閑話 ハロルドの葛藤
「まったく、食わされた感じだ」
そう呟いたハロルドはテーブルに頬杖をついて不機嫌にぼやいた。
「まだ気にしてるのか?」
「気にしない方がどうかしていると思うが?」
そう言ってハロルドはファビオを睨み付ける。
しかし、ファビオも理解はもとより同じ気持ちだと肩を落とす。
「確かに、俺もさすがにあれはないと思うな」
「本当に食わされた感じですからね」
そしてヤードもハロルドとファビオと同じだと頷く。
「まさかあれ全部がヴァビルカ教皇の自作自演とは……俺達がどれだけ必死になっていたと思うんだ!」
全ての苦労はヴァビルカ教皇の掌で遊ばれていたも当然の事実にふてくされるハロルドに全くだと他の二人もまた頷く。
ヴァビルカ教皇が生存を明かしたあの日、その目的とそれに必要だった裏工作の全て明かしたのだ。
ヴァビルカ教皇の目的はエクレシア大聖堂に潜んでいる悪魔とその関係者を吊るし出すこと。
これに至ってはラルクラスも頭を抱えていたことであった為に吊るし出すこと自体は賛成であったが、それをヴァビルカ教皇の偽装死で引き出し、七人の死神が自力で気づかせることにしたのだ。
遠回りしているようだがその行動にはちゃんと意味がある。七人の死神が何も知らずに動き回ることで今までの動きと違うことに悪魔は行動を予想出来ず結果として牽制となる。しかも偽装の死去により悪魔の不意を突くことが出来た為に死神側の準備が一足早く終わり悪魔が思う通り動けなかったのだ。
この一見したらヴァビルカ教皇の計画勝ちの様に見えるが、それを可能にさせたラルクラス、ハイエント、ユーグは思いっきり振り回されることとなった。
ラルクラスは死神としてエクレシア大聖堂にいなければならない為にユーグがヴァビルカ教皇と共にトンへ赴いてキャメロンの偽装死を行い、ハイエントが秘かにエクレシア大聖堂まで運びいれることとなった。
この計画はハイエントがいなければなし得なかったであろう。
ハイエントの存在はラルクラスとユーグ、ヴァビルカ教皇、前回集まった七人の死神以外生存を知らない。他の死神は死んでいると誤解をしており、更にはその誤解を悪魔もしている為に完全に自由なのである。
だから墓地に埋められた後のキャメロンを誰にも気づかれることなく掘り返して連れて行くことが出来たのだ。
そして今回集められた七人の死神が偽装死であることに気づかせる為の工作も行っている。
キャメロンが付けていた呪の指輪が入っていた箱をヴァビルカ教皇から受け取り遺品に巻き込ませたり、墓地の扉を壊したりと、とにかく七人の死神にヴァビルカ教皇は死んではおらず生存をしているのだと教える為の工作をいくつもしていたのだ。
もしかしたら今回の計画で最も動いたのはハイエントであり、何もしていないのは計画を立てたヴァビルカ教皇かもしれない。
「死神と先代死神であるハイエントさんも巻き込んで私達を騙しているくらいです。しかもそれを平然とやるとんでもないお方です」
「だけど、あれくらいやらないとあの偉業は達成出来なかったんじゃないかな?」
ヴァビルカ教皇の自重しない身振りにやり過ぎ感を抱く三人にいつの間にいたのかアルフレッドが話しに加わった。
「アルフレッドいつから?」
「今さ」
自室から戻って来たら話が聞こえたと言うアルフレッドにファビオが尋ねる。
「ところで、偉業って言うと12年前の終戦のことだよな?」
「ああ。あれくらいの強かさを持っていないと出来ないんじゃないかと思うんだ」
「あれは強かじゃなく食わせものだろ!」
ヴァビルカ教皇の認識がおかしいとハロルドが反論する。
しかし、その様子をアルフレッドは面白いと見つめる。
「……何だ一体……?」
「いや、本当に話すようになったなって」
「もういいだろそれは!」
「いいって言うけどハロルドが一番よそよそしかったからさ」
「だからもう言うな!」
またかとハロルドは突き放すと少しだけ顔を暗くなる。
「僕自身自覚していたことなのだから……」
「それはどういうことだ?」
言って、ファビオに尋ねられたことで言ってしまったと動揺を起こすハロルド。しかし、言ってしまったと口は閉じることなくその訳を話し始めた。
「本来、ここにいる筈だったのは僕の師、ラウラ・ネルソン・ミアブラドゥスだからだ」
「ハロルドの師ですか?」
「そうだ。彼女が辞退して僕が来たんだ。正直言って僕が代わりを務まれるはずないと思っていたんだ」
「……何言ってるんだよ」
自虐的になるハロルドをアルフレッドが鋭い目付きで睨み付けていた。
「こっちは師に死ぬなと言われただけで全く構ってもらえなかったんだ。認められているだけいいじゃないか」
何故か羨ましいと言うアルフレッドに全員が激しく厳しい口調に驚く。
「ハロルドなら務まれるはずだと思って彼女は押したんだろ?それだったらやり遂げる方が義務なんじゃないのか?」
前回招集されただけあってアルフレッドの口調は厳しいものであったが、ヤードとファビオからしてたらあまりにも鋭すぎると思った。
対してハロルドの反応は冷静であった。
「ああ。あの時まではそう思っていた。けれど今はそんなことはどうでもいい!こんな滅茶苦茶な場所で息絶えるくらいならそれを利用してでも足掻くだけだ!」
「いいのかよそれ!」
ハロルドの決意に焦点ずれてないかとファビオが突っ込む。
「そう、自分の為にやる。それが一番だ!」
「おい!」
そこでそうだと頷くアルフレッドにファビオは続けて突っ込みを入れて、これについて突っ込みや否定をすればこっちが丸め込まれる、元より自分も薄々エクレシア大聖堂で起こる出来事に適応しつつあることを自覚して勝手に終わって溜め息を付く。
アルフレッドも短く息を吐くと前回と今回の出来事を比べて肩を落とした。
「だけど、まだこっちの方がいいくらいだ。前回は酷かったからな」
「酷かった?」
「どれくらい酷かったんですか?」
そのぼやきにヤードとファビオが食いついた。
死神に招集されてその時の出来事を知るのは七人の死神かヘルミアの死神くらいである。そこから広まることはほとんどない。
故に二人が興味を示すのは必然である。
その反応にアルフレッドは悪い笑みを浮かべた。
「聞きたい?」
「……その表情が何なのか分からないけどこれからの参考になるなら是非」
ファビオの言葉にヤードも頷く。
その様子にハロルドは聞かない方がいいのにと思ったが、すぐにアルフレッドが8年前の招集について話し始めた。
「始めに何度も言うけれどあれは酷いものだよ」




