恋文の謎
「何これ?」
「どうして?」
「あんまり書いてないな」
「ふむ、一行だけか」
「これには恋心が隠されているよ!」
「恋から離れろよ!」
「見せてー!」
「うわあぁぁぁぁ!?」
便せんに書かれている文字を見ていると背後からここにはいないはずの声が聞こえて振り向いたディオスは驚いて悲鳴を上げた。
「うるさいな」
「て、て、て、て、店長!?」
「あたしもいるよディオ!」
ディオスの驚いた大声に不快を露にするモルテと右手を上げて自分の存在をアピールする学園服姿のミクがいつの間にか何事もないように店内にいたのだ。
「どうしてここに」
「私の店であるのに居てはおかしいか?」
「そうじゃなくて、いつ帰って来たんですか?」
「今だよ」
「教会でクロスビーと話し込んでしまい、気がついたら学園が終わりそうな時間帯であったからミクを迎えに行ったのだ」
だから店にミクと居るのだとモルテはディオスに教える。
ディオスはというと、教会でどんな話をしていたかは分からないがそういうことでモルテの帰りが遅かったのかと納得した。
「ねえねえ、何て書いてるの?見せて見せて!」
「ああ、うん」
唯一便せんの内容が見えないミクにせがまれてディオスは便せんを渡した。
「何これ?」
便せんを受け取ってものの数秒でミクのワクワクとした表情が不可解であると変わる。
「かわいい紙なのに何でありがとうなの?」
「ミクちゃん、それには隠された恋の想いが秘められてるね」
「秘められた恋?」
分からないからディオスに便せんを返すミクにつららが自信満々に恋を語りだした。
「たった一文、されども一文。書いても違うと書き直しても納得いく想いは書けない」
「長くなるそれ?」
「マオ君黙っといて!……けれでも本当に伝えたいことはと考えて、好きって言葉は率直過ぎて恥ずかしい。だから今まで優しくしてくれたことへの感謝、そしてそのお陰で好きになれたのだと想いを綴りありがとうって書いた恋文なのよ!」
「どう見てもラブレターなわけないだろ!」
つららの妄想が酷いとマオクラフの突っ込みが炸裂する。
「マオ君分かっとらんよ!さっきも言ったけど率直に好きって書いてディオス君困ったらどうするよ?」
「その代用にありがとうって書くはずもないだろう。どう見ても感謝の手紙みたいだからもう手紙と恋から離れろよ!」
片や妄想、片や経験。どちらの説得力が高いかは分かるが、どちらも引くまいと迫力がある。
そんな二人をミクが幼いながらも恋の参考にしようと聞き入る所とは別に便せんが気になる者達は文字を見ていた。
「どうしてありがとうなんだろう?」
「何か感謝されることでもしたのではないか?」
「そんなことした覚えないです。それに、それだったら口で伝えた方が速いですよね?」
可能性としてしまえばモルテが言った通りなのだが、全く心当たりがない。
「巡り巡ってそれが恋になるのよ!」
「やかましい!」
何故か討論していたはずのつららが割り込むもマオクラフに一掃された。
「それに、文字もおかしいんです。カリーナの文字だけど文字じゃない感じが」
「ふむ」
ディオスの引っ掛かりのある言葉にモルテは少し間を置いて手紙を持って来たのであろうフーゴに尋ねた。
「これはどこにあったのだ?」
「姉さんの部屋にありました」
「部屋のどこだ?」
「箱、小物とか入れてる箱に入ってました」
「それはなくさないようにと大切にしまったからよ!」
「もう恋じゃないんだから離れろよ!」
話を中断させたつららにマオクラフの容赦ない突っ込みが飛ぶ。
「その箱には他に何が入っていた?」
「ペンと封筒。あ、その手紙と同じのです。あとは……小さいノート?花がいっぱい飾られているようなのを花柄でいいんですか?かわいくて小さい子が好きそうなものが入っていたんです」
「そうか」
フーゴの言葉にモルテはディオスが持つ便せんを見て納得した。
「その手紙は彼女が幼い時に書いたものではないのか?」
「え?」
「知る文字であるが文字ではない。それは亡くなる前でも共に過ごしたと強く認識するその前、さらに昔に書かれたのだろう。文字は書くにつれて変わっていくが根本的な形や癖は残るものだ。知る文字であり文字でない違和感はそれだろう」
モルテの推理にディオスが「あっ!」と声を上げた。
よく見ると文字の原型が残っている。記憶にしているカリーナの文字はもう少し崩れていた。これが違和感の正体なのだと理解する。
「だけど、どうして昔なんですか?」
けれども謎は追加されていた。
モルテは最近てはなく昔と言った。
何故かと尋ねるとモルテはあっさりと教えてくれた。
「その手紙、どんな感じだ?」
「はい?えっと、どうしてありがとうだけなのか……」
「違う。封筒と便せんをどう思うかだ」
「え?」
全く的外れだと溜め息をついたモルテにディオスは慌てて封筒と便せんを見て感想を述べた。
「えっと、花柄ですごくかわいいと思います。女の子が好きなのがこういう感じなのだと、小さい子が特に好きそうな感じです!」
「それだ」
「はい?」
「小さい子、幼い子供が好んで使いそうなものなのだ」
そう言われてディオスは、フーゴも手紙を見る。
「私達からしてみるとかわいすぎて子供向けであろう。だが、ミクはそうは思わずかわいいと言っていた。そんな封筒と便せんを使おうとするなら限られているだろう。加えて、あまりよろしくないペンなのだろう。日に当てることがなかったからだろう、まだ黒さを残してはいるが普通に比べて僅に薄い。これを見ると少なくとも数年前と言うことが分かる」
手紙を改めて見て、インクが少しだけ薄いことを認識する。
一瞬の見聞きによりディオスが抱いていた手紙の違和感に気づいてしまったモルテに驚かされてしまう。
「でも、それならどうしてこの文字だけなんでしょう?」
「知るか」
「え!?」
もしかしたら書かれた文の意味も知っているのではと期待を込めて尋ねたが、見事に裏切られた。
「何に対してその言葉なのか私に分かるわけなかろう。自分で考えろ」
ごもっともであるとディオスは反論出来なかった。
「そんなの決まってるよ!」
そこにつららが介入してきた。
「好きな男の子に親切にされた。そして好きになった!理由はこれだけで十分よ!」
「うるさい!」
「いい加減にしろ!」
恋に恋して暴走するつららをモルテとマオクラフがこの場における止めを刺した。




