尻尾
ウーノ区ではガイウスが領域を張らずに神経を尖らせて歩いていた。
「いないなぁ~」
歩けど見渡せど生き物の気配は周りの倉庫から数える程度しか感じない。
「まぁ~、外に出ぇてないだけましかぁ」
今の時間帯に一般人が出歩いていないのが幸いであった。
連続して起こる焼死事件があるからか日が増えるほどに真夜中に倉庫街を歩く者はいなくなっている。
もし真夜中まで仕事をしたなら日が昇るまで備え付けられている休憩室で夜を明かそうとする者もいる。その背景には事件が真夜中に起きるからその時間帯を避けていると言う理由もあるのだろう。
「ん?」
すると、何かが近づいてくる気配を感じた。
(生霊かぁ?)
感じた気配は生きている人の気配ではないことを死神の経験が告げた。
そのまま考えることなくゴルフクラブをどこからともなく取り出して握りしめた。
静かに構え、生霊が来るのを待つ。そして、
「とぅりゃぁぁぁぁ!」
ゴルフクラブを思いっきり地面に叩きつけた。
その衝撃で周りに音を響かせながら地面が僅かに陥没する。だが、
「おぉい!?」
叩きつけたのは炎であり生霊の痕跡に跡形もない。
それに気がついてすぐに顔を上げるが、そこには何もなかった。気配だけで感じられる範囲に生霊の気配がなくなった代わりに新たな気配がすぐ近くまで来ていた。
「ガイウス……!?」
「マオクラフかぁ~?」
驚いた様子を浮かべているマオクラフに何故トレ区から離れてウーノ区にいるのかと尋ねようとしたが、それよりも早くにマオクラフが慌てた口調で話した。
「生霊は?」
「逃げられたなぁ~」
どうやら生霊を見つけて追いかけて来たのだと理解してその結果を言うとガッカリと言う表情を返された。
「ところで、姿見た?」
「見ぃてないなぁ。マオクラフがぁ追~いかけていたのなら見ぃているんじゃないかぁ?」
「俺は明かりを追いかけていただけだから全く。あの生霊、速い」
ガイウスがゴルフクラブで陥没させた地面におっかなビックリと言う様子でマオクラフは追いかけていた生霊についてぼやく。
「そぉ~だなぁ。しぃ~かも、飛ばして来やがった」
「炎を?」
「そぉだあ。逃げる為になぁ」
火を飛ばす生霊はそれほど珍しくはない。だが、それを襲う為ではなく逃げる為のフェイントとして使うことはないのである。
何故逃げるなんて言葉を使ったのかと言うと、生霊は死神を見つけると襲う傾向がある。それは先程の生霊も例外ではなく、殺せるのなら殺そうとガイウスを襲ったのだがゴルフクラブにより炎は消されてしまった。だが防がれたのなら更に襲いかかるはずなのだがそれをしなかった。死神を目の前にしてもである。
内に秘めている力が弱いわけではない。ゴルフクラブにより陥没した穴を見ると黒く染まっていた。もしこれが反応もなく直撃を受けたなら軽い火傷では済まない。
加えてその死神が領域なしでも生霊の存在を感じられる範囲内から瞬時に離れたこと。
それらから生霊が死神から逃げたと分かる。
「参ったな……生霊見たって言うのに姿全然分からなかった」
ずっと後を追いかけたのにどの様な生霊なのか掴めなかったマオクラフは頭を掻いた。
「領域はぁ、張っているな」
「ん?ああ」
ガイウスの確認してくる言葉に突然何だとマオクラフは驚いた。
領域は自分を中心にして発生するものなのだが、領域の扱いに慣れた者は中心に関係なく自在に形を変えて張ることも出来る。
マオクラフもレナードから直々に教えられた為に扱え、現在はトレ区全域とウーノ区一部に展開をし続けている。
「よぉ~し」
マオクラフが手抜きすることなく領域を展開していると知ったガイウスは笑みを浮かべた。
「そぉ~れじゃそのままぁ追うか。マオクラフはこのまぁま行けぇ。俺は少し遠回りして行くからなぁ」
「……それって!?」
「領域展開してぇドゥーエに追い込むんだよぉ」
現在逃走中の生霊を追い詰めると非情に悪い笑みで言った。
* * *
その頃、ドゥーエ区ではアドルフが険しい表情を浮かべて警戒していた。
「おいおい、今までこんなことなかったぞ……」
物凄い勢いで近づいてくる気配、生霊にアドルフは僅かに戸惑っていた。
「俺だけか。なら囮になるか」
周りに人の気配がないことを改めて確認をすると気配がする方へと身構えた。
気配が徐々に近づいてくる。一瞬が長く感じて早く来いと願ってしまう。
「そこだ!」
掛け声をする前に既に体が動いた。
一瞬にして死神の鎌で現れた赤い火の玉に振りかざした。
だが、赤い火の玉は姿に似合わず体を捻らせて鎌をくねて避けると大きく飛び上がりアドルフの背後を取り炎を吐いた。
「ちっ!」
背後を取られたことよりも避けられたことが悔しくて舌打ちをすると、腰に備え付けていた警棒に死神の力を纏わせて放り投げた。
「く!」
その直後に炎を領域で防いだが、ほぼ直前であったために熱さを感じてしまった。
「きゃう」
そして、短い悲鳴が響いて炎が止んだ。
「あれは?」
そして、アドルフが目にしたのは尻尾。それがその場から消えた後には放り投げた警棒しかなかった。




