手を当てた。
その行動に悪魔でない者達全員が注目し、ヴァビルカ教皇は笑みを浮かべた。
「すみません。これは嘘になります」
悪魔を騙したヴァビルカ教皇本人はご満悦であった。




