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死神の葬儀屋  作者: 水尺 燐
7章 幻影浮世の狐火
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一時の集い

 時刻は真夜中。この日もエノテカーナに明かりが灯されているが店のドアにはクローズと書かれた立札がかけられており閉められていた。

 それなのに店には人がいるとを示す影がカーテンに写されていた。


「うっ、すっぱ!?」

「でも甘い」

「酸っぱ甘い?」

 つららが作って持ってきたそれを食べたアリアーナ、アンナ、ロレッタがそれぞれ食べたことのない味覚に驚いて口にして呟いた。

「甘酸っぱいね」

「甘酸っぱい?」

「そう、お米にお酢と砂糖を割った甘酢を入れてるからね」

「コメに(ビネガー)!?」

「あ、ここのお酢じゃなくてこっちのお酢ね」

「普通コメに(ビネガー)入れないでしょ?」

「それがお稲荷だからね」

「返しが分からない……」

 食べてたお稲荷とか言う稲荷に使われている米にアシュミストとは違う(ビネガー)が使われていることは分かったが芳藍の独自文化と価値観の違いに頭を抱えるもおいしいからとまた稲荷を食べる。


 ところで、どうしてここまで酢が使われる認識が違うかと言うと、アシュミストで作られている(ビネガー)は主にブドウや林檎を発酵させた果実酢であり、芳藍で使われている酢は米て作られた酒をさらに発酵、熟成させたものである。同じ酢と思っても主原料の違いと使用される用途が大きく異なっているからである。


「でも、まさか作るなんて思ってなかったけど、この皮に使われてるいるのってここにないよね?」

「あと味もだな。どこで手に入れた?」

「秘密!ねえ、ファズマ君」

 さすがに酒場を経営しているだけありレナードと時々手伝いをするマオクラフは稲荷に使われている皮と味がアシュミストにはないものでありすぐに準備するには不可能と理解して入手経路を聞いたが、モルテからの言いつけを守るつららが悪い顔で微笑みながら黙秘してファズマを見るも、ファズマは視線を反らした。


 種を明かすなら稲荷に使われた皮と酢の入手経路は道具屋からなのである。

 旧店舗に取り付けていた備品全てを取り除いたと報告をしに来た時に異渡り扉の設置変更でしばらく来られないことを知っていた。その為に欲しいものはないかと聞かれてつららが稲荷を作る材料を大量に求めたのである。

 恐らく道具屋のところにも稲荷はないだろうと考えて皮から作るつもりであったが、どういうわけか道具屋は稲荷の皮だけが入った袋を幾つも持ってきたのだ。

 話を聞くと道具屋の所にも稲荷があるらしく、作るための皮も売られているとのこと。味噌と醤油も本来なら芳藍にしかない調味料なのだが道具屋の所にもあるという事実に一体どこの出身なのかと謎に思えてしまう。

 それでも稲荷を作れるからいいかと夕飯もこれでとファズマの手を借りて道具屋が持って来た稲荷の皮全てを稲荷にしたのである。



 エノテカーナに集まっている者達が稲荷を食べているとドアベルを鳴らして扉が開いた。

「すまん、遅れたな」

「これ食べていたから気にしてないよ」

 入って来たモルテ、ディオス、ミクに稲荷を掲げてマオクラフが言った。

「しかし珍しいな。ミクを連れて来るとは」

「怪火の時に省かれたのを相当根に持っていてな。連れて行けとうるさいのだ」

「だって、あたしも師匠の弟子なのに何もさせてくれないんだもん!」

 ミクの不満たっぷりの言葉にそれはまだ幼いからと店内にいた全員が思う。


 何故ファズマとつららが先にエノテカーナにいて、モルテ、ディオス、ミクが後から来たかと言うと、まだ葬儀屋フネーラにフーゴがいるからである。

 保護者がいない家に一人でいさせる気などないモルテがこれまた無理矢理保護する形でしばらく過ごさせているのだ。

 だが、死神のことを知らないフーゴがいる為に堂々と真夜中の外に出ることが出来ない。その為にファズマとつららを先に行かせ、フーゴが寝たのを確かめてモルテ、ディオスという予定が、睡魔に負けじと粘ったミクを率いて訪れることとなったのである。



「モルテが来たんだ。始めるぞ」

 最後のモルテ達がエノテカーナに来たことでこれで倉庫街火災に携わった者達が集まったとレナードが死神集会を始めると言った。

「まずは全員揃うことが出来て何よりだと思っている」

「ああ。さすがに忙しかったからな」

「今でもこちらは忙しいが」

「それはこちらもです。皆、無理矢理時間を作りここに訪れています」

「さすがにそろそろ今回の出来事をまとめた方がいいからな……」

 今回集まる理由がどうしても抜けることが出来ないからと各々呟く。



 倉庫街の火災により死神と死神の弟子達とクロスビーは休む時間がなどないほどに慌ただしい時間を送っていた。


 アドルフは警部として倉庫街火災に携わっており、遺体の回収や現場整理と検証を数名の警部と共に行っていた。

 モルテから依頼されていたマミューの遺体発見の報告書作りは平行して行ったが早い段階で終えることが出来た。だが、今は突然現れた二重の幻影者(ドッペルゲンガー)の遺体の身元が判明したことで火災調査と同時進行で関連について調べている。


