誘い出し
階段を降りて歴代の教皇の遺体が石造りの棺に納められている墓地に着くと、ファビオは徐々に安置所へ向かって来る存在を感知した。
「来た」
「早いですね」
ファビオの声にヤードは予想よりも早かったことに驚くも、表情は険しい。
「あれが上手くってくれるといいんだが……」
「いってほしいと思います」
「そりゃユーグが考えたもんな。上手くいってほしいよな」
ユーグの心配する呟きにファビオが同意して、墓地の奥を見据える。
「どうですか?」
「悪魔がいる感じはしない。もっと奥に言ったか、もしかしたら……」
「上手く隠れたと言ったところでしょうか?」
ファビオが言いたいことを察してヤードは死神の力を目に纏わせてファビオが展開している極々弱い領域を認識する。
これが安置所から墓地の奥へと今も広がりながら一定の維持をしているのだから少なくとも上の様子を気にせず進めるのがありがたい。
「何か起こったら伝える」
「分かりました」
ファビオの言葉を信じてヤードは案内人のユーグに声をかけた。
「ユーグ、ここから先、何があるか分かりません。場合によってはあなただけを逃がすこともあります。その場合は従ってください」
「分かりました」
ユーグは頷くと先導する為に二人の前に出て歩き出した。しっかりと、緊張を纏わせて。
◆
階段から安置所に入って来た人物はアルフレッドとハロルドを見て声を上げた。
「ここで何をしている!」
「何って、後片付けをしていただけだよ」
「まさか、あの扉を壊したのはお前達か!」
「あんなもの人の力じゃ壊せないと思うけど?」
声を上げる警備員の言葉にアルフレッドがおどけた様子に言う。
「どうやってここまで入って来れたか知らないが、ここがどこか知っているのか!」
「逆にお前がここがどういう場所か知っているのか?」
注意を促して近づいて来る警備員にハロルドが逆撫でするように煽る。
「ここは神聖な場所だ。お前達の様な者が訪れてはいけない場所だ」
「場所な。それじゃ何でお前はここに来ているんだ?」
「業務だ」
「業務?」
「そうだ。定期的に見回りをしているが、扉が壊れていることに気がついて見に来るとお前達がいたということだ」
「なるほど」
事情を話してくれてありがとう、と素っ気ない態度を示すハロルド。
そんな仕事に生真面目な警備員にアルフレッドが申し訳ないけどと言う。
「あいにくこっちは正式にここへ訪れる許可を得て来ている」
「馬鹿な……一般人がどうして?一体誰が?」
「警備員の知らない偉い人にだよ」
「だから誰だと!」
「警備員が知ることじゃないから言えないな」
「この……」
アルフレッドの勿体振る言動に頭に来た警備員は飛び付こうとして、すぐに冷静になった。
「いい。上で話を聞こう。共に来てもらう」
「その必要はございません」
冷静になって対応を決めた直後、安置所に警備員とは違う人物が現れた。
服装は祭服、エクレシア大聖堂の聖職者である。
「その方達が申していることは本当のことです」
「しかし……」
「私達聖職者にしか知らされていないことです。警備員であるあなたが知らなくて当然のことです。これ以上この方達に無礼を働くのはお止めなさい」
仕方がないこととはいえそれで相手の気が悪くしてしまってはいけないと聖職者は前に出てアルフレッドとハロルドに謝罪を口にする。
「ご気分を悪くしてしまったようなら申し訳ありません。どうかこの者に寛大なご配慮を」
「気にしていないよ」
「知らなかったことだからな」
聖職者の謝罪をあっさり受け入れたアルフレッドとハロルド。
二人の反応に聖職者はホッとすると、質問をした。
「しかし、お二方は何故ここに?」
「墓地に異変が起きたから来たんだ」
「何と!?」
それには聖職者だけでなく警備員も驚いた様子を浮かべた。
