準備を終えた朝
アシュミストの朝、葬儀屋フネーラはこの日もいつも通り開店準備が行われていた。
「ファズ、こっち終わったよ」
「そうか。それじゃ中の片づけ……そういや鉢植えに水やったか?」
「あ、やってない!」
「それじゃ中片づけたら水やりやれよ」
「うん」
指示を出してミクが住居区に入って行くのを見届けたファズマは店内のカーテンを全て開けた。
昨日の何処か覇気のない様子だった頃とは違い今はきびきびと動いている。
昨日の様子をファズマ本人は一昨日にディオスに突然持ち込まれた要望が受け入れてしまったことへの衝撃によるものと考えている。
あの場でファズマも呼ばれたのはモルテの弟子でありこの一連を知る権利があるから呼ばれたこと。そこにディオスに要望である。自分ならまだしもディオスではと思うと受け入れられない思いである。
そして翌日の朝の失敗である。さすがに決まったことをまだ引きずって上の空になるのはどうかと気持ちを改めたことでそれからは失敗らしい失敗はない。
最後のカーテンを開けたところでちょうど店の扉が呼び鈴を鳴らして開いた。
「おはようございます!」
「おう、早いな」
入って来たのはいつも通り鳥の被り物を被ったマオクラフである。
夏で暑いはずなのにまだ被り物を被るのはどうかと思うかもしれないが、マオクラフにとっては防具であり、夏しよう冬しようと替えが数点あることから本人は困っていない。
「配達する手紙が少なかったからさ。あと水くれる?」
「構わねえが夏なんだから被らなくてもいいだろ?暑いだろうによ」
「そりゃ暑いけどこれないと困るんだよ」
「分からねえな」
それでも夏の暑さに息苦しさはあるようだが。
言い訳にファズマか首を捻るがマオクラフは構わず鞄から手紙を取り出した。
「はいこれ手紙な」
差し出された手紙を無言で受け取り差出人を確認するとファズマは居住区の扉を開けてミクに叫んだ。
「ミク、飲み水頼む」
「は~い」
ここずっと続いていることであるからファズマの言葉に疑問を抱くことないミクの返事が反ってくる。
そしてすぐにトトトッと水が入ったコップとジョウロを持ってミクが店内へと出て来た。
「はいお水」
「ありがとうな」
何度も繰り返していれば対応も早いかと思いながらマオクラフは感謝を言って受け取ると、ミクは外にある鉢植えに水やりと外へ出て行くのを見送る。
ミクが店内にいなくなったことでファズマは先程までの柔らかい雰囲気を厳しい目付きをして変える。
「それで、向こうは、ディオスはどうなった?」
ディオスの安否が気になるファズマ。マオクラフは被り物を脱いで額の汗を拭う。
「知りたいか?」
「勿体ぶらずに言え!」
ファズマの気迫に連れないなと思うもマオクラフはニヤリと笑った。
「今朝父さんから聞いたが……ディオスは無事だ。モルテ達に今回のことを伝えたって」
「本当か!」
「父さんが言ったんだから間違いないだろ」
レナードから聞かされたことに無事と解釈したマオクラフが言う。
実際は死にかけたのだが、連絡のやり取りでそのことは省かれている為に知っているのは本人を含めてエクレシア大聖堂にいる者しか知らない。
「ただ、向こうの都合で今回のことが終わるまでいることになるらしい」
「マスターが言ったんなら信じるが、帰って来てるのか?」
「ああ、朝一で帰って来て何処か行ったな」
レナードがまたアシュミストに戻って来ていることにファズマは僅かに驚いた。
「な~んか張り切ってたけどこっちにはこれ以上何もないと思うから安心してくれ」
「それが普通なんだよ」
マオクラフの言葉に毒を含めて言い返すファズマ。
その後、マオクラフが次の配達先へと出てすぐにオスローから「店長外出してしまった為に人手が足りません。ディオスさんを貸してください」と連絡が来てさらにアンナから「オスローさんから連絡来たんだけどそっちから出せないの?」などと数度に渡り連絡が来て、一体何処が何事もないんだと毒突くファズマであった。
◆
エクレシア大聖堂、秘密の中庭とを繋ぐ宿舎では有力者である枢機卿が雑談をしてきた。
「大分絞れてきましたね」
「ここまで来たら誰がなろうと喜んで受け入れましょう」
昨日の内に有力者の半数に票が振られたことでそろそろ決まるだろうと見るヘイゼルとシャルマン。
「しかし、いきなり票が片寄り始めたのには気になりますな」
「そこは冷静に考えてのご判断と思われますが?」
「それならいいのですが……」
急激な変化に不安視するヘイゼルをササイが静かに答える。
そこにルナマリアが訪れた。
「ヘイゼル殿、ここに居られましたか」
「ルナマリア殿ではございませんか。どうかなさいましたか?」
「ええ、この場所では言えないことですので場所を変えてもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ。すみませんが席を外します」
「構いませんよ」
会釈をしてルナマリアと共に離れるヘイゼル。
そんな二人をササイとシャルマンが静かに見送っていた。
◆
死神の区画では全員が準備を終えていた。
「それじゃ東館の地に芽吹く回廊の扉で合流しよう」
今回の作戦を立案したオティエノの言葉に全員が頷く。全員が死神特有の黒いローブを羽織っている。
「ハイエント、ヴァビルカ教皇を頼む」
「ああ」
まだ明かすわけにはいかないヴァビルカ教皇をハイエントに任すとラルクラスはアルフレッドに向く。
「ほどほどでいいがやるなら完封なきにやっても構わん」
「了解だ」
ラルクラスの言葉を受けてアルフレッドは一つ頷いた。
これからの運命をかけた教皇選挙6日目が幕を開けた。




