姉弟子
ミノリア島はプラズィア南西に位置する島であるだけでなく有名観光地である。
断崖に佇む白い家々と目の前に広がる海が素晴らしい風景を見せるお陰でどこを見ても絵になる。
断崖から舗装された白い通りを道なりに降りると船が停泊出来る場所へとたどり着く。そこには島と大陸を行き来する船だけでなく地元漁師の船や富裕層の船も停められている。
そこから少し離れると白砂の海岸が広がっており、観光客や地元住人が海水浴をすることができる。
まるで絵から切り取られた風景の中にいる感覚になる島である。
海が良く見える通りをモルテ達は人が行き交う中を歩いていた。
「それにしてもお店が多いな」
「観光地だからな。この通りは土産物を売る店が多い」
そう言われて良く見ると観光客と思われる者が出店に並べられている品を見たり、店へ入って行くのが見られる。
「師匠、お土産って何売ってるの?」
「有名なのは石鹸と海綿だな」
「かいめん?」
聞いたことのないものにミクが呟く。
「海綿とは海綿動物と言う海に生息する生き物を乾燥させたスポンジだ」
「スポンジ!?」
「海の生き物からスポンジですか!?」
海綿が動物であることとスポンジになることに話を聞いていたディオスとファズマも驚いて声を上げた。
「この辺りでは昔から使われている。使い心地はかなりいいぞ」
「動物からスポンジ……動物から……」
海綿の使い心地を知るモルテだから言えることだが、未だに動物からスポンジが出来ることを受け入れられていないファズマがブツブツと言う。
その様子が珍しいとディオスは思ってしまう。
「あとは蜂蜜だな」
「蜂蜜ですか?」
「プラズィアは養蜂業が盛んでな。ここに並ばれるのは大陸から送られたものばかりだが、蜂蜜の味は素晴らしいものだ」
ミノリア島特産ではないが蜂蜜も有名な土産物の一つであることを教える。
「ねえ師匠。海綿ってどんなの?」
モルテから海綿を聞かされていたミクが実物がどの様なものなのかと尋ねてきた。
「そうだな……」
ミクの言葉にモルテは出店の品を見渡すと一つの出店へ足を運び、並べられている品を手にして見せた。
「これが海綿だ」
モルテが手に持った海綿に三人が何だこれは?と目を丸くする。
海綿は黄色く丸く、無数の穴が空いていた。
「これが海綿?」
「穴いっぱい空いてるね」
「これが動物?」
三者三様、内陸育ちの三人にとって海綿は不思議であるとしか言えなかった。
* * *
土産物を買うのは後でとさらに通りを歩く四人。そしてようやく目的地であるキャシミアンへとたどり着いた。
「店長、ここって宿ですか?」
「そうだがどうした?」
「いえ、何でもないです」
目的地が宿であることに驚いたディオスであるが、構わず中に入って行くモルテ達を慌てて追う。
モルテは中に入るとすぐさま受付にいる係りに尋ねた。
「すまないがこちらにクロエはいるだろうか?」
「クロエさん、ですか?」
首を傾げる係りに何故知らないのだとイラッするモルテ。
「先生?」
そこに女性の声が背後から響いたことで四人が振り向いた。
「やっぱり先生ですね!来てくれて嬉しいです」
「久しいなクロエ」
声をかけてきた女性はやはりモルテの弟子でクロエ・オナシス・ザインであった。
「はい。先生はお変わりないようですね」
「クロエも変わらんな」
「先生程でもないです」
嬉しさのあまり抱き着いてきたクロエをモルテは危なげなく受けとめ、久々に会うからか話が弾むクロエの様子を見るのであった。
二人に完全に置いていかれているディオス、ファズマ、ミクは顔を見合わせた。
「ファズマ。クロエさんって……」
「言うな」
「まだ言ってないから……」
「ん~、言いたいことは分かるよ」
そう言って三人は再びクロエとモルテを見た。
クロエは肩に付くまで伸ばした赤みを帯びた茶髪であり、モルテよりも少しだけ背が低い。そして、外見年齢がモルテと同じくらいに見える。
本来この話は避けるべきなのだろう。先程も触れないように離れようとしていたが、やはり気になってしまい再び触れる。
「クロエさんって店長の弟子だよね?」
「そうだな」
「師匠って初めて会った時から全然変わってないよね?」
「ああ。会った時のまんまだな」
モルテと長年暮らしているファズマとミクの言葉に段々と疑問が募る。
「店長とクロエさんが同い年ってことはないよね?」
「それはないだろうな」
「うん」
絶対にないとは言い切れないが思い浮かんだ可能性の一つを切り捨てる。
「それじゃ若作り?」
「それしかないだろうな」
「うん」
やっぱりこれかと思うとやはり呟きたくなってしまう。
「……店長って歳いくつなんだろう?」
ディオスの口から吐き出された疑問にファズマとミクもモルテを見て歳がいくつなのかと思ってしまった。
ラウンジで全く違う二つの空間に再び声が響いた。
「クロエ。お客様と話すのはいいが、抱きついているのを見ると嫉妬してしまう」
「先生は女性って知ってるでしょう?」
「分かってはいるが離れてくれないか?本当に妬いているから」
頭を抱えてモルテに抱きついているクロエに身なりが整えられた男性が懇願する。
確かにモルテは女性と言われなければ男性と間違えられる口調に声と格好をしているために仕方ないことであるが、「妬く」かどうかは別問題である。
男性の困ると言う言葉にクロエは微笑みながらモルテから離れた。
二人の様子を見たモルテは瞬時に悟った。
「ビルの末、エミリオスか?」
「はい。モルテさん、でよろしいですよね?」
「ふむ。私とはあまり面識がなかったからな」
「はい。モルテさんのことはクロエから聞かされています。再びミノリア島にお越しくださってありがとうございます」
エミリオス・ケイオルンはそう言ってモルテに会釈した。
「ここでの立ち話はよそう。積もる話もあるように見える。先に部屋に荷物を置いてからにしよう」
「はい。既に準備出来ています。そこの」
「はい!」
「今すぐにモルテさん達を部屋に案内してください」
「かしこまりました」
モルテの提案を聞き入れたエミリオスはすぐに受付にいる係りに指示を出した。その時に係が緊張していたのだが気づいている者は少ない。
「お待たせしました。こちらになります」
受付から鍵を持った係は四人の客人を客室へと案内した。




