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死神の葬儀屋  作者: 水尺 燐
7章 幻影浮世の狐火
222/854

逝く者

 モルテとマミューは真っ直ぐに互いを見ていた。それは互いがどの様な存在(・ ・ ・ ・ ・ )かを認識しているからである。

「カリーナのお母さん、どうしてここにいるんですか?フーゴ君が心配しています!」

 ディオスは嫌な予感が頭によぎりながらもフーゴがどの様な心配をしているのかマミューに教えたい気持ちと何故戻ろうとしないのか聞き出したい思いで叫んだ。

 そんな今にも駆け出しそうに前屈みになるディオスをモルテが手を出して制した。

「……店長?」

「ディオス、既に予想はしているのだろう?」

 モルテの言葉にディオスは否定出来ず口を閉ざした。

「マミューは既に死に、不死者アンデッドである歩く死者(レブナント)となっている」

 嫌な予感と言うものはよく当たるものである。両耳を塞いで聞きたくないと思っても真実は必ず聞かなければならないものである。

「死因は左腕だな?」

「……はい」

 モルテの言葉にマミューは右手で握って隠していた左手首を見せた。

 左手首には一本の長い切り傷が刻まれていた。

 そこから察するに大量の血が流れたことが死因となったのだろう。建物内で見つけた血溜まりの跡は流れ出た血であると認識出来る。

「自殺を図りましたが何故か生きています。それでも私には死んでいるという認識と貴方がどういった存在なのか分かっています」

「この世で人間は死ぬことがない。死神の力のみが死を与える」

 自分が死んでいるのに生きていることが不思議に思うマミューにモルテはその理由を答えた。

「貴方が訪れたと言うことは私を殺しに来たのですね」

「そうだ」

「店長!」

 マミューの言葉にあっさりと頷いたモルテにディオスは非難の眼差しを向けたが同時に止められないことも悟っていた。

 目の前にいるマミューはフーゴの母親である。知り合ってしまった者の肉親に死を与えてほしくないと思ってしまう。だが、死神は死者に本当の死を与えるのが役目である。それが知り合いでも肉親であっても、どんなに辛いことであっても不死者や生霊リッチを出現させてはならないことである。

