救いの言葉
ずっと感じていた気配と匂いがなくなった。
静かに暗闇の空を眺めていた青白い炎は消えてしまった気配が最後まで感じていた方角を見た。
今いる場所から少しだけ離れている場所。どうして消えてしまったのか確かめに行きたいのにこの場から離れて行くことが出来ない。いや、縛られていると言える。
強大な力を持ちながらも大切な者の場所に行けない思いに落ち込んでボッと音を立てて炎が小さくなる。
落ち込んで暗闇の空を見上げる。
星は輝いているのに何度も見たいと思う空ではない。
そうして思う。
―――もう一度、あの空を見たいか?
炎は暗闇の空へ向けて高く長く鳴いた。
* * *
ディオスの目には魂を刈り取られたマミューの体がゆっくりと崩れ落ちる様に映っていた。
モルテの断言するような言葉を聞かされてもしかしてと思いながらも違うと願って、それでもそれが当たっているのことなのだと真実を突きつけられた。
それが自分でもどうにか出来るものなら抗って脱出しようと思う。けれども出来ないことに抗うことは出来ず精々が必死に納得しようと受け入れて、それでも出来ないで悔しいと噛み締めてしまう。
人の死に関わる死神関連、生霊や不死者は特にである。
人が認識している死は仮初めで死神の力で初めて死ぬことが出来る。だが、力を振るわなければ人を襲う存在となる。
身内や知り合いが死んでその存在になってしまっては躊躇してしまう。それでもどうにかして共存することは出来ないかと思って考えても死神は許さず、危険性から死を与えてしまう。
何かをしても絶対にどうすることも出来ずにディオスは悔しさと悲しさ、死の怖さと恐怖とまだまだ溢れ出る認識することが出来ない感情に頭が混乱して顔を伏した。
「大丈夫、ではないな」
「……辛いです」
モルテの気にかける言葉にディオスはポツリと呟いた。
「フーゴ君とカリーナのお母さんが一緒になって暮らしてほしいと思ってました。それなのにこんな……こんなことに……」
想像したくなかった結末にディオスの目から一筋の涙が流れた。
「優しいな」
「優しくないです……分かっているんです。これが我儘であることが」
「何故だ?」
「カリーナのお母さんは死を撰んだ時に全部諦めていたんだと思います。家族で暮らすことも、フーゴ君のお母さんであることも。家族であることを止めたかったんです!止めて楽になりたくて……そんな人に帰ってフーゴ君を安心させてほしいって言ってもそんなの俺が思うエゴじゃないですか!」
マミューの頼みを聞き入れたから今思うことである。
あの時はとにかくフーゴに会ってほしい。帰ってほしいと思っていた。けれどもマミューの頼みの言葉に全て理解してしまったのだ。
辛いことから逃げたい為に全てを捨てたことに。だからフーゴに会わせる顔も資格もないことに。そしてフーゴの元へ行くことが出来ないからと伝言を頼んだことを。
全くの身勝手であり自業自得による自滅である。死んでも辛さから逃げ出すことは出来ず、さらに辛くなって苦しむこととなったのだ。
「だが、ディオスはマミューを救った」
自暴自棄になりかけているディオスにモルテが落ち着いた口調で語りかけた。
「マミューはディオスの言葉に今まで目を逸らしてきた辛さと向き合いそれを受け入れた。そして、謝罪の伝言をフーゴに伝えると約束してくれたことで希望を持ったのだ。ディオスの言葉がマミューの目を覚まさせたのだ!」
それは穏やかに眠るマミューの表情を見れば分かることである。救われなければこれほどまで穏やかとは言えない。何百何千と遺体を見てきたモルテだから感じて言えることである。
「それでも俺は自分が言いたいことを言っただけでそんなつもりは……」
「くどい!救ったと言っているのだ。それでも違うと否定したいのなら何が救いであったのか一生考えろ!」
尻込みして否定するディオスに受け入れさせるのが面倒だと無理矢理押し付ける様にして話を終えた。
「それよりも聞きたいことがある」
「何ですか?」
強制終了と話の変更にディオスは戸惑った。
「何故フーゴを見ずに一人で抱え込んでいるとマミューに言った?抱え込んでしまうことはある。だが、何故フーゴを出した?」
「……俺の父さんがそうだったからです」
そう言えばディオスの父親も自殺をしていたと思い出す。
「父さんは財閥の信頼を回復させようとして一人でやらないといけないからと抱え込んでいたんです。俺達の声も聞き入れないで一人でずっと」
「そうか」
それがマミューと重なってあの様なことを言ったのだとモルテは理解した。
「それにしても、ディオスは運が良かったぞ」
「え?」
「他の不死者であったら再会した時点で襲われていた。マミューが人間を襲わなかったことはそれだけで奇跡なものだ」
「え……!?」
モルテの発言にディオスは意味が分からないと沈黙して、すぐに背筋を震わせた。
不死者は生霊と同じく人を襲う。襲うのだがディオスはモルテが言うように奇跡的に襲われなかったのだ。
もしかしたら会った瞬間に襲われていてもおかしくなかった、死んでいたかもしれないと思うと恐怖を抱いてしまう。
モルテは穏やかに眠るマミューの顔を見ると恐怖を抱いて縮こまっているディオスに声をかけた。
「ここでの用事は終わった。ファズマが来たら共に店に帰れ」
「店長は?」
「私は倉庫街へ行く」
「それと、カリーナのお母さんは?」
「ふむ、地溜まりがあった場所まで運ぶ。その後はアドルに任せるつもりだ」
「え?」
まさか運ぶのかと驚くディオスにモルテが呆れた様子を浮かべた。
「ここでは風と光りに当たる。元あった場所まで運んだ方がいい」
「は、はい……」
遺体を運ぶのは大変なことだが今後を考えるとそれがいいことなのだと思ってしまう。
行動に移ろうとしたその時、モルテは突然上を見上げた。
「店長?」
それに気がついてディオスが声をかけたがモルテは気づかず、むしろ初めて見る驚愕の表情を浮かべていた。
上がどうしたのかと思い見上げると、空には見たことのない幻想が広がっていた。
「綺麗……」
暗闇の空には緑の光がゆっくりと不規則に波立っていた。
「まずい!」
その直後にモルテは焦りだし、ディオスの体を引寄せて周りに領域を展開した。
空の現象とモルテの行動の意味は?




