異界の入口
歌声はキャシミアンにも届いていた。
「何!?」
「昨日よりも早い!?」
子守唄が昨日よりも早いことにモルテとソロンは驚いた。
子守唄は一定の時間に響くものと認識していた為に驚かないわけがない。
「お!誰だこの綺麗な子守唄を歌っているのは?」
綺麗な歌声とそれを歌う子守唄に何も知らないパーティー参加者がうっとりする。
このまま子守唄を聞いては、聞かれてはまずいとモルテが声を上げる。
「マックス!」
モルテは領域を展開しろとマックスとフィリップを探して……眉をひそめて仕方なく自分でミノリア島全体を領域で覆い時間を止めた。
歌声は島という関係とこれからのことを考えてあえて防がず聞こえる様にしている。
「先生……」
「クロエはエミリオスの元へ行け」
「はい!」
不安そうにするクロエはモルテの指示に従うと急いでエミリオスがいるはずである自室(寝室)へ向かった。
それを見届けたモルテは目付きを強ばらせると静かに歩き出した。
「店長!」
子守唄を聞いてファズマとミクが慌ててテラスへと駆けて来た。
「師匠~!」
ミクもいるのは部屋でファズマと話し込んでいたら歌が響いてきたのを聞いた為である。
その二人を無視してモルテはマックスへ近づくと襟首を握りしめた。
「何が飲み過ぎることはしないだ!思いっきり飲み過ぎているではないか!」
「あぁ~ぁう……」
べろんべろんになってテーブルにうつ伏せになっているマックスに怒りを向けるが、当のマックスは飲み過ぎによる酔いで上の空である。
「フィリップもだ!手綱を握るのではなかったか!」
「すまな……うっ」
「すまん、ではない!」
なんと、マックスが飲み過ぎない様に手綱を握るはずであったフィリップも飲み過ぎでべろんべろんになっていたのだ。
フィリップの予想外の状況に驚きながらも、まさか領域を展開する担当二人が行動不能になるまで飲むと考えなかった為にモルテの怒りは相当である。
マックスとフィリップが酒の飲み過ぎで行動不能になった理由はビルが祝いだからと盛大に進めたからである。
マックスは酒好きであった為に喜んでビルからの酒を受け取っており、飲み過ぎない様にフィリップが見張っていた。
だが、ビルがフィリップがマックスの手綱を握っていることに気がつき、それが何故かと分からぬまま手綱を握らせなくしてやると言う思いで酒を無理矢理進めて飲ませたことで状況が一変。
マックスにからかわれてムキになったフィリップがどれだけ酒が飲めるのか競争と言わんばかりに勝負を吹っ掛け、それにビルが煽ったことにより、気がつくと二人とべろんべろんになっていたのである。
ちなみに勝敗はマックスがフィリップよりも4杯多く飲んで買っている。
マックスとフィリップに至っては多目に見ても自業自得で済むかもしれない。だが、ビルに関して言えば、パーティーの趣旨変更や死神のこれからの目的に支障をきたすなど、ろくなことをしない親父である。
意識がはっきりしていないマックスとフィリップにモルテは怒り声でもファズマに指示を出した。
「ファズマ!タオル持って来い!」
「へ?……はい!」
「あたしも行く!」
何故タオル?と思うも、すぐに何をしようとするのか理解したファズマはミクと共に再び食堂へと消える。
モルテは見届けることなくマックスおフィリップの襟首を掴むと引きずり、適当な場所に置いた。
「領域変質」
モルテが呟いた瞬間、マックスとフィリップの頭上から大量の水が落ちた。
「モルテさん!?」
まさかこの様なことをしでかすと思っていなかったソロンが驚きで引いてしまい、戸惑うあまり止める言葉を失う。
それから数秒後。
「ぶっはあぁ!?」
「がはっ!?」
落ちる水が痛いことと息が出来ないこと、そして濡れることに僅かに酔いが覚めたマックスとフィリップが慌ててその場から転がって逃げ出した。
「気がついたか」
「気が、ついたじゃない……」
「モルテ……何やって……!」
マックスとフィリップにとってもモルテの行動は予想外だったようで恨めしそうに睨んでいる。
だが、モルテは涼しい顔をして無視すると、近くのテーブルに置いてあるコップに領域変質で出現させた水を入れる。
「何が起こるか分からんのに飲み過ぎているからだ。それよりフィリップ、マックスの手綱を握るはずが握れずにいるとはどういうことだ?」
「それよりも俺達を殺す気か!」
「失敬な!揺すっても起きないからしただけだ」
「もっと穏便にやれないのか?」
一歩間違えれば死ぬ行為に怒りが込み上げるが、マックスの手綱を握れなかった自分にも非があるとこれフィリップは以上強く言えない。