「だが、こちらにも事情がある。幾つか質問をさせてもらう」

「はい」

 だが、モルテは死を与えることを先伸ばしにした。そして、あっさりと頼みを聞き入れたマミューに不信感を抱いた。

「素直だな」

「私では抵抗をしても無意味と思いますので」

「そうか」

 どうやら不死者になったことでモルテがどれだけの死神であるのかと認識をしているようである。

 それでもモルテは理由がそれだけではないと思っている。


「スカロウ・リダンの出身と肉親を知っているか?」

「どうしてあの人のことを?」

「調べていると言おう。詳しいことについて言うつもりはない」

 モルテの質問にマミューは声を震わせた。

「……いいえ、教えてください」

「質問に答えろ」

「教えて!」

 その瞬間、マミューが体の限界を超えて走り出した。

 だが、それよりも早くにモルテが駆け出しており、マミューの背後に回ると首元に鎌の穂先かけるようにして動きを止めた。

「質問に答えろ」

「あの人は今何処に?」

「それは分からぬ。こちらも探しているのだ。それには貴方が知る夫のこと全てを聞かなければならない」

「どうして?」

「続けて答えると思うか?私が先ほどした質問に答えろ」

「どうしてですか?」

 立て続けに質問をするマミューにモルテは首元に鎌の穂先を当てた。

「スカロウ・リダンのことを知りたいのであれば答えろ」

 モルテの脅しにより欲望を出せなくなったマミューは素直に質問に答えた。

「アマーベルです。肉親は弟だけです」


 アマーベルは冬の時期が長いことで知られる国である。一度冬が訪れると雪と氷で辺りは銀世界となり、厳しい寒さに凍えることとなる。

 よくもその様な遠い国からシュミランのアシュミストまで訪れたものだと思ってしまう。


「親は?」

「幼い時に亡くなったと聞いています。引き取り手がなく弟と共に孤児院で過ごしていたようです」

「そうか」

 語られる過去にモルテは今の話で気になったことを尋ねた。

「何故スカロウはアシュミストへ来た?」

「商会の指示です。アマーベル支店からアシュミストへ行くようにと言われて私達家族はアシュミストへと訪れました」

「え!?マミューさんはアシュミストの出身じゃないんですか?」

「私達はアマーベルの出身なのよ。あの人の転勤に付いていく形でここへ越して来たのよ」

 今まで状況が深刻になってしまい黙っていたディオスがマミューの言葉に驚いて口を挟んだ。

 ディオスの途中介入で中断されてしまうもモルテは話を修正した。

「弟はどうしている?」

「分かりません。あの人がいなくなってしまったことを伝えたのですがそれに対して返答がないんです」

 兄が転勤なら弟はと興味で尋ねたのだが、どうやら深刻な問題であったことが判明する。


 それでも、それが今すぐに解決出来ることでないことからモルテは新たな質問をした。

「スカロウ・リダンはバルダッサーレ商会と何らかのトラブルはなかったか?」

「聞いていません。もしその様なら一緒に働いていた私にも何かあるはずです」

「では、個人的には?」

「聞かされていません」

「ふむ」

 マミューの断言しない言葉にモルテはスカロウが行方不明となったのは突発的なことだと今までの見方を変えた。

「聞かされていないか。つまり、その様子を感じていたと言うことか」

「……はい」

「それは内部と外部どちらだ?」

「分かりません」

 マミューが素直に認めたことでモルテはこれについて聞き出せたことは大きいと思うも、それだけでは矛盾があると複雑な心境になる。


 モルテはもう聞くことはないとマミューに自身が予想しているスカロウのことを話した。

「スカロウ・リダンは死んでいるだろう」

「……そうですか」

 声を上げて否定するだろうと思っていたがあっさりと受け入れたことにモルテは怪訝顔をした。

「受け入れるのだな」

「もう、疲れたんです。生きているって信じて待っても帰ってきません。周りは見捨てたとか殺されたと言います。そうして聞かされ続けると思うんです。もしかしたらそうなのではと」

「だから死を選んだのか」

「はい」

 マミューの肯定する声が重く周りに響いた。

「お願いです。私を殺してください」

「初めからそのつもりだ」

「待ってださい!」

 殺すようにと要求するマミューに慌ててディオスが止めに入った。

「マミューさん、どうしてそんなこと簡単に言えるんですか!フーゴ君がいるのにどうして!」

「ディオス君……」

「フーゴ君だって一緒に取り残されて帰りを待っているのにどうして気づかないんですか!いや、違う……フーゴ君の想いを見ないで一人で勝手に全部抱え込んでいるんですか!今だってお父さんとお母さんの帰りを待っているんです!それなのに、フーゴ君を取り残したまま死んでどうするんですか!」

「そこまでだディオス!」

 ディオスのマミューに対する怒りにモルテが制止に入った。

「ディオス、彼女が死を選んだ時点でどうすることも出来ないことだ」

 マミューが死を撰んだ時には心身共に疲れきっていたのだ。それから逃れる唯一の手が死であることをモルテは会話の中で見ていたのである。

「そして、人間としての命を絶ち不死者となってはフーゴと共に過ごすことは出来ん」

 既に死んで人間でなくなっているマミューではまだ生きている人間の中で過ごすことは不可能だと語る。それが人間の中に潜むことに特化している歩く死者(レブナント)であってもである。


 モルテから改めてマミューが死んでいることを聞かされたディオスは何も言えなくなり唇を噛み締めた。

 どうすることも出来ないのだと落ち込むディオスにマミューがいままでで一番穏やかな声で語りかけた。

「ありがとうディオス君。ディオス君の言葉、深く突き刺さったわ。フーゴのこともっとちゃんと見て一緒に過ごすようにしたらよかったわ。こんな馬鹿なことをしてごめんなさいとフーゴに言ってくれない?」

「……分かりました」

 本当は自分で言ってほしい所だが、マミューの表情が穏やかであり、何かを覚悟した様子に頼みを受け入れた。

「カリーナが言った通り優しいわね」

「え?」

 最後に語られた言葉にディオスは目を丸くした。


 マミューはゆっくりと目を閉じた。

「お願いします」

 言い終わるとモルテは無言でマミューの首元に当てていた鎌の穂先を離すと柄を手の中で回転して持ち直した。

 そして、両目で肉体と魂の繋がりを見て切り裂いた。

 魂の繋がりがなくなったマミューの肉体は張り巡らされていた糸がなくなったかのようにその場に崩れ落ちた。

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