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死神の葬儀屋  作者: 水尺 燐
8章 新郎と人魚の子守唄
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白馬

 モルテがいなくなってからしばらくが経った。

 クロエとソロンの二人によって領域が展開されて時間が止まったミノリア島でキャシミアンのテラスで帰りを待つ者達が集まっていた。正確にはモルテが待つようにと言った為である。


「師匠、遅いね」

 待つのに飽きたとミクが重たい空気の中でぼやく。

「心配してんのか?」

「してないよ。師匠だから何とかすると思ってるよ」

「……よし!」

「何がよし!なの?ねえ、ファズ!」

 重たい空気にファズマとミクの軽口が聞こえたことにマックスとフィリップがクスリと笑った。

「さすがモルテの弟子だな」

「まあ、モルテだから何とかなるってのは確かにそうだな」

 二人の会話に同意するとマックスとフィリップは心配な表情を浮かべているクロエに声をかけた。

「クロエ、モルテがエミリオスを連れ帰ると言ったんだ。そんな顔するな」

「……はい」

 何とか返事をしたクロエであったが、表情は変わらなかった。

「ソロン、あとどれだけ持つ?」

「二人であと……2、30分くらいかな?」

「そうか」

 思ったよりも時間がないことに僅かに気持ちにゆとりがなくなるが、幸いにしてエミリオスを探し回っている途中から歌が聞こえなくなっている。歌によって人が操られる心配はないが、逆に解除されたらエミリオスの兄達が自室へ押し掛けるのが心配なくらいである。

 それでも少しなら酔いが覚めたことで自分も領域を展開して時間を稼げばいいというのがフィリップの考えである。


「しかし、あの馬には驚いたな……」

 すると、マックスが何となく呟いた言葉を聞いたフィリップはモルテが異界へと行く為に呼んだ白馬を同じように思い浮かべた。

「あんなものどこにもいないだろう?」

「いないな」

 突然とんでもない現れ方をした白馬について聞きたいことがあったのだが、モルテは説明は後回しと言ってすぐに異界へと向かってしまった。

「しかし、乗れる人数に制限があるっていうのには納得するな」

「馬だからな……」

 あれでは乗り手のモルテを入れて二人、無理をすれば三人はいけるかと微妙なところであるが何事も限界はあると認識する。


 その時、海が音を上げて水柱を上げた。

 目に見える場所からでも認識出来る突然の現象に全員が釘付けになる。

「何だ!?」

「大きいね!」

 ここまででも聞こえる音から水柱が相当大きなものであると規模を見て認識する。

「……あれは!」

 死神の力を目に纏わせて水柱を見ていたクロエが口を押さえた。

 水柱の近く、今では落ちている海水によって認識しにくくなっているが、白いものだけが確かにこちらへと向かって来ている。

「行こう!」

 それが何かを認識するとソロンの言葉に全員がテラスから出て海岸へ走った。


  * * *


 海面に突如吹き上がった水柱は白馬であるホメロンが現れたことにより起こったものであった。

「海ぃぃ!?」

 今までモルテの背しか見えていなかったディオスは肌に感じる違和感にようやく緊迫していた糸が僅かにほどけて周りを見る余裕が出来て見渡すと異界から海の上へ出ていた。

「ディオス、しっかり捕まっていろ!」

「はい!!」

 モルテの叫びにただでさえ不安定な場所に座っているディオスは速答してモルテにしがみついた。

 ホメロンに無理して三人乗り、その上鞍がないのだ。乗り心地は最低である。

「ホメロン、あの場まで走れ!」

 モルテの指示にホメロンは海面上空を走った。

「……飛んでる」

 既に普通の馬ではないと思っていたがそれ以上に普通でないことを突きつけられたディオスはぼやいた。


 そして5分も経たずにキャシミアン近くの海岸に着くと三人の帰りを待つ者達が集まっていた。

「エミリオス!」

 その中で一番に駆けつけたのはクロエであった。

 モルテは眠っているエミリオスをホメロンから下ろすとその寝顔をクロエに見せた。

「安心しろ、眠っているだけだが朝には目覚める」

 生霊リッチとなったレナの影響を強く受けてしまった為に今は眠っているが、直に目覚めるときかされてクロエはエミリオスを抱き抱えた。

「よかった……無事で、よかった……」

 目から涙を流してエミリオスの帰還を喜ぶクロエの様子に全員が本当によかったと思う。

「それと、レナからクロエに伝言だ」

「……私に、ですか?」

「エミリオスを頼む、だそうだ」

 その言葉に泣いていた涙が止まり目を丸くするクロエ。正直言ってここでレナの名前が出ると思っていなかったが、それ以上に頼むと言う言葉の意味を悟る。

 レナの名前はこの場にいる死神達にも予想できてなお驚きのものであった。

「やはりレナが?」

「ああ。10年も自我を保ってたいたそうだ」

「10年!?」

「10年ってそんなにか!?」

「そうだ。お陰で話が早くついてこうしている。それに、いくつか分かったこともある。生霊でこの様なことはないからな」

 10年という年月に驚くマックス達であるが、モルテはどことなく嬉しそうである。


「ディオス」

「ディオ!」

 ファズマとミクに声をかけられたディオスは心配かけてしまったかなと思い申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「えっと、心配かけたよね?ごめんなさい」