「様子は?ヴァビルカ教皇のご遺体は?」
慌てて問いかける聖職者にアルフレッドは残念そうに言う。
「俺達が訪れた時にはもう、ヴァビルカ教皇の遺体はなかった」
ヴァビルカ教皇の遺体が入っているはずの木製の棺はテーブルからなくなっていた。
その言葉にまた聖職者と警備員が驚きの表情を浮かべた。
これがユーグが出した案である。
ヴァビルカ教皇の棺を別の場所に隠して訪れた者の反応を見て、相手がどんな人物か見きわめる。
棺を隠すのは安置所で起こるあらこれを考えてのこと。
そして、訪れた者達に不審な点があればそれはすなわち……
「な、なんてことだ……早く探しださなければ!」
「待てよ」
棺ごと遺体が盗まれたとなれば大変だと顔を青くする聖職者にハロルドが冷たく止める。
「その前にお前がどうしてここに来たのか聞いてないんだが?」
「何を今……」
「答えろ」
ハロルドの睨みにそれどころではないと反論しようとした聖職者は仕方なく言う。
「この方がここへ降りる様子を見たからです」
「なるほど」
それを聞いてハロルドは警備員も睨み付けて、茶番は終わりだと鎌を一振りした。
「なっ!?」
「何を!?」
突然の乱暴に聖職者と警備員は辛うじて避けると驚いた様子でハロルドを非難する。
「一体何をなさる!」
「それはこっちの台詞だ!勝手にここに入って来て生き残れるとでも思っていたのか悪魔!」
その言葉に安置所全体に領域が展開されるのと聖職者と警備員改め2体の悪魔が驚愕の表情を浮かべた。
「いつから気づいていたというのだ!?」
「最初から、お前達が安置所に来てからだよ」
何故と分からない悪魔にアルフレッドが理由を言う。
「本来聖職者や警備員はここへどんな理由があっても足を踏み入れてはいけないこととなっている。入るには死神の許可がいるからだ」
ヴァビルカ教皇の遺体を確認する時は枢機卿の立ち会いであったこととエクレシア大聖堂という聖職者の管理下に置かれていると認識されているが、本来墓地の管理は死神にある。
墓地へ入るには死神の許可と同行が必要なのである。
ただし、これに死神が含まれていないために例外なのである。
「それだけでか!?」
「そこの聖職者に化けている悪魔はだけど、警備員に化けた悪魔はまた別だよ」
「何?」
警備員にはさらなる根拠があるとアルフレッドは追い詰める。
「エクレシア大聖堂の警備員は二人一組で動くこととなっているんだ。単独で動くことはしないよ」
「単独で動くことくらいあるだろう!」
「ここへ一人で入って来る警備員はいないし、警備員もここには入れないってさっき言っただろ?」
「まさか……」
「エクレシア大聖堂にいる人達は全員入ってはいけない場所を熟知しているんだ。だからどんな理由があっても許可が降りるまでは入れないんだ。それがここじゃ当たり前なんだ!」
「無闇にここへ来たのが悪かったな!」
最初から失敗していたのだと口で攻めるアルフレッドとハロルド。
直後、2体の悪魔は人から異形へ姿を変えていく。
「はははは!なるほど、誘い出されたと言うことか」
「軽率らしいがそれはそれでいい。ここへの侵入は成功した!我々がだ!」
悪魔の言葉にアルフレッドとハロルドは顔を歪ませた。
「あいにくだけどお前達よりも先に侵入に成功した悪魔がいるけど?」
悪魔の目的に検討をつけたアルフレッドとハロルドは視線でやり取りを行いもう一芝居を打つ。
「一つ聞く、ヴァビルカ教皇の遺体はどこにやった!」
「我々よりも先にだと!?」
「誰が!?おのれぇぇぇ!」
その様子に二人は違和感を感じるもこれからだと身構える。
「知っていること全て吐いてもらう!」
ハロルドの殺気が悪魔へと完全に向けられた瞬間、安置所での戦いが始まった。
4月終わる前に今章の真相を書きたかったけれど無理な気がしている今日です……




