宣誓
正午の2時間前。サンタリア正門は未だに人の列が途切れる様子がなく、それどころか増え続けている。
「よく並んでいられるな。ま、俺はそれに便乗して一儲けさせてもらっているからな」
そう言ってメサは売る品の補充を終えると屋台に付けている椅子に座って客が訪れるまでその様子を見る。
正門が見える位置は観光客が通ったりサンタリアに向かう者が列を作る為にいるだけなのだが、それだけで屋台に気がついて顔を覗かせて品物を見てくれるから商売になる。
付け加えるなら死神としても正門が見える場所は悪魔の侵入に気づくことが出来る。別の場所からの侵入まで手は回らないが、少なくとも正面からの侵入の監視は特等席である。
椅子に座ってすぐに一人の人物が足を運んで来た。
「儲かってるか?」
「上々だ。初日だけあって飛ぶように売れてるな」
「そりゃよかった」
そう言って同じヘルニアの死神ルーベン・チェンバレン・カフが訪れた。
「何かあったか?」
「いや、近くに寄ったから見に来ただけだ」
「そうか。だったら何か一つ買っていけ」
「地元民に言うか?進めるかそれ?」
メサが進めた土産物にルーベンは飽きれ顔を浮かべて拒否する。
「それにしても、今日も一層と並んでるな」
「ああ。入るのが大体一時間後くらいだろうな」
「よく並んでいられるものだ」
改めて列を見たルーベンは人の多さと長い列に僅かばかり遠い目をする。
そしてふと、メサは頭に浮かんだことをルーベンに尋ねた。
「そう言えば、他の場所はどうだ?」
「何とか押さえ込んでいるな。手伝いに来た中に前回と前々回の七人の死神がいるから前みたいなことにはなっていない」
「前は酷かったからな……」
「ああ……」
8年前の騒動を思い出した二人は本当に大変だったと浸る。
なお、今回の教皇選挙に合わせてヘルニアに手伝いで訪れている死神は国籍と性別を問わず30人程である。
人数が多い理由は三つ。
一つはヘルニアの死神の要望を受けてのこと。
どうしても継承の儀と教皇選挙になると悪魔の数が増えてヘルニアの死神だけでは対処が不可能であるから様々な所に掛け合って手伝いを頼んでいるから。
もう一つが教皇選挙に純粋に興味があるか自ら進んで手伝いに訪れること。
時たま流の死神が巻き込まれる様にして関わることもあるが、ヘルニアに訪れると問答無用で手伝いをすることとなるのだ。
そして今回に至って最大の理由は死神であるラルクラスからの要望である。
七人の死神経由で『ヘルニアで出来る限り悪魔を食い止めてほしい』と何故死神が要望を出して来たのかは分からない。踏み込んで考えるとエクレシア大聖堂で何かがあったと考えるがそれはあくまで予測であり、死神側もそれについての追求は教皇選挙が終了した頃でいいと考えている。
それだけ死神はサンタリアの結界が弱まると忙しいのである。死神や七人の死神からの要望を聞いて調べることはあっても直接聞きに行くことはなく、死神側で起きていることに首を突っ込むことを避けているのである。
「結局、あの手紙は何だったんだろうな?」
「……俺に聞くな」
ヴァビルカ教皇の死去が発表されてすぐに送られて来た七人の死神の手紙が教皇死去とどんな理由があったのか気になるメサとルーベンであった。
* * *
正午の1時間前。死神と七人の死神及び教皇選挙に出馬しない枢機卿、大司祭等が秘密の中庭の前にある広い廊下「地に芽吹く回廊」に集っていた。
その様子は至って静粛であり、殆どが秘密の中庭の周辺に立っていた。
すると、東館に通ずる扉が開き、儀式長のメッドを先頭にして教皇選挙に出馬する枢機卿が列を成して入場してきた。
ゆっくりとした足取りで秘密の中庭に入って行く枢機卿を誰も声をかけることなく見届ける。
それから十数分が経った頃だろう。出馬する枢機卿と最後に入場した儀典長セルを見届けた一同は一部を除いて後を追うように秘密の中庭へ入ると壁に反って置かれた椅子に座った。
そして死神達は部屋を見守るように扉の前に立つ。
部屋に入って初めて出馬する枢機卿がどこに座るのかが分かる。
左右の壁に沿うようにして三列の長い椅子とテーブル、その椅子に枢機卿が座って祭壇に上がるセルを見届ける。
セルは祭壇に上がるとメッドの隣に立ち、台座に聖典を置く。
「教皇選挙に出馬される枢機卿達よ、汝等に以下の宣誓を誓いたもう」
部屋中によく通る声でセルは宣誓を唱える。
「一つ、出馬されたしは聖座の自由とこの選挙の秘密を守られたし。一つ、我等以外の外部の力を受けてはならない。一つ、我等は平等であり如何なる理由があれど背に背き不正を働いてはならない。以下のことを守られし者はこの聖典に手を置き名を唱えよ」
宣誓が言い終わると右の前列に座る枢機卿全員が立ち上がった。




