確信を得る為の手紙
オティエノは分厚い手紙の封を開けるとそのまま入っている束の便箋を取り出して広げる。
「分かっているところは飛ばすよ」
「出来れば俺達が知らないことは飛ばすなよ」
「分かったよ」
先程のこともある為に釘を刺しておいたファビオ。
そして、オティエノは手紙を要約しながら読み始めた。
「ヴァビルカ教皇は、トンに生まれて34歳の時にエクレシア大聖堂に移ったらしい。その後は修業を積んで大司祭、枢機卿に選ばれて20年前に教皇になった。その後は数々の実績を残している。家族構成は一人身でなし。血縁で唯一弟がいるだけ」
「オティエノ、それは本当ですか?」
読み初めてすぐにアイオラが確認に入った。
「アイオラ、どうかしたのか?」
「……確か、教皇は就任から退位するまでの間は二つの指輪をはめているのでしたよね?」
「そうだ。右手人差し指に先導者の証である「羊飼いの指輪」と小指に教皇個人を証す「鳥の指輪」をだ」
モルテの解説を聞いてアイオラはしばらく黙り、ヤードに尋ねる。
「ヤード、ヴァビルカ教皇の指に違和感はありませんでしたか?」
「……すみません、爪に気がいっていたので覚えていません。恐らく見ていなかったと」
「そうですか」
あまりよくない解答にアイオラはまた黙り込む。
「アイオラ、どうしたっていうんだ?」
何故指ばかりを気にするのか分からないアイオラにファビオが問いかける。
「……私の見間違いでなければ、ヴァビルカ教皇の遺体の右手は人差し指と小指が細くはなく、代わりに左手薬指が細かったと覚えています」
「ん?それって……」
「オティエノ!」
「確認する!」
おかしいと続けようとしたファビオであったが、それよりも早くアルフレッドが手紙の中身をもう一度確認してほしいと促してオティエノが慌てて確認を始めた。
「ヴァビルカ教皇に恋人や愛人がいたってことは書かれていない」
「いない?」
「……そうか」
アイオラの言葉と手紙が矛盾した。
「ヴァビルカ教皇の遺体をもう一度確認するか?」
「いや、手紙を聞いてからでもいいと思う。続き読むよ」
ハロルドの提案を後回しにと一時中断していた手紙の確認を再開する。
「ヴァビルカ教皇の弟キャメロンは25でニーナと結婚。その後は子供二人が出来て四人で過ごす」
「やっぱりあれは結婚指輪だったのか」
指輪に彫られていた文字からしてそうなのだろうと思っていたが、手紙がそれを確信にさせた。
「目ぼしいものは……これだ。今から4年前に体を崩している。寝たきりになることが多かったみたいだ」
「それでもしかして二ヶ月前に?」
「そう書かれている」
やっぱりこうなるのかと予想が当たったことにしみじみする七人の死神。
「キャメロンの死因は、不明……?」
「不明!?」
「何故分からないんだ!」
「知らないよ!そもそも葬式を開いてなければ死神にも知られずに埋葬されたらしいんだ!」
「何だと!?」
まさかのことに七人の死神が体を出して追及する。
葬式には全て死神が関わっている。
葬式だけではない。葬式をする前の過程には葬儀業を生業とする死神以外に最低でももう一人の死神が携わっているはずなのだ。
全ての過程を飛ばしての葬式などあってはならないこと。これがなされずに意味することは最悪のことである。
「死神にも知られずにって、それじゃ不死者か生霊になっているじゃないか!」
「それが、トンの司祭の話じゃヴァビルカ教皇一行に死神の弟子、多分ユーグのことだと思うけど、ユーグが繋がりを切ったって言っているんだ」
「死神の弟子がわざわざ一緒に?」
「それと遺族の意向で時期が時期だからと街に知らせることをしないで静かに葬式をしたみたいだ」
「……なるほど」