「ああ、心配したがそれはもうディオスだから仕方ねえことにした。気にするな」

「……は?」

 心配していたけれど気にしてないとはどういうことなのかとディオスの目が丸くなる。

「店長とディオスを待つ間に考えてたんだがよ、ディオスって俺ら以上に生霊や不死者アンデッドと遭遇しやすいのに生きているから今回も無事だろうと思ったんだ」

「えっ!?何その死ぬことはない的な……」

「実際にそうだろ?」

「助けがこなかったら普通に死んでる!」

「それも運だからしかたねえだろ」

「そこで運言うな!」

 要は悪運によってどうにかなっているのだと言うファズマにディオスは睨み付ける。

「ディオ、大丈夫だったの?」

「うん。ミクは俺のことちゃんと心配してくれるんだな」

「おい、俺だって心配してたんだからな」

「死ぬことないって言われた後にそれ聞いてもただのついでにしか聞こえないから!」

 ミクが心配していることに慰めを感じていたからファズマを突き放すように鋭く言うディオス。

 だが、

「えっとね、心配したにはしたよ」

「したにはした?」

「うん。後ね、馬に乗ってみてどうだった?」

「俺より馬?」

 まさか馬の方が意識が高いことにディオスは完全に心が折れた。

「最悪だったよ。どうせ俺は誰からも心配なんてされないよ」

「おい、機嫌直せよ」

 ファズマの言葉にプイッと首を横にしたディオスに二人は完全にひねくれてしまったと思い、どうにかして機嫌を直そうと考える。


 ミクから馬の言葉を聞いたマックスはモルテに尋ねた。

「それでモルテ、この馬は何なんだ?」

 全員の視線、ディオス達もホメロンへ向けた。

「普通の馬でないことは分っている」

「飛んだりしないですよね」

「あと、異界からこっちに移動しましたよね?」

 上げれば本当に普通の馬ではないことを認識する。

「確かに普通の馬ではないな。ホメロンは死神の為に生み出された馬だ」

「死神の為の馬?」

 ホメロンの意外な存在理由にソロンは首をかしげた。流時代にその様な馬の存在を聞いたことがないからだ。

 その気持ちを感じたモルテは包み隠さずに教える。

「知らなくて無理ない。ホメロンはこことは別の場所の生き物だ」

「別の、場所ですか?」

「信じられんだろうが事実だ。そこでホメロンが私を主としたんだ」

 いきなり別の場所やそこの生き物と言われてもにわかに信じられないが、モルテの様子が嘘をついている様に見えないのは誰が見ても分かる。分かるのだが、やはり信じきれない。

「それで先生、その場所は?」

「シエラだ」

 誰もが知る予想外の名前に全員が沈黙する。

「……先生、冗談は言わないでください」

「信じてないな」

 クロエの見も蓋もない言葉に傷付いたモルテは周りのどうしようもない沈黙も感じてホメロンの背を叩いた。

「とにかくご苦労だ。もう帰れ」

 帰れと言われたホメロンはモルテに憐れみの目を向けて鳴いた。

「何を言う。これくらいは予想していたことだ」

 ブルル、とまたホメロンが鳴く。

「うるさい!とっとと帰らんか!」

「何か意思疏通してませんか?」

 モルテとホメロンのやり取りを何故かその様に見えてしまい全員を代表してディオスがぼやく。


 すっかりその雰囲気に飲まれてしまったが、マックスが慌ててモルテを止めた。

「ああ、待ってくれ!モルテ、その馬、明日の結婚式に使えないか?」

「は?」

 何を言うとモルテも含めて全員がマックスへと視線を向けた。

「白馬って縁起がいいからな。それにエミリオスとクロエが乗ったらどうかと思ってな」

「なるほど。絵になるし滅多に出来ないことだな」

「出来ないと言うより殆どないです」

「それじゃやるか?」

「……恥ずかしいですね」

 淡々と決定方針に向くミノリア島死神にモルテが待ったをかける。

「おい!私を抜きにして勝手に決めるな!」

「師匠!あたし馬に乗りたい!」

「先生!お願いします!」

 二人の愛弟子からホメロンを貸してほしいという要望にモルテは溜め息をついた。

「……今回だけだ。いいだろうホメロン?」

 モルテの言葉に頷くホメロンにミクとクロエの表情が緩む。

「やったー!」

「先生、ありがとうございます!」

「師匠ありがとう!ホメロン乗せて!」

「あ、ミク待って」

 お礼もそこそこにホメロンへ向かうミクをソロンが慌てて乗馬の補助へと向かう。

「まったく……」

 ホメロンを貸すだけでこの喜び様を予想していなかったモルテだが、少し位は愛弟子の為にいいかと思うのであった。

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