手詰まりと手がかり
葬儀屋フネーラの夕食は全員が揃っていた。
「それじゃあモルテも加わるのね」
「話が早くて助かる。つららにはここの警戒を頼みたいがいいか?」
「構わないね」
「そうか」
警察署で話したことを夕食の席でモルテが話す意図を読んだつららの申し出に礼を述べた。
「でも、どうして生霊は力を抑えてたのかな?」
「さあな。だが、抑えていたってのはこっちにしてみりゃありがてえことだな」
「どういうことファズ?」
ファズマの言葉に疑問を抱いたミクが首を傾げた。
「火の生霊が強いってのは分かるだろ?その気になれば街だって燃やすことがな」
「うん」
(うわぁ……)
ファズマの言葉に素直に頷くミクと死神関連の話だから聞かない様にと勤めるも結局は耳に入ってしまいその話しに引いてしまうディオス。
「その生霊が街じゃねく人を襲っているってのが救いなんだ。一気に大勢を殺すよりも一人一人襲っているってことがな」
「そうなんだ」
「いや、そうだって、結局は殺しているんじゃないか!」
そして、ファズマの話しに納得するミクに耐えきれなくなったディオスがファズマにもと突っ込んだ。
「ファズマの言う通りだ。犠牲者は出ているがまだこちらに救いがある」
しかし、ファズマの話を正当するようにモルテも頷いたが顔は喜んでいない。
「だが、それも時間の問題だ」
「炭化、ね」
「ふむ。慣れつつあることもそうだが炭化させるほど力を付けたとなると街を燃やすのも時間の問題だ。もしかしたら既に身に付けている可能性もある」
深刻な表情を浮かべるモルテとつららの雰囲気に飲まれるようにディオス、ファズマ、ミクが無言になる。
楽しい夕食のはずが重い空気に包まれてしまった。
そんな空気につららが溜め息をついた。
「生霊の姿もまだ分からないのよね?どうして火なんて扱う生霊になったのかね?」
「それについては分からん」
「やっぱり燃やされたのかね?」
「もっとも多いのはそれだが場所からしてそれはないだろう」
つららの予想にモルテが否定した。
火を扱う生霊の多くは炎によって殺された者が多くなりやすい。
だが、今回現れた生霊は倉庫街ドゥーエ区を中心として人を襲っているのだが、そこで放火による殺しを行うことは殆どないと言ってもいい。
倉庫街は火気厳禁の区画も有るために軽はずみで火を扱うことはしない。例え禁止区画があったとしても火を扱えば煙に匂い、人の目に見られるのだ。それをわざわざ殺して目的で使うとは思えない。
それに時間もかかる。全てを燃やさないとしてもそのあとの処理や片付けというものもある。それが噂にも上がっていない。
よって、倉庫街で炎による殺害など考えられないのである。
事情を知るモルテとは別につららはどうしてと尋ねる視線を送るが、めんどくさいからかモルテは勝手に話を進めた。
「だが、隠れるのが上手いらしい。アドルとガイウス、二人の死神が手を焼くほどにな」
「……もしかして、あれ?」
無視されてむっすりとした表情を浮かべたつららであるが瞬時に思い当たることを口にした。
すると、モルテが楽しそうな様子を見せた。
「それなら隠れる生霊を見つけるよりは楽だ」
「そんな言えるのモルテくらいよ……」
自分で言っておきながら、帰ってきたモルテの言葉につららは感覚の違いに溜め息をついた。
話しに区切りが付いたと見たファズマはこのタイミングを逃さないと報告を口にした。
「店長、クロスビー司祭からですが、このまま増え続けたら火葬が追い付かないようです」
「え……?」
「そうなの?」
ファズマの報告にディオスとミクが驚いた顔を浮かべたが、モルテは何か予想が出来たのかすぐにその確認をした。
「それは時間か」
「はい」
「火葬が少ないしやる場所もないっての聞いてたけれど、深刻になったねこれ」
やはりと納得するモルテと何処か他人事だけれども事情を知るつららだが大して慌ててはいない。
「クロスビーは対策について何と?」
「遺体を預かると言っていました」
「そうか」