 リーヴィオは運ばれて来た怪我人の治療と身元確認を勤務している病院に泊まり込む形で日夜携わっていた。

 軽傷者から重傷者まで関係なく運ばれて来る状況に初めから連れて来ていた医学生組の手があっても足りず、早朝に連携している医学校に救援を求めて生徒を総動員させることで医師達は重傷者への治療に専念出来る状態へと持ち込んだ。

 それでも運ばれて来た時点で手遅れの者や治療が間に合わずに亡くなる者もいた。そう言った生と死の間で医師と医学生達は病院で何日も戦い続けたことにより、今でも余談は許されないが医学生の手をなくても回せる状態となっている。

 遺体の身元確認は周りの病院と連携して行われている。ある方法により身ともが特定出来ないほどの外傷を受けた遺体でも特定出来る為に素早く行われている。


 現在最も大変なのは葬儀業者達とクロスビーである。

 葬儀業者達は火災で亡くなった者達の遺体を病院と警察から引き取りを行ったのだが、初日から引き取れる数が満杯となり統治議会に何とか別の遺体保管場所を提供してもらうことで何とか解決したが捌ける数を優に越える状況となっている。それでも引き取らなければならないのが葬儀業であるから引き取らざるをえないのである。

 加えて葬式の手続きもひっきりなしに依頼が入るために3店の葬儀屋は予定が被らないように調整の連絡を何度も行なっていた。

 最も捌けていないのは教会である。焼死体を焼くための火葬場が一つしかないために日夜燃やしても追い付かずに近隣にある教会の火葬場も借りているも、焼け石に水と言うように処理能力が追い付いていない。


 レナードとマオクラフは火災に携わる仕事に着いていない為に他の死神達と違い忙しくなかったが、アドルフからの依頼を受けて色々と調べていた為に関わりはなくとも別の理由で忙しく回っていた。


 そうした誰もが手を放せない状況なのだが、さすがに今回起きた出来事の共有をこれ以上先伸ばしにするわけにはいかないというレナードの判断により全員が無理矢理時間を調整して集まったのが火災から十日後のことである。



「それで、あの生霊と二重の幻影者(ドッペルゲンガー)もだけど誰のだったの?」

 言ったのはマオクラフ。これは知らない者全員が疑問に思っていることである。

 強い生霊(リッチ)と戦い二重の幻影者(ドッペルゲンガー)という予想外(イレギュラー)が現れてもなお騒動を集結させたのだ。もしも二重の幻影者(ドッペルゲンガー)の存在がなければ青白い生霊の討伐は一日がかりとなっていた。それだけの力を持つ生霊の魂がどんな人物なのか知りたい所である。


