騙し合い
サンタリアの鐘がなり正門が開くのと同じ時間、聖職者の一行が死神の区画へと訪れた。
先頭を歩くのはヴァビルカ教皇の秘書であったケイトである。
「止まれ!」
その時、ケイト一行に向けて鋭い声がかけられると、廊下の曲がり角からローブを羽織ったユーグが立ち塞がる。
「死神のお弟子様ですか」
「ケイト殿、何様でここへ訪れましたか?」
「死神にお伝えしたいことがあり参りました」
「そうですか。それでは私が伝えましょう。お教え出来ますか?」
「直にお伝えしなければならないことですのでお目通りをお願い致します」
その言葉にユーグは目を細くして睨み付けた。
「直にですか。では、後ろに控えている者達はどういった理由で引き連れて来たのか?」
「死神に伝える話と深く関わっております。彼らもご同席をお願い致します」
頭を下げるケイトに釣られて後ろに控えていた四人の聖職者も頭を下げた。
それを見たユーグは考えて対応を決めた。
「それでは死神に面会の申し出をお伝えしましょう。その間は別室で待って頂くことになるがよろしいでしょうか?」
「その必要はございません」
ケイトはスッと片手を上げると、それが合図と言うように二人の聖職者がユーグを押さえつけた。
「何をする!」
「そのまま押さえつけていなさい。貴方は私と共に」
ユーグを一人の聖職者に任せるとケイトは残った三人と共に廊下を早歩きしてどんどん奥へと行く。
* * *
死神が何処にいるのか分からないはずなのに四人は迷うことなく死神の部屋の扉をノックや一声かけるということをせずに開けた。扉を開ける際は聖職者であるからか静かであった。
「失礼いたします死神」
そのまま部屋へと入ったケイトの言葉に部屋の隅にいたフードを被ったラルクラスが振り返った。
ケイトはラルクラスが静かに佇んでいる間に手に持っていた丸めた紙を広げて見せる。
「ここに現在政務を執り行う枢機卿の書状がありますし。死神よ、貴方は今回の教皇選挙期間中に多大な損害を行っております。我々ロード教はそれを許す訳には参りません。私と共に枢機卿の元へお越し願いたい」
枢機卿からの召喚命令を伝えるケイト。
しかし、ラルクラスは静かに首を横に振った。
「ケイト殿、それは無効、そもそも不可能だ」
「何を申しますか!ここに枢機卿団の召喚書があります!」
「死神とロード教は基本的に不可侵を貫いているがある事例を除いては干渉を許容されている。そして、ロード教がこちらに干渉する際は教皇の許可がなくてはならないこと。教皇不在時に政務を執り行う枢機卿団に資格がない」
ラルクラスの反論にケイト食ってかかる。
「それではこれは……しかし、枢機卿団は教皇の代わり!教皇と同じ権限があります!」
「聞き分けがないな。それに教皇不在時の枢機卿団が教皇と同じとは聞き捨てるわけにはいかない。教皇と枢機卿団は全く別の存在だ。あくまで政務だけを肩代わりしているだけでロード教全体と私に対する干渉は許容されていない。その命令書はただの紙切れだ」
命令書を紙切れと切り捨てるラルクラスに怒りが沸き上がるケイト。
そんなケイトにラルクラスはフードの奥にある感情が籠っていない冷たい目を向ける。
「おかしいものだ。ケイト殿はヴァビルカ教皇の秘書。このことを知らないはずはない」
鋭いところを突かれてケイトの表情が一瞬にして青ざめる。
「協力者である枢機卿に頼み勝手に作らせたのだろう。私が忘れているとでも思っていたのか怠惰の悪魔!」
ケイトに向けて悪魔と言い切ったラルクラス。
その言葉にケイトは不敵な笑みを浮かべた。
「何故気づいた?」
「今にも癇癪を起こしそうな様子とケイト殿としては不自然に権力を振り回す。あのお方は忠誠は誓えど力は振り回さない。ここまででおかしければ悪魔と分かる。後ろの三人、いやユーグを捕まえたもう一人も悪魔だろう」
ここまで分かっていたとなると残りの悪魔も演じるのは止めと雰囲気を変えて構える。
「ここまで分かっていたとは驚きです。このまま寝首を刈り取るつもりだったのですが」
「出来ると思っているのか?」
殺気を漂わせる4体の悪魔に構えを取るラルクラス。しかし、悪魔はまた不敵に笑う。
「出来ますとも。こちらには貴方のお弟子がいるのですから」
ユーグを捕らえたことへの余裕を浮かべる悪魔。
そしてすぐに、今度は音を立てて扉が開かれた。
そのちょうどいいタイミングに悪魔はさらに自信とやる気を募らせる。
「どの弟子がお前達に捕まったと言うんだ?」
しかし、予想していない声に4体の悪魔が慌てて振り返ると、そこには先程捕らえたはずのユーグが鎌を肩に乗せて立っていた。
「馬鹿な!?」
「何故だ……それにそれは!?」
悪魔は驚くしかなかった。ユーグがそこにいることに以上に肩に乗せている鎌、死神の武器を。
「ユーグは既に弟子ではない。死神、ユーグ・クラトリオ・アルデバランだ」
ケイトの体を奪い取った際に見た記憶にない事実に悪魔は驚愕する。
「それと、先程話したのは貴様の領分でありケイト殿が寄生によって悪魔になっていたことは随分前に知っていた」
またもや出た事実に悪魔は驚愕を通り越して殺意を込めて睨み付ける。
「図ったな!」
「お互い様だろう?そもそも貴様と同じというのも癪だがな」
ラルクラスの挑発に悪魔は完全に頭にきた。
「殺す!」
その瞬間、4体の悪魔がラルクラスへと突撃する。
しかし、それよりも早くラルクラスは死神の武器を4度振るい、一撃で悪魔を刈り取った。
「威勢がいいだけで骨がない」
溜め息混じりに言うと右手にバスタードソードを持ったまま左手でフードを脱ぐ。
ふう、と短く息を吐いて気分を切り替えるとユーグを見て言う。
「次が来る前に移動するぞユーグ」
「はい、アルフレッドさん!」
死神であるラルクラスに変装していたアルフレッドの言葉を受けてユーグは頷く。
悪魔の遺体はそのままにして二人は改めてフードを被ると次の場所へと移動を始めた。