何故ユーグがヴァビルカ教皇と共に行くことになったかは分からないが、それではトンの死神がキャメロンと関わっていないことになると納得する。
「キャメロンの死因は?」
「原因不明の病気らしい。けれど、指輪に呪がかけられていたのなら本当の死因は病気じゃない」
「指輪にかけられていた呪に魂を侵されたか」
ヴァビルカ教皇の血縁と知ってかは分からないが、それなら死として哀れである。
「もしかしたら、トンを訪れた時に指輪を遺品として持ち帰ったんだろうな」
「そして封印をした」
「だが、それならどうして浄化をしなかった?ヴァビルカ教皇なら分かっていたはずだ」
「確かにそうだ。それを何故行わなかったかが全く分からないな」
昨日話した続きを引き出してヴァビルカ教皇が行った処理不足分について頭を抱えて悩むオティエノ意外の七人の死神。
オティエノは続きを話す為の準備として手紙を読んで、ある一文が目に入った。
「これは……」
「何かあったか?」
「ヴァビルカ教皇の死因と似たものがキャメロンに持病としてあったようなんだ」
「本当ですかそれは?」
「ああ」
「どんな持病?」
似たものということでこれでもかと食い付く様子にオティエノは一瞬だけ戸惑ったが、すぐに平常心を保って一文を読む。
「キャメロンは豆を食べると肌に吹き出物が出て僅かに痒くなるだけだがそれだけのこと。しばらくすると引く」
「え……」
読み上げられた一文に再びアイオラが反応したが、今度は顔を青ざめている。
「なるほど、食べ物による体の過剰反応ですか。確かにそれは持病ですね」
「食べるのも控えていただろう」
手紙の内容にモルテとヤードはそれがどういった症状と起こる原因であるかと知っていた為にすぐに理解してしまう。
しかし、それを聞いてアイオラがさらに顔を青ざめて慌て出すわ
「オティエノ、ヴァビルカ教皇にも同じ持病はありませんか?」
「……書かれていないけど」
「アイオラ何か気づいたのか?」
見ていて動揺していることが分かるアイオラの様子を不審に思いファビオが尋ねる。
そして、
「ヴァビルカ教皇の吹き出物は、それが原因です」
「は?」
突然何を言うんだと一部が怪訝を示して、それがどういうことかと理解すると確認を始めた。
「待った、確かにヴァビルカ教皇の遺体には吹き出物が出ていたけれどヴァビルカ教皇にはそんな持病はないって言うじゃないか!」
「そもそもヴァビルカ教皇が食べた朝食に豆なんてなかっただろ?」
「あります。ミートパイにかさましとして豆が入っているんです」
調理場に赴いてはレシピを聞いていたアイオラだからすぐに分かったとんでもない事実。
その事実に一同は騒然とする。
それから七人の死神は手紙の中身を詳しく読むと互いに思っていたこと話し合った。
その中身は「やはりそうなのか」と呟いてしまうほどに殆どが近いものであり、何よりも少しだけ埋め合わせをすれば一致してしまう、様は七人の死神全員が既に同じ結論に辿り着いていたのだ。
ただ、手紙は分かっていなかったことに加えてそれをさらに確かなものとする為に必要であっただけのこと。
そして……
死神の部屋の扉をモルテは片手で思いっきり開けた。
その音にソファーで静かに本を読んでいたラルクラスは顔を上げた。
「モルテか。今日は来ないと思っていたんだが……他の七人の死神も連れてどうしたんだ?」
モルテの背後に控えている七人の死神の姿も確認して言う。
しかし、無表情のラルクラスとは対照に七人の死神の表情は強張っていた。全員が。
そんな七人の死神にラルクラスの向かいに座っていたユーグが体を固くして睨み付けるが、そんなことお構いなしとモルテが進み出る。
「ラルクラス正直に答えろ。本物のヴァビルカ教皇はどこにいる!」




