婚前パーティー
婚前パーティーは日が沈んだ頃、キャシミアンの食堂テラスに催していた。
「じゃんじゃん食ってくれ!」
がははっと笑って言ったのはビル。この日も大漁に魚を釣っている為に魚料理を振る舞っている。
招待者の反応は大きく二つ。ビルの豪快さに苦笑いを浮かべる者と並べられている料理を見て食べたいという者。
ちなみに食事形式はブッフェスタイルである。
「うわー!いっぱーい!」
並べられている料理の多さにミクが見て分かるくらいに驚いて、食べたい料理を見つけて飛び付いた。
「料理が逃げるわけねえのにな」
「ははは……」
ミクの様子があまりにも急いでいるように見えたファズマの感想に聞いていたディオスは苦笑いを浮かべた。
「そう言えば店長は?」
「そこに居ねえか?」
気づくとモルテが居ないことに二人はその場で探し始めてすぐに見つけた。
「いた」
モルテは招待者の一人と思われる中年の男と話していた。
「誰だ?」
「多分、店長の知り合いじゃないかな?」
「つうことは死神か?」
「あ……」
見つけたはいいが死神という可能性を忘れていたディオスの顔は一瞬にして複雑な表情となった。
「何だその顔?」
「死神と思ったら何と言うか……」
「店長つう死神と居るのに何で死神が嫌いなんだろうな?」
未だに死神嫌いのディオスに呆れるファズマ。
「それは店で働かせてもらっているからで……ああぁ!もういい!食べよう!」
これ以上は答えるのに辛いとその場から逃げるように料理へ向かったディオスにファズマは苦笑いを浮かべた。
「これくらいで根を上げるなよな」
虐めすぎたという感覚はないが本当にそれだけかと疑問に思いながらもこの話についてこれ以上しないとファズマは決めたは自分も料理を食べる為にテーブルへ向かった。
婚前パーティーの主役であるクロエとエミリオスは招待者から祝の言葉をかけられては話し込んでいた。
「エミリオス、結婚おめでとう」
「お前も遂に結婚か」
「この幸せ者!婚約者大事にしろ!」
その多くはミノリア島に住むエミリオスの友人である。
生真面目すぎる印象を抱くエミリオスだが意外なことに友好関係は広いのだ。
もちろん、二人に声をかけて来るのはエミリオスの友人だけではない。
「クロエ、末長くね」
「やっと旦那さん得たんだから逃げないようにしっかり捕まえるんだよ」
クロエの数少ない友人達も声をかけてはクロエを笑わせていた。
話に一区切り着くとクロエは先程から感じている違和感をエミリオスに投げかけた。
「エミリオス、お酒でも飲んでた?」
「ああ……やっぱり気づくか……」
クロエに言われて申し訳なさそうにエミリオスは頭を下げた。
この場でのエミリオスの口調は総支配人の口調ではなく普段の口調である。
「実は、兄達が帰って来たから父さんにまた無理矢理飲まされて」
「また……なのね」
昨日と続き今日。しかも昨日ならまだ許容範囲であるがさすがに婚前パーティー前に飲ませるのはどうかと思ってしまう。
「体は大丈夫なの?」
「少しだけ頭に響いているかな。程々にはしたけれど昨日も飲んだからな。……それに、匂うと言うことは飲み過ぎたってことかな?」
「今日は早めに切り上げる?」
「そうしたいけれど、父さん達が逃がしてくれるとは思えないな」
エミリオスの言葉に確かにとクロエは肩を落とした。
そして、すぐにそれは現実のものとなった。
「楽しんでいるかい主役!」
ビルが酒が入ったグラスを持って二人に近づいた。
「ええ、とっても」
「料理はどうだ?」
「とても美味しいです」
ビルの質問に淡々と答えるクロエ。キャシミアンに引っ越してからはビルとの付き合いも長く、どの様なやり取りをしたらいいのかも覚えたのだ。
そんなビルにエミリオスは不機嫌に尋ねた。
「だけど、この料理は誰が作ったんだ?数種類くらい雇っている料理人と味付けが違うんだけど?」
「それは俺が作ったからだな」
「クレタス!?」
いつの間にか背後にいて料理を作ったと言うクレタスにエミリオスは驚いて後退してしまう。
クレタスだけではない。ベネディクトとダミアノスもいつの間にかいたのだ。
「しっかしうめえな」
「初めて食べたけどいける」
「どうも」
「クレタスが作ったってどう言うこと!?」
クレタスが作った料理を食べて感想を口にするベネディクトとダミアノス。エミリオスは作ったと言う事実に付いて行けずに慌てた様子で尋ねた。
「ちょっと腕を振るっただけだがな」
「は?」
「リーオがいつも言う目的もない旅で料理修行してんだよ」
「はあ!?」
料理修行とは聞いたことないしどう言うことだと疑問を投げ掛ける。
「どうしてそんなもの?」
「そんなもん決まってるだろ。店持つ為だ」
「店?」
「そうだ。その為に旅して腕を磨いているだけだ」
要は美味しいと思った店に飛び込んでそこで数ヶ月働かせてもらっているのだと考える。
「それで、家族に初めてのお披露目が今日と言うわけだな」
旨かっただろう?と視線を投げ掛けるクレタスにエミリオスは顔をしかめた。
確かに旨かったのだ。旨かったが、兄達の中で一番不真面目と思っていたクレタスが一つのことを追求していたという事実に衝撃を受けている。