「ああ。少しくらお飲み過ぎても意識があれば問題ないだろうな」
「マックスは飲み過ぎだ!それに、先程まで倒れ込んでいたではないか!」
「それはそれ、これはこれだな」
「状況を考えて言え酔っぱらい!」
マックスの何とも空気を読まない発言にモルテはマックスとフィリップに水が入ったカップを押し付けた。
「まだ酔ってるなこれ……」
それを聞いていたソロンはモルテの行動にも驚いていたが、マックスの言葉に色々と思ってしまう。
「店長!」
「先生!」
ちょうどその時、タオルを持ってファズマとミクが、慌てた様子のクロエがテラスへと駆けて来た。
「師匠、タオル足りる?」
「十分だ」
備品庫からありったけのタオルを持ってきたファズマとミクから受けとるとマックスとフィリップに押し付けた。
「うっ……」
「ありがとう」
水をいくらか飲んで意識を取り戻したフィリップはお礼を言うが、マックスはまだ意識がはっきりしていない。
「それでクロエ、エミリオスは?」
「エミリオスが……エミリオスがどこにもいないんです……!」
「何!?」
慌てるクロエの言葉にモルテとソロンとフィリップは驚きの表情を浮かべた。
* * *
その頃……
「どこまで行くんだろう?」
ディオスはこっそりエミリオスの後を追いかけていた。
さすがにキャシミアンから離れつつある為にどこへ向かっているのか不安になってきているが、もしかしたら自分と同じで離れた場所の空気を吸いたいから歩いているのではと考える。
「それにこの歌も海から聞こえるのは何でだろう?」
海岸で聞いてからずっと同じ声量で歌われる歌に疑問を感じる。
「歌って言えば……前にもこれと同じことあったな」
ディオスは渓谷の歌姫のことを思い出した。
(あの生霊も確か水がある場所で歌って…………も?)
渓谷の歌姫のことを思い浮かんで、思考に疑問を感じる。
(何で『も』って?)
「……まさか!」
そして、歌をどんな存在が歌っているのか可能性にたどり着いた。
エミリオスを追っていた足を止めて考えをまとめようとして混乱する。
「いや、それならそれで何か……何もない?確か生霊は殺す力を持っている。だけど、聞こえているのに何ともない?何でだ?そもそも、何で歌っているから生霊って思ったんだ……こんな夜中にずっと歌が聞こえるからです。はい……」
オーバーヒートしていた頭が冷えて考えた内容にぐったりと肩を落とす。散々暴れただけにその様子は心配になる。
「あれ?何ともない歌を生霊が歌うものなのかな?」
こうなってしまうとどうでもいいことさえも疑問に思ってしまい、つい口から溢れる。
「……って、ああ!!」
そうして考え込んでいるとエミリオスが遠くへ行ってしまっていることに気がついた。
「ヤバい!見失う!」
エミリオスが見えなくなることを焦ったディオスは慌ててエミリオスの後を追いかけようとして、いる場所を見て軽く驚いた。
「それにしてもここって……」
そこは岩場の海岸であった。それも観光した風車から程近い場所である。
「どうしてここに?」
疑問に思いながらもとにかく追いかけるディオス。
いくらエミリオスが日が上っている時に母親の報告に訪れた場所と言っても今訪れる場所ではない。
「もしかして、この歌のせい?」
そしてディオスはようやく歌がエミリオスを誘っていることを予想する。
「だけどどうして?いや、もしも生霊の仕業だとしたら……エミリオスさんをどうにかして連れ戻さないと」
疑問に思っていると、エミリオスが岩壁の中へと入って行くのを見たディオスは慌てて走り出してそこを見た。
「こんなところに洞窟があったんだ」
穴があることを認識してディオスはそこへ入った。
洞窟は長くなかったが、奥が妙に青白く輝いていた。
「何だ、これ?」
妙に不気味悪く思い恐さを抱くが、エミリオスの無事が心配だからと走る。
そして、ようやく開けた場所へと出ると、水が小さく溜まっている場所にエミリオスがしゃがみ込んでいた。
しかも、水から青白い光が放っている。
「エミリオスさん!」
ディオスは安堵と共に呼び掛けたがエミリオスは反応しなかった。
直後、水が溜まっている場所から白い手が現れてエミリオスの腕を掴むと水の中へと引きずり込み始めた。
「待って!」
突然のことに驚きながらも考える暇がなく、ディオスはエミリオスを助けなければと思い反射的に服と腕を掴んだ。
だが、
「うわあぁぁ!?」
引きずり込まれる方の力が強く、ディオスはエミリオスと共に水の中へと、異界へと飲み込まれた。




