魔眼持ちの苦悩
時刻は深夜。ようやく外に出ていたモルテとハロルドは戻って来るなりラルクラスの説明を静かに聞き入れていた。
「そうか。連れ出すことは出来たが深手を負ったのか」
「それで怪我の方は?」
「ヴァビルカ教皇の天眷術で傷は塞がり完治している。だが、ヤードの話しではここに運ばれてくる間に血を流しすぎたようで昏睡している」
思っていた以上に深手を負っていたことに二人は顔を歪める。
何故これ程までに容態が深刻化になったかと言うと、見つけた場所が死神の領域で感知出来ないということは領域の移動も出来ないということだ。
サンタリアは元々管理者である天族ケエルによる結界で悪魔の侵入を防いでいる。しかし、その影響は皮肉だが死神にも出る。
死神が使う領域はよほどの使い手でなければ天族が張った結界の中で感知や展開を使えないほど影響を受けてしまう。
その証拠としてアルフレッド、アイオラ、ヤードは領域を使わず自らの足で走り、アイオラが魔眼で侵入してきた敵を把握している。
加えて、エクレシア大聖堂内ではケエルが秘かに内部を移動したりするためにその存在をほんの一握り以外に知られてはならない為に結界を強化していることもある。
これは人間が抱く天使の印象を崩さない為の気遣いでもあるのだが、その気遣いが今回は裏目に出てしまった。
しかし、ケエルはそれでも部分的に強化していた結界を解除する気はなかった。
今回の件は確かに天族にも不都合であるが、原因は人間にあるとして最低限のサポートのみに回ったのだ。
思いきって手を出してこない辺り天族に不信感を抱くかもしれないが、心の中では痛めていることを述べておく。
「それで、ヴァビルカ教皇とヤードは?」
「少年に付きっきりだ」
「名前は分かったのですか?」
「持ち物全て確認したらしいが分からないらしい。目を覚ますまで待つしかないだろう」
「そうですか」
何故隠し通路に入って来たの分からない少年の身元は後回しになる。
付け加えるならこの場にユーグもいない。
背丈が保護された少年と近いことから必要な身の回りの物を自室から取りに行って届けに行っているのである。
しかし、ここで所持品を改めて確認をしていたならすぐに身元が判明していただろう。そうなることをこの場において誰も思っていない。
「……申し訳ございません。私がしっかりトドメを指していればこんなことには……」
そして、保護した少年が酷い目になってしまったことが辛いアイオラは顔を伏せたまま謝罪を口にする。
「アイオラのせいではないと思うな。話を聞く限りじゃ俺もそれで決まったと思うから」
フォローを入れるアルフレッドだが、話を聞いた限りではあの状況ではアイオラでなくても難しいタイミングと思う。
アイオラ一人なら避けて悪魔が息絶えるのを見届けることも出来ただろう。しかし、アイオラの背後には3人いた。その3人、特に保護した少年に攻撃が向かっているのが分かっていた。
避けることも防ぐ為の領域が使えないアイオラが出来たことが悪魔の腕を切り落として攻撃をずらすことだけ。
それによって深手は負っても即死は免れたのだからやったことは無駄ではない。
「ですが、最初に見たものと変わりませんでした。そして、死に行く者ほど土壇場で何を仕出かすのか分からない。それを失念して怪我を負うことになったのは私のせいです」
「悪魔の執念がアイオラが見ていた未来を直前で変えた、か」
同じ魔眼を持つオティエノは他の誰よりも重大さを感じていた。
「領域が使えたなら違った結末になっていたかもしれないけれど、アイオラが最善を尽くしたお陰で彼は命を繋ぐことが出来たんだからもう後悔するな」
見ることに分類される魔眼持ちはその場にいてもいなくても見えてしまったものに何度も胸を痛めるものだ。恐らく時を見る魔眼持ちほど痛めるだろうが、変えられなかったことをいつまでも悔やむのは間違いであると促す。
「……そう、ですね。取り乱してしまって申し訳ございません」
ようやくアイオラが落ち着き始めたことに一同は安堵する。
モルテは話を聞きながら腕を組んだ。
「しかし、ここにも思った以上に悪魔が潜んでいたものだな」
「選挙前にやったあれは一体何だったんだろうと思うな」
モルテのボヤきにファビオが介入する。
「隠し通路は?」
「全て塞いだ。悪魔が入り込んで来ることはないだろう」
当面は安全なのだろうが油断は出来ない。
「もしかしたら悪魔独自の侵入ルートがあるのかもしれない」
「悪魔が?」
「天族が張っているのにそんなこと出来るとは思えない」
「もしかしたらって言っただけだよ」
思ったことを言っただけだからとばつが悪い表情を浮かべるアルフレッド。
「いや……途方もない時間をかけて探し出したとも考えられる」
「えっ!?」
「は……?」
本当に思い付いただけのことをモルテが真に受けたことにアルフレッドとファビオが驚愕する。
その時、部屋の扉が開いてヤードとヴァビルカ教皇が部屋へと入って来た。
「彼が目を覚ましました」
「そうか」
その知らせに全員、特にアイオラは胸を撫で下ろして喜んだ。
「話しは出来そうか?」
「私としてはまだ安静にしてもらいたいのですが、彼はどうしても話さないといけないことがあるからと聞きません」
「それはどういうことだ?」
ヤードの言葉にハロルドは首を傾げた。
「話を聞けば分かるか」
ラルクラスは数秒考えると動き始めた。
「行こう」
その一言で全員が保護した少年がいる部屋へ向かうこととなった。




