影
日が沈み、真夜中となったミノリア島の上空を影が滑降すると、そのまま上空で停滞した。
「まったく、あの女の生霊の気配がなくなったから急いで来て見れば、異界が消えている!」
影は最後に見たはずの異界がなくなっていることに悔しがって唇を噛むが、考えを改めた。
「10年、か……随分長く保っていられたものだ。ま、生霊達は10年が限界って言ってたか。つまり、最長記録の仲間入りか?」
これまで幾度となく生霊と会ってきた影は自分が関わった生霊が自我を長く保てられたことに喜びを感じた。
「そうだ!生霊は10年と言っていたが後一年、11年は保てないだろうか?そうなると強い魂を探すことになるがいいだろう」
次の目標を見つけた影はそのままミノリア島を立ち去ろうとして振り向き、首に嫌に冷たいものを当てられたことに顔を強張らせた。
「……死神か」
「そうだ」
死神、モルテが影の後ろからいつでも刈り取れるように首に鎌を引っかけている。
しかも、影同様にモルテもミノリア島上空に停滞している。
「ちょっと誤算だったかな?あの生霊が刈られたってことは俺の存在も気づかれているって考えるべきだったのに……」
「私の知人に言わせるなら、犯人は何とやらと言うらしい」
「ははは!犯人?俺は犯人じゃない」
笑う影にモルテの声が鋭く威圧感をかける。
「一人の女性に死を迫り殺させたではないか!」
「殺してはいない。自分から死んだのだアレは!」
「命を永らえさせると言い死の選択を選ばせたのは誰だ!殺したも当然!弄びおって……!」
「失礼な!アレは長くて数年の命。生霊になったことで倍生きた。永らえさせのは嘘ではない」
「姿形が変わり、いつ人間を襲い血まみれになる存在に成り果てるとしてもか!」
「それが本来ある生霊の存在意義。死神がその様に言うなど無粋だな」
「人間の命を玩具の様に粗末に扱い、笑う。その様に平然と行う貴様に言われる筋合いなどない!」
生霊が本来はそう言うものだと悪気も悪意も抱かず己に酔いしれる声を出す影にモルテは吐き捨てるが、影はそれに激しく食らい付いた。
「まさか。人間の命を粗末に扱うなど、邪心な!」
「そうであろう!人間を生霊や不死者へと促し、失敗したなら死神刈らせる!まともな成果など出るはずがなかろうに懲りもせず長くつづけられるものだ!」
「今回は成果があった!10年保てた!そして、死神に刈られたことなど当たり前のこと!そうして新たな目的に移ることが出来る!」
影の言葉に先程から抱き続けている殺気が膨れ上がるモルテ。
「だが、予想以上だった。最初に面倒をかけて、長くて3年と思っていたのだが10年も持つなど持っていなかった!もう少し面倒を見ればよかったと悔やんでいる!」
「外道が!」
「外道ではない。アレがこれ程自我を保てたのは人間で言う想いだ。想いとは本当に素晴らしいと改めて認識した」
「貴様に認識を再確認されても困る。元凶でありながらよくも……」
「元凶でもなければ貴様でもない。俺がどんな存在か知っているだよう?言え。言え!!」
「黙れ外道!口が穢れる!」
「穢れるときたか!ははは!」
このやり取りが突然面白おかしいと笑い出す影にモルテの怒りがさらに膨れ上がる。
「黙れ!まさか、11年前に感じた気配が貴様とはな」
11年前、レナが失踪する直前にモルテは嫌と言うほど関わっている気配を感じていた。だが、それはすぐに消えてしまい誰にも言うかなく胸の中にずっとしまい込んでいたのだ。
「……驚いたな。俺の気配を感じられる死神があの島にいたとはな。なるほど。俺を見つけたのはただ俺の存在を知ったのではなく感じただけか」
モルテの言葉に先程までとは変わり影は苦々しいと顔を歪める。
実際は当時の記憶とディオスの話を聞いただけなのだが、モルテにそれを言うつもりはない。
「どちらでもいい。私がここにいる目的、分かっているだろう?」
直後、影は目を輝かせ指を鳴らした。
「分かるかだ?それはこっちの台詞だ。……俺の気配を感じられたらしいが、俺を刈れると思っているのか死神?」
「思っている」
瞬間、影の一部がパックリと真っ二つに別れてモルテに襲いかかった。
「舐めるな死神ぃぃぃぃぃ!!」
だが、モルテは慌てることなく一瞬にして鎌を消して再び出現させると影の首を刈った。
「言ったであろう、思っていると」
刈り取った首から鮮血が吹き出し、そこまま首と胴体は海へと落ちて行った。
モルテは影が落ちるのを見届けることなく鎌をしまうと慣れ親しんだ気配を感じた。
『これで終わりましたか』
「ホメロンか」
空中にいながら向き直ると、そこには人語を話す白馬、ホメロンが停滞していた。
「気づいている者はいないな?」
『はい。それと刈り取った者はいかに?』
「放っておけ。魚の餌になるのならそれはそれでいい。どこかに上がったのならそこの死神に判断を任せるだけだ」
『適当な……』
「どの様な存在であるか気がつけばいいのだ。気がつけばだ」
モルテの冷酷さにホメロンは溜め息をついた。
『しかし、貴女様は本当に酷いお方です』
「何がだ?」
『とぼけないでください。今回の件、貴女様が本来の力の一部でも解放をしたから簡単に早くに終わること。何故なさらないのですか?』
「ホメロン、ここに生きている者達はどういう者だ?」
『どういう、とは?』
モルテの質問の意図が分からないホメロンは首を傾げた。
「この世界にはここで生きている者達がいる。そこに私は混じっているだけ。そして、彼らの世界のことは彼らの力で解決をしなければならない。私が全てを解決してしまってはここの者達の為にはならない」
『それでは、貴女様はお辛いだけです!』
「確かに辛いな。だが、辛くとも見届け、助け、道を作り出す必要があると思っている。私は、そんな世界で共に生きたいのだ」
『苦楽を共に、ですか』
「そうだ」
モルテの固い決意を聞かされたホメロンは頭を下げた。
『……これ以上は何も言いません。そして、先程のご質問、申し訳ございません』
「ふむ。それ以上聞いていたなら馬刺にするつもりだったからな」
『ばっ、馬刺はご勘弁ください!』
ペコペコと頭を下げて謝るホメロン。馬刺にどの様なトラウマがあるようで人間で言うなら泣きじゃくっている様子である。
その様子にさすがに呆れと嫌悪感を抱いたモルテは意識を反らすために頼み事をした。
「ホメロン、この手紙を彼女達に届けてほしい」
そう言ってホメロンの首に手紙を入れた鞄を下げた。
『これは?』
「どうもいい気がしないからな。色々とやってほしいことが書いてある。必ず渡せ」
『はい。どうか、これからもご無事で』
「ふむ」
ホメロンはモルテに頭を下げると手紙を届ける場所へと飛んで行った。
「さて、私も戻ろう」
ホメロンを見届けたモルテもミノリア島へ戻るとそのまま飛ぶ、のではなく領域を展開してキャシミアンへ跳んで行った。
ミノリア島で起きた異変は誰にも知られることなく本当の意味で終わったのであった。
8章完です。
次回は18日に9章となります。
後程活動報告に今後の予定と9、10章の題名等を載せます。