「店か。それならいつでも食べたいな」
「何処で開くか決めたのか?」
「予定はミノリア島だな。まだ先だけどな」
先と聞かされてまだなのかとガッカリするベネディクトとダミアノス。どことなくビルも気落ちしているが、エミリオスだけは府に落ちずに言った。
「クレタス。それならここの食堂で働けばいいだろう?」
「嫌だな」
「何でだよ!」
きっぱりとはね除けたその理由にクレタスはめんどくさそうに言った。
「キャシミアンで働いたらリーオに手伝えってこき使われるからに決まってるだろ」
「違いない!」
「確かにな」
「ははははは!!」
「当たり前じゃないか!」
クレタスの発言に確かにと笑い出す父親と兄達に何が笑えることなのだと不満をぶつけて、ビルの豪快な笑い声に恥ずかしさを抱いていると、ドンとビルの手ががっしりと頭を掴んだ。
「それだけお前は兄貴達をこき使っているってわけだ!」
「意味分からないし振り回されているのはいつも俺……」
「それは可愛がられているってことだ。も~ちょいかわいくいろ!」
「そんな年でもな……いたたたたたたた!!」
そうしてもみくちゃにされていくエミリオス。
クロエは声をかけるタイミングを失ってしまい見守ること十数秒後。
「痛いから!」
何とかビルの手から抜け出したエミリオスの髪は乱れていた。
「もういい!先に失礼する!」
「エミリオス!」
どうやら怒らせたようで不機嫌となったエミリオスは婚前パーティーを抜けると言い出し中へと戻って行く。
それに慌てて止めようとクロエが駆け寄ろうとしてビルが止めた。
「クロエ、ちょっといいか?」
ビルの声が先程よりも明らかに低くなっていることに気がついたクロエは驚きのあまりに足を止めて振り返った。
「少しばかり話をしたいのだがいいか?」
「ですが、エミリオスが……」
「リーオのことなら任せてくれ」
「世話かかる弟のめんどうを見るのは兄の役目だからな」
そう言って怒ったエミリオスの元へと向かう三人の兄達。
クロエは戸惑ってしまうもエミリオスのことは任せてビルと話をすることにした。
「何でしょうか?」
尋ねたクロエであるが、考えもしなかった行動にビルは動いた。
「ありがとう」
突然頭を下げてお礼を言い出したビルにクロエは戸惑った。
「お、お義父さん!?」
「あんな息子だが好きになってくれたことに感謝している」
何が何だが状況を掴めないでいるクロエ。
ビルは下げていた頭を上げると申し訳なさそうな表情で言った。
「エミリオスはレナに似て生真面目だ。融通は利くと言うのに妙に頭が固いところがある。俺達にもその原因あるがな。だが、そんなエミリオスを受け入れたばかりかだらしなく嫌われている俺や兄達も受け入れてくれたクロエには感謝してもしきれない」
「そんな大袈裟なことではないです」
実際は慣れるまで苦労がかかり、これから先もそうだとは思っているが、要は割りきって接してしまえばいいと言うのがクロエの考えである。
「いや、元々店を営んでいたと言うのにこっちに越したじゃないか」
「後任を決めてのことです」
「それでもだ。それでもここに来てくれたことはありがたいんだ」
ビルの熱意にクロエはこれほどまでに律儀であったのかと驚きを隠せない。
「息子の為にありがとう。そしてどうか息子を頼む」
改めて頭を下げるビルにクロエは戸惑い沈黙。
そして、
「嫌です」
クロエの予想外の一言にビルは何故と頭を上げた。
「私だけがと言うのはおかしいです。お義父さん、あなたもいてこそエミリオスを支えられるんです」
「だがな……俺は嫌われているしな……」
「それはお義父さんが自分のことを何も教えていないからです。まずは教えること。それからでないと受け入れられません!」
予想以上に強い言い方にビルは言葉を失っていた。
「私はエミリオスとお義父さんが羨ましいです。両親を早くに亡くして親代わりとなってくれた祖父と先生の愛しか知りません。私は、嫌われていてもずっとエミリオスの近くにいて愛しているお義父さんが羨ましいです」
「だがな……さっきも言ったが嫌われているし……」
「それでも嫌な顔一つしていないように見えますが?」
「そりゃ父親だからな!ははは!」
父親というものは苦労するが、それでも嫌いではないこと、エミリオスに嫌われていても続けられているものだと思うと笑い声が溢れる。
「だから、一緒にエミリオスを支えてはくれませんか?私がエミリオスを支えて、エミリオスをお義父さん受け止める」
「……全く。新しい家族も相当頑固ものだな」
「祖父と先生譲りです」
「そうか!ははははは!!」
苦労の大半を押し付ける当たり、
やはりクロエはエミリオスと似ているところがあり、それを押し通す強引さに先程よりも盛大に笑い出す。
「それじゃ、頑張ってみるか。だから、どうかエミリオスを頼む」
「はい」
ようやく納得いく返事を得たビルは心のつっかえが一つ消えた。
これから何だかんだで小言を聞かされたりもするだろうがそれでもいいと思っている。
何故なら、妻に似た末の息子が愛した女であるからだ。