教会は本来、遺体を預かる場所としても兼ねている。葬儀業が有する保管場所が満杯になってもそれなら安心……とは言い切れない。
衛生上の問題から長時間放置する訳にいかないのである。
「預かってくれるのな助かるが、こちらとしては火葬を行う時間が決まっている以上はの準備を短縮してもらい回転を上げて欲しいところだが……」
「人手が問題と?」
「そうではない、燃料の問題だ。だが、今論じるべきはそこではない。クロスビーには私が了承したことを伝えておくように」
「はい」
問題はあるがそれでも近い内に起こる問題の打破に繋がればと承諾をするモルテにファズマは先程言っていたことをクロスビーにも言おうと決めた。
ファズマの話が終わったと見てディオスも続いた。
「店長、俺からも報告が」
「何だ?」
「はい、オスローさんからの連絡で葬具を少しだけ分け与えました」
「そうか」
ディオスの報告にモルテは分かったと一つ頷いた。
ディオスが勝手に分け与えたと思うかもしれないが、アシュミストの葬儀業は協力関係にあり、足りない人材を貸したり葬具を分ける
ようにと既に許可を出しているのだから問題でないのである。
それに、トライアー葬儀店は火葬を前提としていない葬儀業である。一応は火葬の葬具も少しだけ置いているのだが、今回は火葬が多い為に置いている葬具がすぐに底をついてしまったのである。
これは土葬中心の葬儀業でも言えることであり火葬用の葬具はそれほど多く備えていない。
では何故トライアー葬儀店の社員オスローが葬儀屋フネーラに頼んだかと言うと、「いかなる場合も葬儀に対応すべし」というモルテの方針で充分過ぎるほどの葬具が備えているからである。
だから、少し分けたところですぐになくなると言う心配が葬儀屋フネーラにないのである。
報告が終わったディオスであるが、その顔をモルテがじっと見ていた。
「……店長、何か?」
「まだ何か言いたそうにしているが違うか」
「え?」
言った言葉の意味が分からないと瞬きをするディオスにつららが追い討ちをかけた。
「ディオス君、まだ言いたいって顔してるね」
「え?」
「そうなのディオ?」
「そんなことないよ!」
女三人に言われて慌て出すディオス。実際に報告は終わったのに何故と思いながらファズマに助けを求める。だが、ファズマは見てみぬ振りと飲み物を飲む。
「言え」
「本当に報告することなんてないです!ないですけど、トライアー葬儀店の帰りにカリーナのお母さんに会ったくらいです」
モルテの威圧感に怯んだディオスは報告でもないこと、その時にあったことを話した。
だが、それを聞いたモルテは声には出さなかったが驚いた表情を浮かべて考え込んだ。
「ディオス君、その人とどんな関係なの?」
「えっと、カリーナは俺の学友で、その母親で……」
モルテの威圧感を脱したはずのディオスであったが、次いで向けられたつららの威圧感に悪い癖に火を付けてしまったと思い説明がしどろもどろになってしまう。
「……もしかして彼女なの?」
「違います!それに、カリーナは、死んでます……」
「そう、ごめんね」
やっぱり悪い癖に火が付いていたと察したディオスとその様子を傍観していたファズマとミク。
だが、カリーナの死を聞いたつららは悪い癖を引かせると申し訳なく謝った。
「……盲点だったな」
その時、誰にも気づかれることなく考え込んでいたモルテがポツリと呟いた。
「ファズマ、リダン家とバルダッサーレ商会のことを可能な限り早く調べてくれ。手段は問わない」
「は?……はい!」
突然の頼みに驚いたファズマであるがすぐに頷いた。
モルテの言葉に全く意味が分からないディオスとミクは顔を見合わせるとモルテを再び見た。
「店長?」
「師匠、どうしたの?」
「少しばかり忘れていたのでな。それの確認をファズマに頼んだのだ」
簡単に意図を説明したモルテは話は終わりだと夕食へと意識を戻した。
「さて、食べてしまおう」
いくらか冷めてしまった夕食をモルテはすぐに出掛けるからと急いで食べ始めた。