 その疑問に答えたのはアドルフであった。調査に関わっているからである。

「生霊はスカロウ・リダン、サマエト・リダン。二重の幻影者(ドッペルゲンガー)の遺体はスカロウ。入り込んでいた魂はグアドロ・マクグリアだ」

 上がった名前にディオスの表情が強ばった。

 ディオスはスカロウが殺されているという前提で遺体が倉庫街のどこかにあると考えていた。

 だから、名前が上がった瞬間にやはりと心が強く締め付けられる感じがした。

「随分具体的に分かりましたね」

「それよりも、どうして身元まで分かったの?」

「リーヴィオのおかげだな」

 そう言ってアドルフは説明を身元特定に貢献したリーヴィオにバトンタッチした。

「歯だ」

「歯?」

 顔の特徴かと思っていたマオクラフだが、リーヴィオの言い出したものが分からずに首をかしげた。

「全ての遺体は腐敗していてとてもじゃないが歯以外で身元が分かるものがなかった」

「だけど、どうして歯?」

「歯は指紋と同じで同じものがない。それに、特定に繋がるものがなくても歯だけは唯一残る。だから分かったんだ」

 付け加えるなら火災で損傷が激しい遺体も歯並びにより特定がされている。その為に周りの歯医者から診断書をかき集めて確認が行われたのだ。


「それでも、誰が生霊と二重の幻影者(ドッペルゲンガー)になったかも分かりましたね」

「それはモルテだな」

 アドルフの言葉に注目がリーヴィオからモルテへ変わった。

「狐だな」

「狐、ですか?」

「本来シュミランに狐は存在しない」

「そうなのモルテ?」

「ふむ。狐はもう少し北にいるからな。狐を知らん者が狐火になれるはずなかろう」

 狐がシュミランにいないということに驚くつらら。

「それじゃ、どうして狐に?」

「スカロウとサマエトはシュミランの人間ではなくアマーベルの人間。あそこには狐もいればオーロラを狐火とも言う。狐と深い繋がりがある」

「だから二人の魂が生霊と言うことですか」

 モルテの考えを理解したレオナルドがそれならありうると頷いた。


「ちょっと待って!アマーベルの人なのにどうして身元が分かったの?」

 質問をしたのはアンナだ。

 アマーベルの二人がどうして身元の特定が出来たのか分からないからである。

「スカロウはアシュミストに越している。身元を特定出来るものはこの街に揃っている。」

「それじゃもう一人は?」

「サマエトはアマーベルに住んでいるがスカロウの弟と調べで分かっている。それでレナードに頼んで向こうの死神に調査と身元に繋がるものを送ってもらったんだ」

 アドルフがレナードに頼んでいたのはアマーベルにいる死神に協力を願うものであった。

 もう一人の身元が分からないと頭を抱えるリーヴィオにモルテがスカロウの肉親について話した。それを一緒に聞いていたアドルフが三人の遺体が発見された倉庫の持ち主を特定、調べるとモルテが言った通りであったが同時にとんでもないことが発覚。

 アドルフも頭を抱えることとなったが特定の確認をしたいというリーヴィオの言葉を思い出してレナードに迅速を求めるからと頼んだのである。


 話に一区切りがつくと今度はフランコが質問と手を上げた。

「あの、どうしてサマエトさんはアシュミストに来たんでしょうか?」

「それな、色々とめんどくさいことになっているんだ」

「色々とは?」

「まだ取り調べの最中で詳しいことは分かっていないがいいか?」

 取り調べと言う言葉が気になるがアマーベルの人間が訪れて亡くなっている理由を知りたいと全員耳を傾けた。



 事の発端は半年前。

 バルダッサーレ商会アシュミスト店の支部長の息子ユギエル・キンブルーが独立を考え、その引き抜きの為に当日支部長の秘書をしていたグアドロに声をかけていた。

 しかし、独立を考えていないグアドロはこれを拒否。何度も拒否される続けたユギエルはある日、誤ってグアドロを殺してしまったのだ。そこをグアドロに用があり訪れたスカロウが見てしまうこととなった。グアドロは興奮と口封じの為にスカロウを殺害。

 正気に戻ったユギエルは二人の遺体を隠す為にまだ建設途中の倉庫の地面深くに隠した。

 しかし、スカロウの妻であるマミューから行方不明の知らせを受けたサマエトが兄の家族に知らせることなく密かにアシュミストに訪れて調べ回った。

 それをすぐに知ったユギエルは近づき殺害すると同じ場所に埋めて隠した。

 そして、火災で起きた爆発による解体途中に遺体が発見。そこから不審な行動をするユギエルを警察が捕まえて調べると白状したのである。



 あまりの自分勝手な行動に死神の弟子組が怒りだした。

「何それ!殺しといて何考えてるの!」

「反省してないんだよ。隠せば何とかなると思っていたんだよ」

「それが今回の火災に繋がって沢山犠牲者が出てるのよ!隠さなかったらこんなことなかったのに……」

「スカロウさんとサマエトさんを手にかけるって、巻き込まれただけじゃない!」

「何もしていないのに殺されるって理不尽じゃない」

 ユギエルへの怒りは相当のものであり、アドルフが慌てて止めに入った。

「気持ちは分かる。奴には最高にキツい仕打ちをさせる」

「絶対ですからね!」

 アドルフの言葉により一応その場は収まった。

「しかし、そうなるとバルダッサーレ商会の混乱は大きいな」

「そこは息子の行為に気づけなかった親の責任だ。そこから現れる混乱を収める統治議会の仕事だ。俺達が出るところじゃねえ」

 今回の騒動が以外にも傷跡が深いことに頭を抱えて呟いたレナードに諦めろとアドルフが促した。


「でも、どうしてすぐに殺しにかからなかったんだろう?」

「それはマミューがいたからだろう」

「マミュー?」

「スカロウの妻だ」

 モルテには生霊が何故火災を起こすまで大々的行動を起こさなかったのか心当たりがあった。

「スカロウとサマエトの生霊はマミューが倉庫街で働いているから動けなかったんだろう」

「ああ、そぉ~いうことか~」

 モルテが何を言いたいのか分かったガイウスが理解して頷いた。

「意思を保っていたと言うことですか」

「そうだ」

「だけど、どうして突然?」

「それはマミューが死んだからだ。自殺した日と焼死事件が一致している。そこから徐々に意思を保てなくなり、私がマミューを刈ったことで完全に保てなくなったんだろう。倉庫街で働く人間ばかりを殺したのは自分を殺した人間がそこで働いているからだろう。来るか来ないか分からない。けれども殺さなければ収まらない思いでこちらも無関係に殺したのだろう」

 我慢の元を取り除いてしまったが為の惨事になったとモルテは申し訳なく言う。

「いや、俺達が生霊を刈れなかったのが原因だ。モルテが引き金を引いたわけじゃない」

「けれど、俺達もまだ実力不足ってわけか……」

「反省点が多いな今回は……」

 一連の騒動は確かに終わった。けれども大きな傷跡と後悔を死神達に突きつけたのであった。

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