尻尾を持つ怪火
日が上り倉庫街にいた死神四人はエノテカーナにいた。
あれから生霊は現れず、離れる直前まで探していたが、生霊が現れにくい時間と倉庫街で働く者が増えてきたことにこの日は修了し、報告を兼ねて休憩を取っていた。
「尻尾?」
アドルフからの報告にエノテカーナのマスターであり死神でもあるレナードが問う。
「具体的には?」
「細くはなく短くもない。そうだな、犬に近い感じだ」
「犬?」
その言葉にマオクラフが問い掛ける。
「どんな犬に近いんだ?」
「マオ坊、俺は犬の様だとは言ってないぞ。近いと言ったんだ」
「は?」
アドルフの煮え切らない言葉に全員が気づいて顔をしかめた。
「近いぃ~ってことはど~いうことだぁ?」
「太いんだ。尻尾の長さは犬の長い犬種と同じくらいなんだが太さがと毛並みがな」
真夜中に一瞬だけ見た尻尾を思い出して言うアドルフ。
あれを見ると犬とは言えない。精々が近いくらいでしかない。
「太い尻尾か……」
それを聞いたモルテ、ガイウス、レナードは腕を組むと顔を強ばらせた。
「尻尾があり火を扱う怪火となると……」
「黒妖犬かぁ?」
「妥協をしたならそこだろう。本来犬の生霊は番犬か門番が多い」
「黒妖犬も番犬だがな」
「そぉれなら地獄の番犬もだろぉ~」
似ても似ずかず、けれども妥協をしても改めて思うと弱い。
「それじゃあ複合している?犬の尻尾が生えた兎とか?」
「どんな生き物だそれ!」
「う、ウサギぃ……うさぎぃ……」
「だが、可能性としてはあるな」
マオクラフの言葉に笑のツボにはまったガイウスを無視してレナードが真剣な表情を浮かべた。
「ああ、忘れていたが鳴き声も犬ではなかったな」
「鳴き声?」
「ああ。投げた警棒が当たった時に泣いたんだ。あれは犬が怯んだような鳴き方じゃない。聞いたことがない声だった」
聞いたことのない鳴き方。それはアドルフが知らない生き物であると予想が出来た。
「不明の生き物に付いた犬の尻尾」
「もしくは犬の似た尻尾を持つ生き物か」
怪火の姿を予想するがまだ全体像が思い浮かばない。いや、掴めないと言った方がいい。
「だが、これで一つはっきりしたことがある」
「何?」
モルテの断言にマオクラフが尋ねた。
「逃げ道がなかったということだ」
モルテは懸念していたそれが外れていたことに内心で安心していた。
逃げ道と聞いてもしかしてあれかと思い当たったマオクラフは意識を窓に向けて口を開いた。
「あ!」
突拍子もない声を上げて急いで座っていた立ち上がった。
「俺仕事だからもう行く」
外の様子に気づいたマオクラフは誰かが声をかける暇もなく店の入り口から出て行った。
「それじゃ俺も行くか」
「もうか」
「ああ。仕事が残っているからな」
マオクラフが出て行ったのを見たアドルフもと椅子から立ち上がる。
「何かあったら連絡をする」
「こちらもだ」
そんなやり取りをレナードと交わしてアドルフも店の扉に手をかけてモルテに呼び止められた。
「アドル、頼みがある」
「何だ?」
「リダン家をもう一度調べ直して欲しい」
「は?」
「それとバルダッサーレ商会もだ。どうもきな臭くてな」
「……理由は、聞かない方がいいみたいだな」
モルテの頼みに驚いたアドルフであったが自身の中に引っ掛かっていたそれがモルテが言うそれに気がついた。
「期待をしていろ」
気づいてしまったからには調べなければならない。
踏ん切りを着けた仕事人のアドルフはそう言って店から出て行った。
死神二人が出て行ったのを見届けたモルテはレナードに言った。
「生霊のことはレオナルドにも言っておいてほしい」
「それはいいが、今のは何だ?」
モルテの頼みにそれはもちろんすることであるからと頷いたレナードであるが、アドルフとの会話は何だったのかと問う。ガイウスも同じ様子である。
「覚えているか?愚者に殺された少女を」
「そ~いやあったなぁ」
もう半年が経とうとしている生霊が起こした事件。
既に記憶に埋もれてしまっていそうなそれをガイウスが覚えていたのはその日が初めてディオスを見た日だからである。
「その両親が勤めているのがバルダッサーレ商会だ」
モルテの告白にレナードが顔を強ばらせた。
「モルテ、まさかとは思うが……」
「そのまさかだ。これは予想でしかないが、リダン家の家主スカロウ・リダンは死んでおり、その死にバルダッサーレ商会が関わっている。そして、今回の生霊がスカロウ・リダンと考えている」
モルテの予想にガイウスとレナードが更に顔を強ばらせた。
「安易過ぎないか?」
「ああ。だが、行方不明でありバルダッサーレ商会関係者となると知る限り彼しか思い浮かばなくてな」
「だがぁ、な~んでバルダッサーレ商会なんだぁ?」
「バルダッサーレ商会が事件解決を早期にと要望しているのがおかしくてな」
「そりゃそ~んな事件が起きれば~早く解決してくれぇと思うよな」
「考えすぎじゃないか?」
「杞憂ならそれでいい。だが、あくまでも予想であり断言ではない」
「分かる。だが、スカロウの妻も働いているんだろう?その人が商会に不審を抱いていないのなら違うだろう」
「だからアドルに頼んだのだ」
その言葉にガイウスとレナードは顔を見合わせた。
モルテもモルテだがそれを容易に引き受けたアドルフも何か考えすぎな気がするがそこには二人が懸念する何かが見えているのではと思い続けて言いたい言葉を飲み込んだ。
「……これ以上は追求しない。だが、違うと思ったらすぐに手を引け。商会が混乱することは望んでいないのだからな」
「私もそれは望んではいない」
レナードは一応モルテに釘を刺しておくが状況が変われば恐らくと考えてしまうと怖くなる。
「そ~れじゃ、俺は店に戻るかぁ」
「私もそうしよう」
そう思っているとモルテとガイウスが店へ戻ると立ち上がった。
話していて気づかなかったが随分と時間が経っていたのだ。
「それじゃ今晩も頼む」
「おう!」
「ふむ」
こうして、本日の報告会は修了となった。




