先が長い
「……」
資料庫内でヤードとファビオは再び考えが甘かったことを突きつけられていた。
「予想外だなこれは……」
「もうここでは予想外のことが当たり前と認識を改めた方がいいかもしれませんね……」
「……涙が出そうなくらい同意する」
目の前の現実とこれからの展開を思ったヤードとファビオは意気消沈した。
その原因は横に長く大きなテーブル二つに山として積み上げられた記録の資料、その全てがヴァビルカ記録の公務記録の一部でしかないからだ。
「言われるがまま持ち出したらこれでもまだ一部とは……」
「どれだけ詳細に記録しているんだ……」
「公務の予定から埋め合わせ、それから先方とのやり取りに移動経路及び移動手段もろもろです」
「ちょっと待て!もろもろって何だもろもろって!?」
「ファビオ、聞き出したらキリがないと思いますから聞かない方がいいかと」
「……そうだな」
カクマーの無表情の説明に突っ込みを入れたファビオであったが、ヤードに精神的に持たないことを促されて追及をやめた。
「しかし、これで一部ってなると先は遠いな……」
「もう少し絞りますか?」
「そうだな……」
改めて資料の山を見て方針を考え直す二人。
とは言え、そんなに深く考えることなくすぐに出る。
「全ての公務ってのが間違っていたんだ。エクレシア大聖堂内部をアイオラとオティエノの二人が調べているのなら俺達は外を調べるべきだ」
「それは結界に綻びがないと考えてですか?」
「ああ。綻びがないなら原因は外だ。それに内側に原因があったとしたら二人が教えてくれるはずだし、あったらそれは綻びがあることを証明している。それならそれまでに外の公務記録を調べればいい」
「大胆に考えましたね」
「ヤードもそうするべきだと思っていたんじゃないか?」
「見抜かれてましたか」
同じことを考えていたことをファビオに見抜かれていたヤードは少しだけ笑った。
「これだけ多いといくつか切り捨てないといけないんだ。そうしたらまだ予想でしかないことを後に回す筈。そう考えたら俺と同じになるだろ?」
「確かにそうですね。必要なものを要約したところでこの数の前では終わりそうにありませんから」
「絶対に終わらないな。あんたが法医学者であろうが、俺が新聞記者であろうが、死神であろうが調べられることに限度はある。それだったら手を付けられるところから調べるべきだ」
何事にも限度はある。その限度を越えることは今は出来ないし、その限度の先がどういったものか今の段階では見えないし分からない為に無茶なことは出来る訳もない。
「では、方針が決まったことですし、どうやって調べるかですが……」
「話し反らしたな……そうだな、最近外であった公務を過去に遡ろう。そこをその場所に住んでいる死神達に手紙を送って何かなかったか聞き出す」
「それと教皇が公務で会った者のことも調べなければなりません」
ひとまずサンタリアの外と決めた二人はさっさと具体的なことを話し合うと椅子に座って、顔を見合わせた。
「どうして座るんだ?」
「いえ、何故ファビオも座るのですか?」
「それはこっちの台詞だ!いや、さっきも言ったけど、ヤードが資料を探しに行くんじゃないのか?」
「ファビオがしないのですか?」
どうやら互いに相手がまだ納められている資料の中から必要な資料を取りに行くものと考えていたようで考えていたことと違っていたことに驚いている。
「それでしたら、私達が必要な記録をお探ししてお持ちいたしましょうか?」
そんな二人に呆れながらカクマーが手助けを申し出る。
「いいのか?」
「はい。枢機卿からは手を貸すようにとも言われています」
「それは助かる」
ホーマンの言葉に二人はありがたいと思った。
何せ、何処から何処まで、どの場所に必要な資料が納められているのかは一緒に着いて来てくれているカクマーとホーマンにしか分からず、同行をお願いして探し出しても今度は要約する時間がなくなる。後二人、そう考えずにはいられない程である。
だから司祭二人が自分から持って来ると言ってくれたことがすごくありがたいのだ。
「それじゃ俺達はここにいるのでお願いします」
「分かりました」
そうして司祭二人が遠くへ行くのを見届けたヤードとファビオはヤル気の目で見合う。
「それでは始めましょう」
「ああ」
ヤードの言葉を合図にして一斉に山として置かれた資料の一つを手にして中身を見始めるのであった。
◆
(……どうしてこうなった?)
ラルクラスは自室で非常に困ってしまっていた。
その原因は目の前のソファーに座っているモルテである。
朝食の時に七人の死神から役割4つ目を聞かされたラルクラスは心の底から驚き、必死になってその役割をなくしてほしいと頼んだのだが、盛大に反対されたのである。
それでもやめてほしいと必死になって頼んだ結果、夜は護衛なし、今日を含めて三日間何もなければ解除とものすごくラルクラスの望みを叶えるものとして渋々合意させたのである。
ラルクラスにとってもそこまではよかった。しかし三日、それも護衛として夜以外付いて来ることに困惑が募りに募り、息苦しく感じ始めてきたのである。
一言もモルテと会話がないために。
「ラル……死神、飲み物は?」
「……頼む」
そんな空気に時々ユーグが声をかけてくれるのがありがたく、ラルクラスはすぐに反応するが、ユーグも雰囲気を察しているがそこから抜けられずにいる為に長く話が続かない。
そこにユーグが淹れてくれた紅茶を飲んだモルテが呆れた表情を浮かべながらカップを置いた。
「何を困惑しているんだ?」
「いや、困惑じゃ……どうして貴女が俺の護衛にと思っただけだ」
「ヴァビルカ教皇に呪をかけた者がいるかもしれないからだ」
「それなら既に狙われているだろう」
「そうだな。だからラルクラスの頼みを条件付きで認めたんだ。その間は堪えるんだ」
疑問に思って取り合えずこの沈黙を払えればと思ったのだが話は長く続かず終了してしまいラルクラスは溜め息を付いた。
そんな様子にまた呆れたモルテは今まで避けていた話をしようと口を開いた。
「そんなにも話したいのなら今度は私が尋ねよう。一日二日では終わらない話だ」
「どんなだ?」
ラルクラスの沈黙に疲労しきった目を見ながらモルテはまっすぐに見て言った。
「ラルクラスは今回の件をどの様に思っている?」




